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死神の騎士と呼ばれた傭兵の物語――アトゥーム・サーガ――  作者: ダイ大佐
第三部 帝国と皇国

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第39話:戦端開く

「ジュラール。陛下を信用するな。ヤルマドゥが独立近衛騎士として任じられる事が内定した。陛下は奴を伯爵に任ずるつもりだ」近衛騎士ジュラール=ド=デュバルは友人の近衛騎士オーギュストの言葉に臍(ほぞ)を噛んだ。


「陛下は人の上に立つ器ではないと、そう言いたいんだろう、オーギュスト」


「権謀術数には長けている。その意味では権力者向きだ。だが、致命的に徳が欠けている。あの方に人間として惹かれるという者は殆んどいない。君もそうだろう」


「それについては私は意見を述べる立場に無い。そもそもデュバル家は代々戦皇家にお仕えしてきた。私の代でそれを翻(ひるがえ)す事はできない」


「君の忠誠心には敬意を表するよ。だがもう少し自分の事を考えた方が良い」


「そうかも知れない——」ジュラールが言葉を発したその時、オーギュストは卓上にあった果物ナイフを投げた。


 赤い液体が宙から散る。押し殺した悲鳴が上がった——殆んど同時にオーギュストは姿を現した人影を取り押さえた。人影の口に指を入れると舌を噛めない様にする。


「君を監視していた密偵(スパイ)だ——断定はできないが陛下か、ヤルマドゥの手先だろう」


 人影はエルフだった——隷属の首輪が嵌(は)められている。


「魔術師を読んで傷の手当と、魔法の解呪(ディスペル)を。デュバル家付きの魔術師がいるはずだ。首輪さえ外してしまえば自殺される恐れはない」


 ジュラールはさほど驚いてはいなかった。エレオナアルやヤルマドゥの猜疑心(さいぎしん)の強さは十分承知していた。エルフを引きずって来たオーギュストは上着で猿轡(さるぐつわ)を噛ませた。


 呼ばれた魔術師が慌てて駆け付けて来た——


 *   *   *


「義兄さん——」一方、その頃のガルム帝国では、ラウルがアトゥームの病気に悩まされていた。グラドノルグの洞窟から帰ってきたアトゥームが、無気力状態に陥っていたからだった。


 朝の練武にも遅れがちで、以前はきっちりと剃っていた髭(ひげ)を剃り忘れて来る事もあった。妄想や幻覚にこそ囚われていないが、明らかに動くのに難渋している。放っておくと昼過ぎまで寝ている事もあった——以前のアトゥームからは想像もつかない事だった。


 陰性症状——ラウルは統合失調症患者の記録を調べて、アトゥームの症状が病気の後遺症とでも呼ぶべきもので有る事を知った。


 グラドノルグの血は陰性症状にも効果を発揮してはいたが、陽性症状が収まった直後に効きが悪いのは仕方のない事だ。


 元に戻るまで時間がかかる——どれくらいかかるのか、それを知ることはラウルの能力をもってしても不可能だった。


 皇国は侵攻準備を着々と整えつつある。アトゥームは死神の騎士として知られ、参戦できなければ帝国軍の士気が大幅に下がるのは間違いなかった。


 今のアトゥームの状況が皇国に知られれば――ラウルは肝が冷えるのを感じた。


 そして、悪い予感は的中したのだった。


 *   *   *


「攻めかかれ。偉大な皇国の戦士たち——」馬に乗った肥満体の男——聖騎士ヤルマドゥだった——が叫ぶ。魔導具を使って、前線にその映像が映し出される。グランサール皇国は敵対するガルム帝国に三方から攻め入った。死神の騎士がいない——予想通り帝国の抵抗は弱い。いや、弱くは無いが撤退の判断が早かった。皇国軍の損害は大きいがそれを上回る進軍速度だった。


 死神の騎士としての名声だけでなく指揮官としての名声も高いアトゥームの不在は大きかった。


 だが、ヤルマドゥは知る由も無かった——軍師(ウォーマスター)ラウルは退却しながらの遅滞戦闘を命じていた。皇国軍を突出させ、糧道を断つ作戦だ——損害を最大限に与えながら敵を引き込み、攻勢が限界に達したところを見計らって一気に逆襲する算段だ。


 それを見破れる程ヤルマドゥには軍事の才は無かった。本人はそうは思っていなかったが。彼が前線に出ないのは、レドパインの失敗を見ていたからだ。


 ヤルマドゥ指揮する中央軍は一見破竹の勢いで帝国内部に侵入していった。しかし、北方軍と南方軍は強力な抵抗にあって中央軍ほどには進出できなかった。北方軍と南方軍に対する帝国軍にはラウルの指揮権が及んでいない。


 ヤルマドゥは罠かも知れないとの幕僚の意見を聞かず、他の軍より先頭に進んでいる事実に酔いしれていた。帝国首都ゴルトブルクに一番乗り出来れば更に自分の権勢は増す。それだけしか見えていなかった。今回の戦争はヤルマドゥが強力に開戦を主張し、宮廷工作を行って始まったものだった。失敗は許されない。


「ヤルマドゥ閣下、一度中央軍を止め、糧道の警備にもっと兵を割くべきです。既に一部では——」


「黙れ、敗北主義者め。貴様は私が成功するのが嫌なのだろう——平民出の私が」


「そんな事は」


「ならば私の命に従うのだな」


「はい」ヤルマドゥは幕僚の返事に面食らう。てっきり反対するものだと思ったのに——


「私の命令に賛成なのだな」満足したようにヤルマドゥは言う。


「いいえ」その返事にヤルマドゥは目を剥いた。言葉を継ごうとする前に幕僚は答えた。


「命令には従います。しかし反対です。非同意という事です」


「非同意?」鳩が豆鉄砲を食ったようなその顔に幕僚は軽蔑心を持ったが顔には一切出さなかった。


「命令には従いますが意見としては反対だという事です。大事な事なので二度言いました」


「そんな事をして何の意味がある? 結局は我が命令に従うのだろう?」


「意味は有ります」幕僚は呑み込みの悪い生徒に教える教師のような口調で言った。


「分かった分かった。それ以上言わなくても良い」面倒な説明になりそうだと思ったヤルマドゥは幕僚の言葉を遮った。彼は幼少期から良い生徒であった試しが無い。幕僚は立ち尽くす。


「早く私の命令を遂行しろ! 何をぐずぐずしておる!」ヤルマドゥは突然大声を上げた。罵声を受けて幕僚は部屋を出る。


「ジュラール卿が指揮官だった時はあの豚よりはるかにマシだったな」歩きながら幕僚は一人ごちる。


「まあ、豚指揮官殿のお手並み拝見だ。もしかするとゴルトブルクを落とす事もあるかも知れんしな」前線からは遠いとはいえ、ガルム帝国との国境付近に敷かれた本営——国境近くの町の市庁舎を借り上げたものだった——自治都市の市長を脅しつけて本営を置かせたのだ。それだけでもグランサール皇国の国益を損なっていると幕僚は思っていた。力ある都市に皇国への悪感情を持たせてどうしようというのか。長い目で見れば明々白々だ。


 幕僚は軍師ラウルの実力を高く評価していた。皇国軍が飛んで火にいる夏の虫になりかねないという事を認識している。死神の騎士アトゥームが参戦できない事すら利用して作戦を立てるであろう事は想像の範囲内だった。


 *   *   *


 グランサール皇国戦皇付き近衛騎士のジュラール=ド=デュバル卿は深い森を進む。冒険者の一団と軍所属の探索班、合計二十数名の探索隊だった。その隊長をジュラールが務めている。


 ジュラールは戦皇付きの近衛だったのだが、数年前は指揮官の才を買われて軍勢の指揮官に、そして今は皇国勝利の為に太古魔導文明の産物である魔力増幅機を秘める魔導塔、〝黒の塔〟探索の任務に就いていた。


 下された命に全力で応えるのがジュラールの覚悟と流儀だったが、近衛でありながら戦皇の傍を離れる事に複雑な思いを抱かざるを得なかった。


 重要な任務である事は間違いないが——ジュラールは枝を切り払いながら進む先頭の探索人を見る。


 ジュラールはエルフの捕虜を黒の塔探索の任に付くなら家族ともども解放すると誓約して森の探索に同道させていた。


「貴方は人が好過ぎる。私が嘘を教えて貴方たちを振り回すとは思わないのか」


「我が剣には目の前の相手が嘘をついているかどうかを知ることができる魔法がかかっている。それに私自身の眼もそうそう騙される程節穴ではないつもりだ」


「それはそうでしょうが。それにしてももう三週目だ、退く事も考えた方が——」


「もう少しという所までは来ているはずだ。黒の塔の手がかりを見つけて貰えれば、その分の礼もする」


「ジュラール様」後ろにいた魔法使いが声を上げた。


「どうした?」


「左前方に認識阻害の魔法がかかっています。検知できたのは奇跡だ」


「解呪(ディスペル)してみてくれ。もしかすると当たりかも知れない」


 魔術師は魔晶石の魔力を上乗せして解呪の魔法を唱えた——途端に木々が消える。


 目の前にそびえ立つ塔があった——途方もなく大きい。一行は息を飲んだ——。


「これが――」ジュラール自身も驚いた。これ程のものに気が付かなかった。太古の魔導文明はどれ程の技術力が有ったのか。


「罠が有るか調べよう。冒険者諸君、いよいよ君たちの出番だぞ」迷宮探索に長けた冒険者たちはこの為に連れてこられたのだ。


 周囲を警戒しつつ、一行は塔へと進む。


 黒の塔発見は皇国のみならず、帝国、そしてジュラールの運命をも変えるものとなったのだった。

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