表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MADE IN 東京  作者: 水色蛍
0番目の修理屋編
13/19

第13話:原宿竹下通り

 放課後。原宿駅の木造駅舎を抜けると、そこは色の洪水だった。


 竹下通りの入り口にある巨大なアーチの下を、制服姿の修学旅行生、極彩色の髪をしたパンクス、ヘッドドレスをつけたゴシック・ロリータ、そしてダボダボのジーンズを腰で履いたB系の少年たちが、濁流のように行き交っている。


 街中に溢れる巨大な広告ボードには、ヒョウ柄の衣装を纏った浜崎あゆみや、ショートカットの宇多田ヒカルが、時代のアイコンとして君臨していた。


 スピーカーからは、パラパラのユーロビートとJ-POPが混ざり合い、鼓膜を揺らすようなノイズとなって降り注いでいる。


「マジで人多すぎ! でもテンション上がるわー!」


 隣で声を弾ませるのは、親友のリナだ。

 彼女は限界まで短く詰めたチェックのスカートに、E.G.スミスのスーパールーズソックス、そして厚底のローファー。髪は明るい茶髪に巻き髪で、まさにこの時代の「女子高生ヒロイン」を体現している。


「……そうだね。ちょっと、酔いそうかも」


 深澄カナは、人混みに押されないようにリナの腕を掴んだ。

 弱音を吐いているが、その姿はリナに負けず劣らず、この街に溶け込んでいた。


 普段もそれなりのおしゃれだが。今日の彼女は一味違う。


 制服のスカートはウエストで三回折り返し、更に太ももを大胆に露出させている。

 足元はもちろん、たるませたルーズソックス。上にはラルフローレンのベージュのカーディガンを羽織り、少し大きめのサイズで指先だけを出す「萌え袖」スタイルだ。


 トレードマークの無骨なヘッドホンさえも、この街では最新のファッションアイテムのように見える。


 黒髪のクールな美少女が、流行りの着こなしでアンニュイな表情を浮かべている。

 そのギャップは強烈で、すれ違う男子学生たちが「今のこ、超可愛くない?」「モデルかな」と囁きながら振り返るほどだった。


「もー、カナってば体力ないんだから。でも今日のカナ、なんか『Cawaii!』のモデルみたいで超イケてるよ! 自信持ちな!」


 リナに背中をバンと叩かれ、カナは苦笑いした。


「……ありがとう。リナのコーディネートのおかげだよ」

「でしょー? さ、糖分補給しよ!」


 リナに引っ張られ、二人は『マリオンクレープ』の行列に並んだ。

 数分後、甘いバニラの香りが漂うクレープを手にする。

 リナは「チョコバナナ生クリーム」、カナは「ツナピザチーズ」。

 リナのツッコミも今は上手に答えられる。


「いっただっきまーす! んー、やっぱ原宿来たらこれだよね!」


 リナが口の端にクリームをつけながら満面の笑みを浮かべる。


「……うん、美味しい」


 カナも小さく口を開けてクレープを齧る。

 その横顔は、戦うエージェントの険しさが消え、年相応の17歳の少女の可愛らしさに満ちていた。


 クレープを食べ終えた二人は、古着屋『シカゴ』へと向かった。

 地下へと続く階段を降りると、そこにはお香の匂いと、膨大な量の古着が山積みになっていた。


「ねえカナ、あんた私服どうすんの? こないだの日曜もジャージだったじゃん」


 服を物色しながら、リナが唐突に言った。


「えっ……」カナは言葉に詰まった。


 制服のアレンジはリナの見様見真似で完璧にこなせる。

 でも、「私服」という概念が、最近の彼女の中から抜け落ちていた。

 学校では制服。任務では動きやすいパーカーやジャージ。「普通の女の子」として誰かと会う時間など、この数ヶ月間、一度もなかったことに気づく。


「……んー、何がいいか分かんなくて」


「だめだって! いつももだけど。今日の制服こんなに可愛いのに、私服がジャージとかじゃもったいないよ! 高校生活は短いんだから、おしゃれしなきゃ損じゃん!」


 リナはハンガーラックを高速でスライドさせながら、次々と服を選び出した。


「カナは素材がいいんだからさー。ほら、これとか絶対似合う! 裏原系のちょっとボーイッシュなやつ」


 押し付けられたのは、X-girlのロゴが入ったTシャツと、少し色あせたデニムのオーバーオールだった。鏡の前で当ててみる。


 鏡の中の自分は、少しだけ照れくさそうで、でも年相応の少女に見えた。


「……どうかな?」

「超かわいい! いいじゃんいいじゃん! それ買いなよ!」


 リナが自分のことのように喜んでくれる。

 その姿を見て、カナは胸が締め付けられるような感覚を覚えた。


 私は、この日常を守るために戦っている。


 でも、戦えば戦うほど、私はこの「日常」から乖離していく。


 いつか、リナと同じ服を着て、同じ話題で笑うことができなくなる日が来るのではないか。自分の体が、心ごと「バグ」に飲み込まれてしまったら——。


「カナ? どうしたの?」リナが不思議そうに顔を覗き込む。


「ううん、なんでもない。……これ、買うね」カナは無理やり笑顔を作った。

 レジで支払いを済ませ、真新しいショッパーを受け取る。

 その紙袋の重さが、今のカナにとっては「人間としての証」のように感じられた。


「じゃあ最後、プリ撮って帰ろ!」


 日も暮れかけた頃、二人は竹下通りのゲームセンターに入った。

 1階のプリクラコーナーは、女子高生たちの熱気で蒸し風呂のようになっていた。

 最新機種の『花鳥風月』には行列ができている。


「これ、写りがめっちゃ綺麗なんだって。肌とか陶器みたいになるらしいよ」

「へぇ……すごいね」


 順番が回ってきた。

 狭いブースの中に二人で入り込み、荷物を置く。

 コインを投入すると、軽快な電子音と共にアナウンスが流れた。


『フレームを選んでね!』

『ハイ、チーズ! カシャッ!』


 フラッシュが焚かれるたびに、視界が白く染まる。

 リナは慣れた様子で次々とポーズを変える。ピース、虫歯ポーズ、変顔。

 カナも必死についていく。今日の「可愛い自分」を、記録に残すために。


『次は落書きタイムだよ!』


 二人はタッチペンを握り、画面に向かった。

 制限時間は90秒。リナの手が高速で動く。

『ズッ友』『LOVE』『我等友情永久不滅』。


「カナも何か書きなよー」「え、えっと……」


 カナは震える手で『今日はありがとう』と書いた。

 なんて不器用なんだろう。でも、それが精一杯の真実だった。

 これでも17歳の女子高生としてそれなりに可愛いを勉強しているのに、咄嗟になるとまだまだだ。


『プリントアウトするよ! 待っててね!』


 ブースを出て、排出口の前で待つ。

 ガシャン、という音と共に、鮮やかなシールが出てきた。


「わー! 超盛れてる! やっぱこの機種すごいわ」

 リナがハサミを取り出し、慣れた手つきでシールを半分に切り分ける。


「はい、これカナの分。手帳に貼ってよね」


「うん、ありがとう」


 カナは渡されたシールを受け取り、光にかざして見た。

 そこには、満面の笑みのリナと、少しはにかんだ笑顔の自分が写っている。

 背景にはハイビスカスのフレーム。完璧な、女子高生の思い出の欠片。


 ——はずだった。


「……え?」


 カナの指が止まった。

 違和感があった。

 一番大きく写っている、アップのカット。

 リナの顔。その瞳。


 最新機種の高画質プリントゆえだろうか。

 リナの大きな瞳の、黒目の部分。

 そこに、光の反射キャッチライトとは違う、微細なノイズが走っているように見えた。


 カナは思わず、シールを目に近づけた。


 心臓が嫌な音を立てる。


 左目の奥が疼き、無意識に「解析モード」へと視覚が切り替わる。


 ただの印刷ミスではない。インクの滲みでもない。

 リナの瞳の虹彩の中に、整然と並んだ微小な文字列。


『4D 69 6D 69 63 72 79 2E 2E 2E』


 16進数ヘキサコード。


 文字化けしたデータのような配列が、彼女の瞳の奥底に焼き付いている。

 まるで、彼女という存在そのものが、デジタルデータで構成された作り物であるかのように。


「カナ? 行くよー?」


 リナの声に、カナは弾かれたように顔を上げた。目の前には、いつものリナがいる。

 血色の良い肌、柔らかい髪、そして——


 カナは恐る恐る、リナの実際の目を見た。

 茶色い瞳。そこには、何も映っていない。

 自分の顔が反射しているだけだ。


「……リナ」

「ん?」

「……ううん。なんでもない」


 カナはシールを慌てて手帳に挟み込んだ。この寒気はなんだ。

 リナは本物だ。間違いない。


 でも、あの写真に写った「コード」は何だ?


 機械カメラだけが捉えた、彼女の内部情報の漏洩?

 それとも、この原宿という街全体が、既に——?


 すっかり日が落ち、夜の帳が下りた原宿駅前。

 駅舎の明かりが灯り、帰宅ラッシュのピークを迎えていた。


「じゃあねカナ! 今日は付き合ってくれてサンキュ! また明日、学校でね!」


 リナは笑顔で手を振り、山手線の新宿方面ホームへと消えていった。

 彼女は何も気づいていない。


 自分が「被写体」として、世界のエラーを写し出してしまったことに。

 無自覚な一般人。それが彼女の幸福であり、同時にカナにとっての恐怖でもあった。


 カナは一人、わざと品川方面の電車に乗った。秋葉原へ向かうには遠回りだが、今は少しでも長く、一人で考え事をする時間が欲しかった。


 車内は混雑していたが、奇妙なほど静かだった。

 サラリーマンが広げる新聞の音と、若者のヘッドホンから漏れるシャカシャカという音だけが響く。


 カナはドア横のスペースに身を滑り込ませ、震える手でガラケーを取り出した。

 手帳から、さっきのプリクラシールを取り出す。


 薄暗い車内で見ると、リナの瞳の中のコードは、先ほどよりも鮮明に見える気がした。


(……気のせいじゃない。これは、予兆だ)


 椚さんの言っていた「擬態なりすまし」。

 その侵食は、もうここまで来ているのかもしれない。

 自分の一番大切な親友の、その瞳の奥まで。


 カナは震える指でメールを作成した。


【宛先:椚 蓮治】

【件名:緊急解析依頼】

【本文:原宿にて異常データを確認。画像を送ります。……ただのバグであってほしい】


 ガラケーのカメラでプリクラを接写し、画像を添付して送信する。

『送信完了』の文字が表示された瞬間、電車が動き出した。


 原宿駅を出ると、車窓の外には代々木公園と明治神宮の深い森が広がっている。

 街灯のない漆黒の闇が、車内の明るい蛍光灯とのコントラストで、窓ガラスを完全な「鏡」に変えていた。


 そこに映った自分の顔。

 青白く、疲れ切った表情。


 その瞳の奥にも、もし同じような「コード」が刻まれていたら?

 私たちが「人間」だと思っているこの意識さえも、精巧に作られたプログラムの一部だとしたら?


「……嫌だ」


 カナは小さく呟き、自分の体を抱きしめた。

 ショッパーの中の新しい服が、カサリと音を立てる。

 その音だけが、今の彼女をかろうじて現実に繋ぎ止めていた。


 電車は森を抜け、渋谷のネオンの海へと滑り込んでいく。

 巨大なビルの明かりが、鏡に映ったカナの顔の上を、ノイズのように次々と流れていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ