第40話:フリージア
「鉄巨人!?」太古魔導文明の遺した魔導増幅機、黒の塔探索に入ったグランサール皇国の一団は動き出した巨像に驚きの声を上げた。
塔の内部、広間を護るように置かれた二体の像が軋みを上げる。人の背丈の三倍はある巨体は人間に恐怖心を抱かせるには十分だった。
「ジュラール様——。戦型を指示して——」
「待て。敵対意図が有るとは限らない」手をかけてこそいたが剣を抜かずに近衛騎士ジュラールは言った。
果たして、鉄巨人は動きを止めた。頭上に戦槌を掲げる。
〝賢明であるな——我が塔にようこそ、384年と3カ月14日振りの客人よ——」鉄巨人の後ろに灰白の髪、白肌の、白装束のエルフ女性の姿が浮かび上がった。髪型のせいか幼く見える。白エルフだろう。
「貴女がこの塔の主人か?」ジュラールは剣から手を離さずに言う。
「そうだと言えるが、私の肉体は既に他界している。ここに在るのは私の人格を模した人工精霊。永遠の命を得る為に私フリージアは人工精霊に己の人格を移植した。名を聞こう、騎士殿」
「ジュラール。ジュラール=ド=デュバル卿。グランサール皇国現戦皇エレオナアル付き近衛騎士」
「そなたたちを歓待しよう。ジュラール卿。武器を置く必要はない」ジュラールの心配をフリージアは先取りした。
ジュラールたちは隊列を組み直し、塔の奥へと進む——
* * *
「何故だ!? 報告では我々が遥かに有利だとの事だったではないか!! 何故——!?」ジュラールたちが黒の塔を見つけた時より時は進む。
グランサール皇国中央軍司令ヤルマドゥは幕僚たちに詰め寄っていた。
「死神の騎士アトゥームがガルム帝国の指揮官に復帰しただと!? 間者共の報告では精神病が悪化して到底動けないとの話だったのに――」
「私はその旨を一カ月は前に報告していたはずですが」
「忠誠心の乏しい部下に重要な役割を回すと思うのか。そんな部下の報告が真面目に聞かれると」
「では、今から忠誠心は乏しいが現実を把握している部下の報告を聞いて下さい」
ヤルマドゥに批判的な幕僚は卓上に置いてあった細身剣で地図の一点を示す。
「我が中央軍は敵の抵抗が薄いとの報告に軍を出来る限り前進させてきました。結果として北方軍、南方軍を置き去りにして敵中に突出してしまった。死神の騎士が病で動けないとの噂は敵の軍師ラウルが故意に流したものでした」
「だがそれは事実だったはずだ」
「事実です。しかし軍師ラウルはそれを逆手に取った。我々を突出させるべくその噂を広めたのです」
「軍師ラウルは相次ぐ退却にその任を解かれ、後任にその座を譲った――何故そんな事が出来た?」ヤルマドゥは陰険な目で幕僚を睨む。幕僚は涼しい顔でその視線を受け流した。
「後任のスハルダは無能で知られる男です。我が軍が敵首都に迫るにつれ、再度交代の論が巻き起こった。そこに軍師ラウルは付け入ったのです。恐らくは最初から無能な軍師が後任になるよう宮廷工作を」ヤルマドゥの顔はどんどん青くなっていく。
「つまり我々は格好の的として射的場に飛び込んだカモだと言う事です」
「まだ詰んだ訳では無い——そうだろう」ヤルマドゥは救いを求めるような顔で一同を見た。
「一旦軍を下げるべきです。友軍と前線を並べる所まで」
「そんな事が出来るか! せっかく我が軍が帝都を落とす機会に恵まれておるのに」
「後二週間もすれば敵軍に増援が来ましょう。そうなっては軍は全滅の可能性すら」
「戦皇エレオナアル陛下に期待していると言われたのだぞ——ここで失敗したなどと言えば」
「中央軍が壊滅するよりはマシです。陛下を失望させるだけで責任は問われないと存じます」幕僚は断じた。
「何か手があるはずだ——副官はどう考える? やはり——」ヤルマドゥは必死に自分に近い幕僚の一人に意見を求めた。
「帝都陥落は今すぐという訳には——軍師ラウルが再度指揮権を握ってから我が軍の進軍速度は」副官は言いにくそうに口をもごもごとさせる。
幕僚たちはなまじ戦争を知っているだけにヤルマドゥに諸手を挙げて賛成できなかった。
沈黙が落ちた。
「分かった——諸君らの態度はよく覚えておく。——諸君らは解任だ。皇国には優秀な戦略家がたくさんいる。代わりはいくらでもいる」幕僚たちは殆んど動じなかった。
「荷物をまとめて出ていくのだな」ヤルマドゥは勝ち誇った様に言う。権力者は自分だという事を自覚し誇示したのだ。
幕僚たちは退出する。ヤルマドゥは一人執務室に残された。軍が前進したにも関わらず、ヤルマドゥは自治都市から本営を前に進める事はしてはいなかった——
* * *
「義兄さん。無理は禁物だよ」ガルム帝国、第三軍、死神の騎士アトゥーム=オレステスは軍の先頭でその姿をさらしていた。愛馬スノウウィンドに跨り、その横に同じく騎乗した義弟の軍師ラウルがいた。
「良いのか。これだけで」アトゥームは戦えなかった事に気を病んでいた。陰性症状が酷いとはいえ、姿を見せただけでは流石に前線の兵たちに悪いと思ったのだ。
「今はこれでも大健闘だよ。今無理すると本当に必要な時に戦えなくなる」ラウルは中継用の水晶玉をしまう。
「始原の赤龍グラドノルグも義兄さんに血を吐く思いをしてもらいたいとは言わないはず」
「気を遣われながら戦ってるだけで戦士失格だと俺は思っている。お前の言う事が間違っているとも思わないが」
「戦場でも傷ついた仲間は助けようとする——気を遣われる程度で済んでいるのは大した事なんだよ。今日はこれまで、本陣に帰ろう」ラウルは馬の腹を軽く蹴る。向き直った馬は常脚で歩き出した——旗本衆たちが後に続く。アトゥームはもう一度戦場を見やると、馬の腹を蹴った。
* * *
「皇国は――エルフを迫害していると」黒の塔の主、白エルフのフリージアは皇国近衛騎士ジュラールに確認した。二人きりで塔の制御部で話をしていたのだ。水晶の映し出すフリージアは怒りに身を震わせていた。
「それどころか同胞の女性たちを性奴隷として売買している——ジュラール卿、貴方はそれに反対しているのだな」
「内心では、です。陛下に表立って楯突いている訳では——」
「それでも構わない。私はそれを知った——同胞を放ってはおけない」悔しそうな表情だった。
「ジュラール卿。私に力を貸してはくれぬか? 貴方の立場上難しいのは承知の上だ。それが無理なら、せめて同胞へ我が塔へ避難してくれと伝えて欲しい。見返りに貴方の願いを何でも叶えてあげよう」
「私の願いは神にも叶えられないものです。それに戦皇付き近衛騎士として主君を裏切る事は」
「分かっている。それを曲げてもらえないか? 皇祖神ヴアルスを貴方は信じてはいないと言ったではないか。このような言い方はしたくないが神は裏切れて主はそうではないと?」
「……」ジュラールは沈黙した。フリージアはもう一押ししようとする。
その時——
「その沈黙は正解だぞ。ジュラール卿」男の声が響いた。
「何奴——?」フリージアは、その像は、辺りを見回した。
突風が吹く。風の止んだ後に一人の小男がいた——老人と言って差し支えの無い外見だ。
「初めて目にかかる。儂は秘密結社、秩序機構総帥ディスティ=ティール。黒の塔の魔力は我らが頂く」
フリージアは魔法を唱えようとした。しかし唱えられない。
「既に制御部は秩序機構の制圧下にある。主である人工精霊のお前さえ押さえれば全ては終わりよ。ジュラール卿、そなたがいなければ塔の完全制圧は有り得なかった。礼を言うぞ」
フリージアの顔が苦悶に歪む。ジュラールを囮にこ奴らは——
部屋の奥にある水晶にティールは短剣を突き立てる。絹を裂くような凄まじい悲鳴が塔全体に響き渡った。水晶は粉々に砕け散った——周囲の森から無数の鳥が飛び立つ。
ジュラールは無表情だった。しかしティールは彼が激怒している事を身体の震えから見て取った。
「騎士には騎士の誇りが有るという事か——その高潔さに免じてそなたを反逆罪で逮捕する事はすまい」反逆罪という言葉をジュラールは聞き逃さなかった。
「戦皇陛下がこれを望まれたのか? 魔法使いよ」ジュラールの声はまるで抑揚が無かった。
「それには答えられぬ」ティールは肩をすくめた。ジュラールを恐れる様子はまるでない。
「儂は個人的にそなたを高く買っている。無意味に戦いたいとも思わぬ。薄汚い今の様な世の中でそなたの様な人間は貴重だ」
ジュラールは沈黙した。前とはまるで違う感情で。
「ではな。いずれまた相まみえる時も有ろう。その時までにそなたが救いを見いだせる様な世になる事を祈っている——さらばだ、騎士よ」ティールは身体にマントを巻き付けた——風が舞い、その姿が消える。
ジュラールは吠えた。完敗だ——その思いだけが騎士の身体を深く貫いた——




