↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神の騎士と呼ばれた傭兵の物語――アトゥーム・サーガ――  作者: ダイ大佐
第二部 始原の赤龍グラドノルグ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
36/46

第36話:死別

「この、人類の裏切り者!」〝凍星の七英雄〟で唯一生き残った神官巫女はアトゥームに叫んだ。

 彼女の想い人の戦士は顔を焼かれ、死んでいた。相手が邪龍グラドノルグだけなら私たちは負けなかった——その思いが、彼女に信じられないほどの怒りを呼び起こしていた。


 人間でありながら邪龍に味方した――。殺しても飽き足りない。


「大人しく帰れ。命だけは――」死神の騎士、アトゥームは冷徹に言った。


「わたしを汚して、恥をかかせるつもり? そうよね。そうでしょう。いかにも邪龍の配下らしい下衆な輩よね」


「アトゥーム。この女を生かしておいても何の得も無い。そなたが殺せないならわれが殺す」グラドノルグは神官巫女をねめつけた。


 神官巫女はグラドノルグを睨み返す。命乞いでも何でもしてこの場を逃げ帰れば、後で討伐隊を組織できるかもしれない――その考えは想い人を殺された事で岩盤の底のように意識の奥に封じられた。燃え立つような怒りが彼女の理性を麻痺させていた。死への恐怖も同じだった。


 アトゥームが両手剣デスブリンガーを抜いた。神官巫女は首を差し出す。


「仕損じないで。わたしの首は細いのよ。裏切り者」巫女は傲岸に言った。


 両手剣が振り上げられる。


 しかし、一向に剣が振り下ろされる気配は無かった。


「何をためらう——この女はわれもそなたも殺して財宝を奪おうとしたのだぞ」


「——この女はもう無力だ——殺しても留飲は下がらない。そうだろう、グラドノルグ」


「だが生かして返せばそなたの命を狙うぞ。そなたは仲間の為にも死ぬ訳にはいかないはずだ」


「それはそうだが——」


「女、そなたの記憶を消す。それで赦してやろう。これは最大限の譲歩で慈悲だ」アトゥームが折れないとみてグラドノルグは巫女を懐柔する方に向かった。


 だが、その提案は巫女の神経を逆撫でするものだった。


「ふざけるな! わたしは邪悪なる者どもに情けをかけられる程落ちぶれてはいない——殺しなさいよ! 臆病者!!」洞窟に甲高い声が響く。


「犯されて身体を汚されても生き残れればいいとは考えないのだな。生きていればこそ復讐も叶うだろうに、狂っている——ある意味で、だが」グラドノルグは冷たく突き放した。


「狂っているのは俺も同じだ。それにこの女は今の状況を分かってない。俺だって分かっているとは言えないが」アトゥームが息をついた。


「死にたければ自殺するのだな。蘇生魔法も効かなくなるが」


 自殺——巫女はその言葉に天啓が閃くのを感じた。この方法なら復讐できる——


「——自分の事は自分でケリをつける。私は臆病者じゃない——」一人と一頭を睨む。その右手に黒い光が宿った——そのまま一気に手を心臓に押し当てる。黒光が身体に吸い込まれた。巫女の顔から血の気が一気に引いた。そのまま倒れ込む。即死だった。


 一瞬の事でアトゥームにもグラドノルグにも止める事が出来なかった。


「何も死ぬ事は——」


「仕方ない事だ。この女には情けをかけられる事が死ぬより耐え難い事だったのだろう——」


「死体は後で片付けよう」アトゥームはやれやれと首を振ると、両手剣を背に収めた。グラドノルグは敵女戦士が振るっていた龍殺しの両手剣を拾うと自分のねぐらに帰ろうとした。


「早めに傷を癒やそう。翼の傷は放っておくわけにはいかないだろう。どうした? 何か——」


「いや、何でもない」


 だが、アトゥームはグラドノルグの表情が曇ったのを見逃さなかった。


 この時、声をかけなかった事をアトゥームは生涯後悔する事になったのだった。


 *   *   *


〝お前が憎い。憎い憎い。憎い憎い憎い——〟グラドノルグは女戦士の持っていた龍殺しの両手剣を手にした時、この剣を造った刀鍛冶とその家族の事を知った。剣に宿された恨みと憎しみと殺意の記憶、それはグラドノルグ自身に向けられたものだった。


 この剣は――龍殺しではなく、われ一人を狙ったグラドノルグ殺しの剣だ。憎悪と悲しみに貫かれたグラドノルグは圧倒された。


 ——この剣を鍛えたのはかつてグラドノルグに襲われて家族を亡くした刀匠だった。自らも脚を喰われた刀匠は恨み骨髄の思いで、自らの命を捧げてこの剣を鍛え上げた。


〝お前だけは――生かしてはおかない——我らの苦しみの一片でもお前に——〟


 グラドノルグは剣を放り捨てたが、声も映像も止まなかった。剣に呪われたのだ。同時に翼の傷が激しく痛み出した。他に受けた傷も痛みが出始める。


 ねぐらに落ち着いたグラドノルグは治癒魔法を唱えようとする。


 呪文を紡(つむ)ぎ今まさに魔法がかかろうしたその時、事は起こった。


〝死ね〟


 脳内に響いた声とグラドノルグが刀鍛冶の家族を喰った時の映像がグラドノルグの集中を乱した。呪いの声だった。以前のグラドノルグであれば気にしなかったかもしれない。が、アトゥームとの触れ合いで人間味を持ち始めていたグラドノルグにそれは致命的だった。


 魔力が逆流し、グラドノルグの右翼に集中した。光が炸裂(さくれつ)し赤龍は激痛に吠えた。翼が崩れ、洞窟の地面に落ちた。


「グラドノルグ!!」呪文が失敗した——アトゥームはよもやの事態に一瞬混乱した。今までグラドノルグが呪文を失敗するところなど見た事が無かった。


「落ち着け。魔法をかけ直せ」激痛に呻く赤龍を見てそんな言葉しかかけられない自分を恥じた。


「そなたも知っているはずだ――一度失敗した治癒魔法は二度かけ直す事は出来ない——」


 グラドノルグの言葉にアトゥームは絶句する。確かに治癒魔法は失敗したら終わりだった。龍族の魔法でも同じだとは思っていなかった。


「どうすれば――何か俺にできる事は無いのか? グラドノルグ」


「無理だ――そなたには。心遣いは嬉しいが、われは終わりだ」


 沈黙が落ちた——それを破ったのはグラドノルグの言葉——遺言だった。


「われを殺してくれ。恋人よ」グラドノルグが喉を晒(さら)して言った。龍族の弱点の逆鱗がアトゥームの目の前にくる。


「殺して我が血を飲め。統合失調症はそれで寛解する」その血を飲む事は咎(とが)を負う事でもあったのだが、グラドノルグはそれを黙っていた——咎とも言えるが、グラドノルグはアトゥームにそれを受け入れて欲しかった。


 アトゥームはためらった。余りにその選択は重かった。


「頼む――この苦痛からわれを解放してくれ。痛みが耐え難い——確かにわれの招いた事ではあるが、こんな苦しみに耐える必要は無いはずだ。それにもう空を飛べない――死んだ方がましだ」


 アトゥームは下を向いてグラドノルグの視線から目を背けた。空気が重く、息苦しさを感じた。グラドノルグが激痛を感じているのは分かっていた。だが――。


「分かった」しばらく沈黙していたアトゥームがグラドノルグの目を真正面から見据えた。しっかりとした声だった。


「そなたの罪ではない」グラドノルグはアトゥームを慰めた。


 アトゥームは両手剣(ツヴァイハンダー)デスブリンガーを抜く。


「一思いにやって」グラドノルグの全身が震えるのを見た――始原の赤龍と言えど、死は恐ろしいものだという事が分かった。苦しませる時間は短い方がいい。


 アトゥームは静かに、しかし確かに、逆鱗に両手剣を突き刺した。


 グラドノルグの喉から喘ぐような、溜め息のような呻きが漏れた。


 両手剣が引き抜かれた。一拍の間をおいて、赤い血が滝のように噴き出した。


〝飲んでくれ、われの命を――〟喋れなくなった始原の赤龍は念話で死神の騎士に呼び掛けた。死神の騎士は全身に降り注ぐ龍の血を舐めた。それから口を開けて滝のような血流を体内に流し込む。


 全身が灼(や)けるようだった。アトゥームは我知らず涙を溢れさせていた。俺は愛した人ひとり守ることができない――何がいけない? 何が足りない? これは運命なのか?


 龍の巨体が地面に落ちてきた。グラドノルグは最期に力を振り絞ってアトゥームを押し潰さないように斃れたのだ。衝撃に財宝が宙に舞い、落ちた。


 死神の騎士、アトゥーム=オレステスは始原の赤龍グラドノルグの遺骸に縋(すが)りついた。縋りついて、泣いた。涙が枯れ果てるまで。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。