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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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小川に戻る水音を聴きながら

久しぶりに川沿いの道を歩いた。冬のあいだは沈黙していた小川が、今日ははっきりと音を立てている。さらさらと、途切れずに、どこか急ぐようでもあり、思い出したようでもある水の声。


水音というのは、不思議と時間の感覚をほどいてくれる。時計の針よりも正確に「今」を刻みながら、過去とも未来ともつながっている。小川は昨日も一昨日も流れていたはずなのに、今日になって初めて「戻ってきた」と感じるのは、こちらの感覚が冬から目覚めたせいなのだろう。


岸辺にしゃがみ込み、流れに手を浸す。冷たいけれど、氷のような拒絶はない。指先にまとわりつく水は、触れていいものに戻ったという許可のようだった。冬の水は見るもの、春の水は触れるもの。その境界が、今ここで音になっている。


子どもの頃、春になると必ず小川で遊んだ。石を投げ、草船を流し、何も考えずに水の行方を目で追った。水は必ずどこかへ行く。途中で止まることも、振り返ることもない。その確かさが、なぜか心を安心させた。人の気持ちは戻ったり、迷ったり、止まったりするのに、水だけは流れ続ける。


水音を聴いていると、頭の中に溜まっていた雑音が少しずつ洗われていく。ニュースも通知も、言葉も義務も、すべてが水の層の向こうに沈んでいくようだ。耳に入るのはただ流れの連続だけで、そこには評価も判断もない。


橋の下をくぐると、音が少し変わる。反響して深くなり、別の楽器のようになる。場所によって声色を変える小川は、まるで感情を持っているかのようだ。静かなところでは囁き、石に当たると怒り、段差では歌う。水は地形に従いながら、表現だけは自由だ。


空を見上げると、雲がゆっくり流れている。水は地上で流れ、雲は空で流れる。上下に分かれた二つの流れの間に、自分が挟まれている。その事実が、妙に心地よい。流れに囲まれていると、人は止まっていても動いている気分になれる。


小川に戻る水音とは、冬に閉じられていた時間が再起動する合図。私は今日、その音に耳を澄ませながら、止まっていた自分の内部の川も、ようやく音を立てて流れ始めたことを、静かに確かめていた。

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