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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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彼岸前の夕焼けに滲む境界

夕方、窓の外がいつもより赤く染まっていることに気づいた。冬の夕焼けは鋭く、春の夕焼けはやわらかいと、誰かが言っていたけれど、今日の空はそのどちらにも属さない色をしている。強さと優しさが混ざり合い、境界線が曖昧になった中間の赤。


彼岸はまだ先なのに、空だけが先回りして季節の節目を演出している。昼と夜の長さが近づき、光と影の勢力図が書き換えられていく時期。夕焼けは、その交代劇の序章のようで、いつもより饒舌に空を染め上げる。


ベランダに出ると、風はまだ冷たい。けれど、頬に触れる空気は冬の刃物ではなく、春の指先に変わりつつある。夕焼けに染まった雲がゆっくりと流れ、空のどこかで時間が溶けているようだった。


子どもの頃、彼岸という言葉は、墓参りとセットで記憶されている。祖母の手を引いて歩いた墓道、線香の匂い、遠くで鳴る鐘の音。夕方の空は、いつも今日と同じように赤く、どこか別の世界への入口のように見えた。彼岸とは、生と死の境界線の名前なのだと、後になって知った。


夕焼けは、昼と夜の彼岸だ。どちらにも完全には属さず、両方を一度に抱え込む時間帯。赤は警告色でもあり、祝福色でもある。燃えるようで、慰めるようで、見る者の感情によって意味が変わる。


街の影が長く伸び、建物の輪郭が溶けていく。人々は帰路を急ぎ、鳥はねぐらに戻り、世界が一斉に次の状態へと移行していく。その集団的な移行の瞬間に立ち会うと、自分の存在まで移動しているような錯覚に陥る。


彼岸前の夕焼けとは、境界が色として可視化される時間。私は今日、その滲む赤の中に立ちながら、昼の自分と夜の自分、生者の自分と死者に近い記憶の自分、そのすべてが混ざり合う感覚を、静かに味わっていた。

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