第42話:虜囚
グランサール皇国戦皇付き近衛騎士ジュラールは死神の騎士アトゥームに斬りかかった。片手半剣が唸りを上げてアトゥームに襲い掛かる。アトゥームは両手剣デスブリンガーでそれを受ける。馬上の二人はがっきと組み合う。一騎打ちの形になった。
ジュラールもアトゥームも手綱を持たずに鐙だけで馬を操る。ジュラールは盾をアトゥームの頭に叩きつけようとした。ジュラールは兜を被っていたが、アトゥームは被っていない。頭に当たる寸前で上半身を傾け辛うじて肩で盾を受けた。関節が外れたかのような痛みがアトゥームを襲った。衝撃に身体が震える。死神の騎士の鎧でなければ骨折していてもおかしくない衝撃だった。
アトゥームはデスブリンガーを引くとフェイントをかけた。ジュラールは一瞬戸惑う。アトゥームは盾の無い右からくるかのように剣先を振ったが、反対から一気に剣身が加速した。ジュラールはすんでの所でデスブリンガーを盾で受け止める。冷や汗がどっと噴き出した。右手の片手半剣を突き出す。アトゥームは信じ難い速度で突き出された剣を払った。
ジュラールは左側にアトゥームを見る形で戦っている。ジュラールが防御面では有利だった。反面攻撃ではやや不利になる。
アトゥームは鐙を蹴って反対側に回り込もうとする。ジュラールは馬を前に出してそれを防いだ。
——戦う事四半刻に及び二人には疲労の色が濃く滲む——
決着は意外な形で訪れた。
フェイントを交えてジュラールを眩惑して戦っていたアトゥームだったが、ほんの一瞬、隙が出来た。ジュラールはそれを見逃さない。右手を一杯に伸ばしてアトゥームの頭部を突いた。アトゥームもデスブリンガーでそれを払おうとしたが、片手半剣は顔を掠めた。額を軽く切ったアトゥームの目に血が入る。
「とどめだ——死神の騎士!」勝ちを確信したジュラールは片手半剣を振り上げる——
* * *
「私の夫になる男に敗北は有り得ないわ」戦場の上空から二人の戦いを見ていた調和の少女神アストレイアは隣で戦場を眺めるもう一人の女神——混沌の女神アリオーシュに語り掛ける。二柱は互いに推している戦士——アトゥームとジュラールの戦いを見守っていた。
「ジュラールが優位よ。わらわの戦士に敵う者はいない」アリオーシュが長い黒髪を靡かせながら微笑む。
二柱を天に舞わせている羽衣も靡く——二柱は宙に静止して推しの一挙手一投足はおろか、内心の感情までも同調して戦闘を味わっている。
騎士に護られる乙女の様な感情で二柱の女神は代理戦士の戦いを見る。
* * *
アトゥームが白兵戦にかかっている間、騎兵隊の指揮を任されていたラウルは第三軍の後詰めを動かすよう幕僚に指示した。自身も前進する。アトゥームは不利な状況に追い込まれている。いざとなれば転移魔法で飛んで援護しなければなるまい。アトゥームが斃れれば帝国の騎兵隊は壊滅する危険性もあった。逆に敵陣は半ば崩れている——第三軍が襲い掛かれば敵を追い払う事も不可能ではない。
予備の騎兵隊が突進を開始する。盾を掲げた歩兵隊も前進を始めた。援護として騎兵に合わせて弓兵が矢継ぎ早に矢を射かける。
僕が行くまで持ちこたえて――義兄さん。ラウルは神に祈った。
* * *
「全く私の責任ではありません。部下の敢闘精神が足りなかったのが全ての敗因です」皇国首都ネクラナルの軍事法廷。近衛騎士と伯爵位を金で買った過去の持ち主であるヤルマドゥはまともに敗北の責任を取るつもりなどなかった。部下に責任を擦り付けて今度も逃げきるつもりだ。ヤルマドゥは証言台で冤罪を被せられた無実の人間の様に堂々と振る舞う。
「卿が前線に出なかったとの証言も有るが? それは事実かね」査問会の幹事が疑い深い目でヤルマドゥを見る。
「全くのデマです。悪意ある、私を貶めようとする陰謀です。私は常に最前線で戦っておりました」全くの嘘だったが、ヤルマドゥ自身はそんな事は気にかけていなかった。それどころか自分は本当に最前線で戦っていたと信じ込んでいた。
「証拠はあるかね」
「我らが偉大な同盟国、龍の王国ヴェンタドールの勇者ショウ様が証人です」
「ショウ殿は今回の戦では前線に出向いていない——証人として適当か?」
「勇者ですぞ——嘘をつくなど有り得ない」
「ではショウ殿を」
部屋の隅で待機していたショウは証言台に向かう。
「ヤルマドゥ伯爵は嘘をついていない。俺は遠見の魔法で見ていた。勇者の称号にかけてこれが真実だ」その言にヤルマドゥは深く頷く。しばらくの間幹事たちは小声で意見をやり取りした。
「今日はこれで閉廷。ヤルマドゥ伯への判決は一週間後」話し合いを終えた査問会会長が宣言した。
ヤルマドゥとショウは退席する。ヤルマドゥを告発した部下は皮肉な笑みに渋みを浮かべて二人を見送った。
* * *
「もらった——」ジュラールの片手半剣がアトゥームの頭上に落ちる。受けは間に合わない。しかしできる事が全く無い訳でも無かった。アトゥームの戦馬スノウウィンドがジュラールの戦馬を蹴った。馬が棒立ちになった。平衡を失った近衛騎士は落馬する。しかし落ち様に身体を伸ばして盾を死神の騎士に引っ掛けた。アトゥームも平衡を崩す。
二人は地面に叩きつけられた。
すぐさま立ち上がると互いに斬りかかる。しかし両者とも身体は限界に来ていた。二、三合ほど打ち合って剣を下ろす。戦場の喧騒が遠く感じられた。
「貴方は見事な騎士だ——もっとも貴方は騎士と呼ばれたくはないかもしれないが」
「そちらこそ、だ」アトゥームも頷く。周りを見渡した、帝国軍の予備の騎兵が突入して、勝敗は既についたも同然だ。皇国の防御陣地を真正面から攻撃する形になり損害は大きいが。
「大勢は決したな——私を捕虜にするか?」ジュラールは片手半剣を地面に突き刺して言った。
「貴方がそれを言うのか」
「寝首をかかれる恐れは低い——帝国の内情も見ておきたい。貴方は私をそう長い間人質にはすまい」
「俺がそうしなくても、帝国の他勢力がやるかもしれない」
「その時はお手上げだ——」ジュラールは微笑んだ。まるでそうなる事を望んでいるかのように。
「俺一人の決定には余る。ラウルにも聞かなくては——義弟なら貴方の処遇もうまく決められるだろう」アトゥームは腕に嵌めた遠距離通信用の魔道具を起動する。
グランサール皇国戦皇エレオナアル付き直属近衛騎士ジュラール=ド=デュバル卿は勝負に勝ちながらもガルム帝国の捕虜になったのだった。




