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空気のなかの自我  作者: 設楽七央


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春雷の遠鳴りに目を覚ます夜

夜更けに、遠くで低い音がした。窓ガラスが震えるほどではなく、耳を澄ませなければ気づかないほどの、鈍い反響。天気予報が言っていた「春雷」だと、しばらくして思い当たる。


雷は夏のものだと思っていた。激しく、空を引き裂くような白い閃光と轟音。それに比べると春の雷はどこか控えめで、空の奥で眠っていた獣が寝返りを打つような気配だけを残す。けれど、その控えめさがかえって不穏で、心の奥を静かに揺さぶる。


ベッドに横たわりながら、暗い天井を見つめる。遠鳴りの雷は、一定の間隔で、世界の深部から届く心臓の鼓動のようだ。冬の間、凍りついていた空が、ようやく血流を取り戻し、内部の循環を再開した。その最初の鼓動音が、春雷なのかもしれない。


子どもの頃、雷は怖かった。布団を頭までかぶり、耳を塞ぎ、それでも低い振動が骨に伝わってきた。けれど、雷雨が過ぎ去ったあとの空気は必ず澄んでいて、世界が洗い直されたように感じられた。恐怖と浄化が、ひとつの現象に同居していることを、あの頃は不思議に思っていた。


今日の雷は、まだ雨を伴わない。ただ遠くで鳴り、空のどこかが動いていることだけを知らせる予告編のような音。何かが変わる前の合図、あるいは眠りから覚めるためのアラーム。


カーテンの隙間から見える空は、雲に覆われ、星も月も見えない。けれど、その雲の奥で、光が準備されているのだろう。雷は光の影であり、音の影であり、変化の影だ。影が先に現れ、本体は少し遅れてやってくる。


遠鳴りを聞きながら、自分の内側にも似たような音があることに気づく。大きな決断でもなく、小さな日常の変化でもなく、ただ「動き出そうとしている」気配だけがある。その気配はまだ言葉にならず、計画にもならず、ただ音として存在している。


春雷の遠鳴りとは、季節が内部で歯車を回し始めたときの試運転。私は今日、その低い鼓動に耳を澄ませながら、外の空と同じように、自分の内部でも何かが起動しつつあることを、半分だけ信じて眠りについた。

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