第38話:継息
「アトゥームは死ななかったのか。それどころかグラドノルグの財宝を手に入れた。忌々しい事だ。死神の騎士などとあの仰々しいあだ名共々な」ガルム帝国と戦火を交えるグランサール皇国、その同盟国、龍の王国ヴェンタドール王国の勇者ショウ=セトル=ライアンは部下の報告に渋面を作った。
ショウは一時的に母国に戻って次の作戦に備えて休養を取っていたのだ。
「ディスティ=ティール公爵、鋭いが詰めが甘い。もう少し早くアトゥームめがグラドノルグの洞窟に向かったと知っていれば、また違った結末も有ったろうに」
「戦皇エレオナアル陛下は何と?」部下が問う。
「エルも悔しがっている。死神の騎士は皇国の喉に刺さった小骨だからな」
「聖騎士ヤルマドゥ卿が戦死したレドパイン卿の敵討ちに出られるとの噂もありますが」
「あの奴隷商人か。〝性〟騎士ヤルマドゥ。エルも人材集めには大雑把なところが有るからな。平民上がりを信用するなと口酸っぱく言っているのに狂気の沙汰だ。アトゥームの件もそれで失敗したというのに、懲りない奴だ」ショウは口元を歪める。エレオナアルに一番近い友人は自分だとの思いがライバルへの敵愾心となった。
「龍殺しもどき——始原の赤龍殺し、グラドノルグスレイヤーを鍛えたのはガルム帝国の刀鍛冶だったな、ティール公爵がそれを凍星の七英雄に渡した。ティール公爵もそうだが、刀鍛冶も混沌の帝国らしく面妖なモノを造るものだ」
「グラドノルグが逆賊アトゥームを殺していればショウ様もエレオナアル陛下も枕を高くして眠れたものを」
「言うな。運命とは人知の及び知れぬものだ」
「ティール公爵は混沌の女神アリオーシュと接触しているとか」
「俺やエレオナアルにアリオーシュを示したのは公爵だ。メス犬アリオーシュは異世界の小娘二人とジュラール=ド=デュバル卿をご所望だ。古代魔法文明の造った魔力増幅機——黒の塔と小娘共さえ見つければ女神がこの世に顕現できるとの話だ。この世を手に入れようと必死なのだ、あのメス犬は」
「ジュラール卿はエレオナアル陛下に二心を持ちかねないでしょう。レドパイン卿の親友のヤルマドゥ卿が敵討ちを認められたとなれば」
「アリオーシュ召喚の生贄にすべきだな。糞真面目で馬鹿正直な男だから、嵌めるのは簡単だろう。剣の腕は立つが、俺やエルの敵ではない。世界が汚い事を理解できないのは罪だな」
ショウは蜜水の入った魔法のポットを取る。冷たく保たれたそれから金属の杯に蜜水を注ぐとあおった。
「ショウ様。シーナ様がお見えです」侍女が返事を待たずに扉を開けた。
「お兄様!!」シーナ=セトル=ライアン。ショウの実妹にして婚約者。彼女はショウと同じ訓練を受けた女勇者でもあった。シーナはショウの胸元に飛び込む。
「お兄様、今度はいつまでサレムカルドにおられるの?」
「あと一週間はいられる。それより剣の腕は上がったのか、シーナ?」シーナの顔はむくれた。
「当然ですわ。そんな事より、兄様こそ聖剣ジャスティスブレイドの力を引き出す事は出来たんですの?」
「まかせておけ。俺は既に死神の騎士をも凌駕している。最強は俺さ」
「さすがはお兄様」シーナはショウにキスをする。
「では私の部屋へ——良いでしょう? 兄様」シーナは兄に腕を絡めると、歩き出した。
* * *
「白聖騎士ショウ様から戦皇エレオナアル陛下にお口添えを頂きたいのです」ショウが皇国に出張する二日前の事だった。
表面上は従順な口調で太った男——ギュスターヴ=トゥトゥルバァロ=ド=ヤルマドゥ卿は懇願する。
皇国で口さのない物には〝性騎士〟と揶揄される男——は勇者ショウ=セトル=ライアンに自らの出陣を助けてもらえるよう、折衝に龍の王国ヴェンタドールまでやってきていた。慇懃な口調の端々にヴェンタドールは二流国だとの偏見が滲む。
ヤルマドゥはショウの言う通り奴隷売買で財を成し、エレオナアルに取り入って権力基盤を固めてきた男だった。エルフやドワーフ等の亜人種を主に扱っていたが、戦争捕虜も安く買いたたいて売ってきた。
召喚魔法の生贄として使える奴隷を大量に扱っている——ライバルをあの手この手で潰し、寡占状態を作り出したヤルマドゥはそう言上してエレオナアルに売り込んだ。
魔法使いによる支配を目指す国際謀略組織、秩序機構総帥ディスティ=ティール公爵と手を結び、混沌の悪魔を召喚してグランサール皇国の戦力を強化する、その魅力にエレオナアルとその友人ショウは抗う事が出来なかった。
混沌界最強の女神アリオーシュの力添えを得れば世界征服も、亜人絶滅も不可能ではない。ヤルマドゥとティール公爵は二人に巧みに取り入った。ティール公爵にしてもアリオーシュ召喚の為に大量の生贄を必要とし、それにはグランサール皇国から捕虜のエルフたちを手に入れるのが一番都合が良かった。
利害が一致し、秩序機構と皇国、そしてその同盟国は硬く結びついていた。
ヴェンタドール王国は皇国と同じ民族に属する国だったが、皇国ほど亜人種排斥の気運は強くない。ショウは排斥派だったが、自国の温い亜人種感情に苛立つことが少なくなかった。
ヤルマドゥとは政治的には近いのだが、ショウは個人的感情からヤルマドゥを好いていない。
「ショウ様が私を好いておられないのは分かります。私は卑しい平民上がりの身ですからな」
「分かっているなら何故俺を頼る」
「ショウ様にとっても悪くない話を私が持っているからです。それにどのみちアリオーシュ召喚には私の力が欠かせますまい」ヤルマドゥは唇を歪めて笑った。
ヤルマドゥは護衛に着けている二人のエルフ女性——それぞれ剣舞士と魔術師に顎をしゃくった。背後に控えていた外套を纏った二人の人影が進み出る。
一人は背が高く、もう一人は子供並みの背丈しかなかった。
「何だ、これは?」
「エルフとドワーフの性奴隷です。エルフはともかく、ドワーフ女は珍しかろうと思いまして」
「ドワーフ女には髭が生えているともっぱらの噂だが」
「それは見てからのお楽しみです——女ども、姿を現せ」
外套がはらりと落ちる。布の少ない煽情的な下着を纏ったエルフ女性とドワーフ女性は一礼する。
エルフはほっそりとした身体に薄い胸、彫刻のように整った目鼻立ちのストロベリーブロンドの長い髪が印象的な女だった。深い青の瞳がショウを射貫く様に光る。隣に立つドワーフは豊満な体つきの、一際巨大な胸が目を引く少女だった。男性ドワーフとそう身長は変わらない。顔立ちは幼く美しい。
ショウは欲望が身をもたげてくるのを感じた。体の内側から熱が上がってくる。
「隷属の首輪を嵌めてあります。ショウ様に手を出すことはおろか、逆らう事も出来ませぬ」
ショウは無言だった。
「これはあくまで私からショウ様への贈り物。エレオナアル陛下に口添えいただければその礼は別に用意いたします」
「奴隷共」ヤルマドゥの声に二人は身を震わせる。
性奴隷の二人はショウに近づくと身体をすりつけた。ショウは思わず喉を鳴らす。
「これからもショウ様とは良い関係を築いていきたいもの。私は義理堅い男です」
「そうか――いや、エルには俺からも良く言っておく。お互いに持ちつ持たれつといきたいものだ」
ヤルマドゥはほくそ笑む。勇者の末裔などと気取っていても所詮は人の子、肉欲にあっさりと飲まれおった——。
「私めはこれで、お前たちはこれからショウ様に良くしてもらえ」
——ヤルマドゥは肥えた身体を揺すると部屋から退出する。軽蔑の笑みを隠して——護衛の奴隷女エルフ二人が後に続いた——




