第37話:微笑みに乾杯
「一人で戦ったの? アトゥーム君。凍星の七英雄は何を?」不老不死エルフの女忍者ホークウィンドは死神の騎士アトゥームに優しく尋ねた。
始原の赤龍グラドノルグの洞窟だった。傍らにはもう一人、青い法衣に身を包んだアトゥームの義弟、軍師ラウルが居る。ラウルの祖国ガルム帝国の審問官も居た。
「義兄さん。グラドノルグの結界が消えたのは僕も確認してる——凍星の七英雄が死んでいて、兄さんは無事、グラドノルグも死んでいる——凍星の七英雄は名高い冒険者たちだけど後ろ暗い噂も多い。義兄さんが手を結んだとは思いにくいよ」ラウルは七英雄の死体が集められた一角に行く。義兄アトゥームの様子は落ち着いていて、病気——統合失調症が良くなっている事をラウルは感じ取った。
「彼女に聞くのが手っ取り早いかな。起きるんだ、凍星の七英雄神官巫女ジア」ラウルが解呪の魔法を唱えた。
神官巫女ジアは目を覚ます——身体がぶるっと震え、瞼が重たげに開いた。
「遺体の腐敗が日にちの割に進んでいないのがおかしいと思ったんだ。仮死の呪文。後から義兄さんたちを不意打ちでもする腹積もりだったのかい?」
「——最初はそのつもりだったわ。でも、気が変わった。グラドノルグは邪龍だったかもしれないけど死神の騎士には偽りない愛情を持っていた。少なくともそれは事実よ。愛と美の女神に仕えるものとして彼の寝首を掻く真似はできない——」ところどころもつれそうになりながらもジアははっきりと喋った。
「一応嘘はついておらぬようです、ラウル殿」審問官が嘘発見の魔法品物で確認した。
「お疲れ様。じゃあ、グラドノルグと義兄さんが共闘して君たち凍星の七英雄と戦ったって事だね?」ラウルは落ち着いた声でジアに語り掛けた。
「そうなるわ。邪龍を討った事は後悔しない。負けた以上貴方たちには従うけれど」
「キミの仲間に蘇生魔法をかけないという沙汰になってもかい? ラウル君も使えるけど、覚えたてで復活は確実とは言えない。失敗する可能性も十分にあるけど、かけなければ絶対死だよ」ホークウィンドが尋ねる。
「なら、グラドノルグに——」アトゥームが必死の思いで懇願した。
「駄目だよ。義兄さん——グラドノルグを斃すのが帝国に課せられた使命だよ。復活させたらそれこそ反対派は義兄さんを喜んで処刑台に送る。それに古龍を超える龍の生命を蘇らせるには僕では力不足だよ――成功する確率も低い。審問官もついてきているし危ない真似は出来ない」
「その通りです」審問官は重々しく頷いた。
「アトゥーム殿。貴方は始原の赤龍グラドノルグ討伐に成功しない限り帝国女帝クリスティーナ弑逆未遂の罪人だという事をお忘れにならぬよう。グラドノルグに止めを刺した事実が無ければ未だに死刑宣告された罪人なのですよ——貴方は帝国に必要な方。何卒自重してください」
アトゥームは沈黙した。今までのアトゥームであれば必死に反論していたかも知れなかった——グラドノルグの血を飲んで、統合失調症が寛解していなければ。
「私の仲間に蘇生魔法をかけて欲しい——お金なら払うわ。敵にかける情けが無いというなら故国に帰ったらそれは喧伝させてもらう」ジアは半ば脅しをかけてきた。
「敵を蘇らせる間抜けはいないよ——残念だけど、凍星の七英雄は終わり。生き残っただけキミは幸運だった」ホークウィンドがラウルの言いたい事を先取りした。
「理解はした——納得はいかないけど」ジアは溜め息をついた。「やっぱりうまくはいかないものね」
「君の財産まで奪うつもりはない——仲間のそれは没収させてもらうけど」
「ラウル殿。グラドノルグの財宝は——」
「調べて見たけど、グラドノルグはいまわの際に財宝を義兄さんに託す事に決めたみたいだ」ラウルは床に転がる杯を手に持って眺めて言った。
「義兄さんの許可なく財宝は持ち出せない呪いがかかってる。手抜かりが無いね、始原の赤龍は」
「反対派は黙ると思う?」ホークウィンドが疑問を口にする。
「グラドノルグを討伐せよと命を下したんだ。グラドノルグに敵対せよと言われた訳じゃない。悪徳弁護士みたいな言い様だけど通ると思う」
「上帝マルグレートの一派は反発するだろう。抑えられるのか? ラウル」アトゥームが疑問を口にした。
「恐らく大丈夫だよ。上帝派のグランサール皇国との繋がりも掴めてる。ブラフをかければ表立って義兄さんを非難する勢力は声を下げざるを得ないよ」
「なら、グラドノルグと凍星の七英雄の遺体を葬ったらガルム帝国に帰れるって事だね。神官巫女ジアはどうするの?」
「捕虜として付いてきてもらう。命は保障する。帝国の所属傭兵である義兄さんに倒された訳だからね」ラウルとホークウィンドが今後の事について相談した。
「行こう。まず遺体を処分しようか」ラウルは大地の精霊を呼び出す。岩が動きグラドノルグの死体が沈みだした。財宝だけ器用により分けられ、龍の巨体は穴の底に横たわった形になる。岩は龍を覆うと平らにならされた。アトゥームはさよならを呟く。ホークウィンドとラウルもそれに倣った
「敵の遺体は洞窟の外に葬ってくれ。グラドノルグと一緒にしたくない」
「私たちだって一緒にされたくはないわ——山の途中に開けた場所があった。そこに埋葬して」
「捕虜の割に随分ずけずけとものを言うね。どうするの? ラウル君。アトゥーム君」
「僕は構わない。費用は七英雄の財宝からもらう。遺品として思い出の品くらいは持っていっていい」
「でも外はそろそろ暗くなってるよ。七英雄は明日に回した方が」ホークウィンドが入口の方を見て言った。
「そうだね」ラウルは頷いて一行を見た。
「今日はここで夜を明かそう。皆それでいいね?」全員が頷いた。簡素だが暖かい食事を取ると寝袋を出して就寝する。五人は程なく眠りに落ちた。
* * *
アトゥームたちは翌朝夜明けと共に目覚めた。食事の前にラウルは大地の精霊を呼び出し、七英雄の死体を運ばせた。更に精霊に大石を運ばせ、墓標にした。アトゥームとホークウィンドは葬式に参列しなかった。アトゥームにとって七英雄は大切な仲間を私欲のために攻撃した敵だった。
「アトゥーム君、キミ、グラドノルグと恋仲になったでしょ?」グラドノルグの墓標の前に並んだホークウィンドは聞いた。
「すまない。その通りだ――責められても仕方がない。怒っているのか?」
「怒ってるわけじゃないよ。大事な時にアトゥーム君の側に居れなかったボクのせいでもあるし」ホークウィンドは普段と変わらない口調だった。
「嫉妬する気持ちが全く無いのかと言われればそうじゃない——けど、ボクも一度に複数の人を愛する事ができるからね。アトゥーム君が嫌ならそうはしないけど」
「俺だけ君以外を愛していいのに、君が俺以外を愛してはいけないなんて言いたいとは思わない」
「アトゥーム君、すっかり落ち着いてるね。龍の血は万病に効く薬だって言うけど本当だったんだ」
「寛解であって完治じゃない。釘を刺されたよ」寂しげに言うアトゥームにホークウィンドは口づけした。
「それでもいいじゃない。グラドノルグの死は無駄にはならなかったんだから」
「そうかな」
「そうだよ。グランサール皇国を倒して、戦争を終わらせるにはキミが必要だよ。ボクを救うためにも」ホークウィンドは少し間をおいて続ける。
「外に出てみない? ずっと洞窟の中なんて不健康」ホークウィンドはアトゥームの手を引っ張ると入口に向かう。
洞窟の外は快晴だった。もうじき春が来る。山の上では季節の進みは遅いが、空は冬がじきに終わる事を告げていた。
ホークウィンドの後に続いたアトゥームは高い空を見た。そしてグラドノルグの魂がどこに還ったのか、それを知った——。
アトゥームの頬に涙が流れた。ホークウィンドはそれを見て口を開きかけたが、何も言わなかった。代わりに恋人を握る手に力を込める。
「見て、ラウル君たちだ——スノウウィンドを連れてる」ホークウィンドが手を振った。もう一方の手でアトゥームを握りしめる。
アトゥームの愛馬スノウウィンドはグラドノルグの元に来る前に行方不明になっていた。愛馬は自分を見捨てた訳では無かった。それを知ってさらにアトゥームは嗚咽した。
「俺は——泣いてばかりだ。男らしくない」
「男らしさなんて無駄の極み。泣きたい時は泣かせてあげる——それがボクのキミに対する愛だよ」
〝さよなら。われの愛した人——〟二人の脳内に声が響いた。
「グラドノルグ」アトゥームとホークウィンドは顔を見合わせた。声は次第に小さくなっていく。
「さようなら」アトゥームが呟いた。
「始原の赤龍は幸せに死んでいったんだね。ボクも死ぬ時はそうでありたい」
死神の騎士アトゥームは、不老不死エルフの女忍者ホークウィンドの言葉を素直に聞いた。
——そして、愛する人との別れを受け入れたのだった。




