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死神の騎士と呼ばれた傭兵の物語――アトゥーム・サーガ――  作者: ダイ大佐
第三部 帝国と皇国

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第44話:策謀

「ジュラールが帰ってくるよう策を練らねばならぬ。ショウよ。奴はアリオーシュへの生贄として必要不可欠だ」戦皇エレオナアルは重々しく言った。


「帝国の地で殺してアリオーシュに捧げるのでは駄目なのか」


「無理です——ショウ殿。奴の家族を人質に脅しをかけてこちらに来させましょう」ヤルマドゥが提案する。


「それもまずかろう。奴は私に疑いを持っている。脅せば逆効果になりかねない」エレオナアルが呆れる。


「罪一等を減じたというのに何とも冴えないな。お前は」ショウもエレオナアルに乗った。


「聡明なご指摘ありがたく承ります。匿名の脅迫文ならその心配も有りますまい」ヤルマドゥは何ほどの事も無いという顔で二人の攻撃を受け流した。


「奴の家族を狙っている者がいると我々が知らせたことにしても良い。疑われずに奴を脅すことは難しい事ではありませぬ」


「成程、それは良いな——」エレオナアルとショウは感心した。三人の謀議は夜遅くまで続けられたのだった——。


 *   *   *


「ジュラール様」冒険者パーティ〝凍星の七英雄〟生き残りの女神官ジアは思いを遂げた寝台の上で、身を震わせていた。ジュラールがいない——最初は部屋を出ているだけだと思ったのだが、寝台の脇の机に別れを告げる手紙が置かれていたのだ。


 ジュラールの祖国、グランサール皇国はエルフの血の混じった者に容赦しない。ジアは曾祖母がエルフだった。ジア本人はエルフとのオクターという事になる。皇国は1/8以上エルフの血の混じった者をエルフと定義していた——皇国に入ればジアの命の保証はないのだ。


 ジュラールの家族が危険にさらされているという噂が帝国にも流れてきていた——遂には匿名の手紙までが届いた。ジュラールは疑っていたが、家族を見捨てることは出来ない男だった。


 ラウルと直談判したジュラールは、ジアを連れて行かずに祖国に戻ったのだった。最初落胆したジアはしかし怒りに燃えてジュラールを追いかける決意をした。ラウルにその旨を告げ、彼がどう言おうが皇国に行くと啖呵を切ったのだ。


「貴方方が何をしようと、私はジュラール様を連れ戻す。ジュラール様は戦皇とその部下に騙されている可能性が有ると貴方も言ったでしょう」


「仲間も連れずに皇国に潜入する——」アトゥームは渋い顔だった。


「ジュラール様は貴方方が許したから皇国に帰還したのでしょう。危険が有るのを知りながら許可を出した——援助して欲しいとは言わない。私の行動を黙認して。痩せても枯れても凍星の七英雄。失敗して死ぬならそれも運命よ」


「そこまで言うのなら」ラウルは折れた。


「魔法の品物をいくつか贖(あがな)っていくといい。現地でエルフたちを助けている組織も紹介しておこう。それ位は良いだろう、ラウル」


「良いと思う、義兄さん。——いくら敵だったと言っても見殺しには出来ないしね。本音を言えば皇国に潜入はしない方が良いと思うけど」


「そういわれて引っ込むようでは英雄級の冒険者にはなれないわ。愛と美の女神の思し召しが有れば、ジュラール様を連れ戻せる」


「分かった。思うようにやるといいよ。皇国の反戦皇組織に君のことを伝えておく。姿隠しのマントと認識阻害の指輪を渡すよ。あくまで貸すだけで、君にあげるわけじゃないけど」


「感謝はする。出来るだけ早くに出発させて」ジアは挑む様に言った。自分を頼りないと見なして置いていったジュラールに恨み言の一つも言ってやらないと——。


 結局ジアはこの直談判から一週間後には皇国へと出発したのだった。


 *   *   *


「ジュラール卿はまっすぐ過ぎる——私は亡命するよう勧めたのだが」ヤルマドゥ配下だった幕僚は帝国への脱出途上でジアと出会った。彼は家族を連れてかつてヤルマドゥが滞在していた自由都市に入った時に皇国に潜入しようとするジアと遭遇した。


 ジアは道中もジュラールの情報を集め、皇都ネクラナルに向かっている。幕僚からは重大な情報を手に入れた。ジュラールは戦皇の覚えが良くない事を知ってなお家族を助けに向かった、それだけでなく戦皇たちが自らの利益、混沌の女神アリオーシュにジュラールを捧げる為に陰謀を巡らせた事さえ知っているとの事だった。自殺行為だと幕僚は言った。


「何か秘策でもあるのかもしれないが」

「ユリア様を失ってからジュラール卿は全てに気力を失っておられた——まるで死に場所を求める敗残兵のように」

「ジュラール卿を救って欲しい。貴女ならそれも不可能ではあるまい。凍星の七英雄のジア」


 ジアは身を震わせた——ユリアにも、アリオーシュにもジュラールを奪わせない。彼は私のもの——その思いと共に、ジアは皇国に入ったのだ。


 *   *   *


「本当にあの女を見逃していいのか?」赤い肌の大柄な男が黒髪の女に確認した。


「構わぬ。決定的な所で楔(くさび)を打ち込む。あの女には自分のしでかした事の重みを思い知ってもらわねばならぬ」女——混沌の女神アリオーシュの緑の瞳には怒りと悲しみの色が有った。


「ジュラールを我らの陣営に。世界制覇の為に彼は必要。我が肉体を持って現世に顕現する為にも」


「皇都まであの女ジアは行くのだろう。何故今の内にジュラールの魂を奪わない?」


「ジュラールの魂はまだ完成していない。それを待たなければ我らの望みは叶わない」


 男——アリオーシュ四天王グレイデンは女主人を見た。この女に使えるようになってからもう千年が経つ。それほどの付き合いでも彼女の事は良く分からなかった。生娘の様におぼこい事も有れば、娼婦の様にあざとい事もある。大胆な時も臆病な時も彼女は余りにもくるくるとその様相を変えた。精神的に不安定なのだとさえグレイデンには思えた。


 俺はこの女に戦いを挑んで負けた。その時の事は昨日の事の様に思い出せる——よもや女に負けるとは思っても見なかったが。情けをかけられこの女の配下になった事を後悔はしていない。だが――。


 まるでこの女の父親役を背負わされている様だ。そう思わされる事が何度もあった。精神的に安定しない女主人にとってジュラールの魂は必要なのだ。戦皇たちに捧げさせているエルフ達の魂も同様に——


 天界の神々や唯一神配下の天使たちにもアリオーシュを快く思わない者は多い。彼らに負けない為にもこの世界の覇権は必要だった。狙われているのは光の勢力だけにではなく、同じ闇に属する堕天使どもにもだ。混沌の神々同士でさえ諍(いさか)いが有る——現世を掌握する事で力の差を見せつけなければならない。神々や天使が一致協力して挑める相手は外なる神々——外界から攻めてくる異形の神々くらいしかいない。


「逆に言えば、俺の望む争いに事欠かない世界だという事だ」グレイデンは呟いた。永遠の争い――それこそ俺の望むものだ。牛や馬どもの平和などいらない。いつか斃れる日も来よう。それまで僅(わず)かでもいい、魂を震わせる戦いに身を委ねたいものだ——


 ——グレイデンは柄にもない思索をしている自分を笑った——

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