第35話:壊滅
「この……裏切り者ッ……!!」「凍星の七英雄」神官巫女は黒い鎧の男を罵った。最強の冒険者が壊滅した——邪龍グラドノルグとこの裏切り者のせいで。
戦士の遺骸に縋りついた彼女は必死に男——死神の騎士アトゥームを睨む。死神の騎士は憐れむような冷たい目で巫女を見ていた。
始原の赤龍グラドノルグは右の翼がへし折れ、更に身体のあちこちに傷を負っていたが、致命傷ではなかった。
何が悪かった——何を間違えた? 神官巫女は戦いを思い出す——。
* * *
人質に取るつもりは無かった——凍星の七英雄も念話でグラドノルグに漏れないように意思疎通していた。邪龍が配下の命を考慮するとは考え難い。人質にはならない――そういう共通の認識が有った。だから――。
「死ねや」盗賊はグラドノルグの姿を見た瞬間に黒い鎧の男に斬りかかった——頸動脈を狙って。同時に胴体目掛けて戦士が大剣を叩きつける。しかし、大剣は鎧に止められた——信じられない事だった。大剣は最高級の魔法剣で板金鎧さえ真っ二つにできる切れ味を誇っていた。なのに――。
盗賊は勝ちを確信していた。しかし短剣はかいくぐられ、逆に胴に両手剣の一撃を受けた。
後衛中央にいた魔術師は雷魔法で邪龍の翼を攻撃した——屋外に転移されて空を飛び回られたら勝ち目はないからだ。最初の打ち合わせで空を飛べなくする事は決まっていた。
神官戦士と魔法戦士、それに女戦士は龍に向かって一気に間を詰めた。神官巫女は攻めを二手に分ける戦力分散になってしまった事を呪いながら敵の人間、死神の騎士、アトゥームに能力低下の魔法を掛けた。
戦士は一気にケリをつけるべく大剣でアトゥームに乱打を浴びせる。しかしアトゥームの両手剣に大半を反らされ、剣を潜り抜けた攻撃も全て鎧に防がれた。
「チッ――」戦士は予想以上に敵が粘るのを見て舌打ちした。神官巫女は援護すべく麻痺の魔法をアトゥームに掛けた——しかし魔法は効果を発揮しなかった。
〝危ない——!!〟脳内に声が響いた。同時に敵――アトゥームが斜め前に跳んだ。本能的に巫女は防御の魔法を唱えた。焔息——龍族最大の武器、炎吐きが盗賊、戦士、巫女、魔術師を包んだ——戦士と倒れていた盗賊はもろに炎を喰らった。戦士の剝き出しの顔が見る間に火ぶくれに包まれ、崩れていった。人間のそれとは思えない恐怖と憤怒の声が上がった。
接近してきた敵と自分たちが重なった所を見計らってグラドノルグが炎を吐いたのだ。前衛は警告したわけではない。念話の場で咄嗟に叫んだ一言が共有されるのが精一杯だった。
巫女はアトゥームが飛んだ方向に魔術師がいた事に気付いていたが、何の手も打てなかった。魔術師、女性だった——が悲鳴を上げる。炎が搔き消えた先にはギリギリの位置から魔術師を刺し貫いた両手剣が見えた。必死に刃を掴むと剣を引き抜こうとする。刃に触れた両手の指が切断されて落ちた。狼狽した魔術師は金切り声を上げて身を振りほどこうとした。
巫女はどれから手を付けて良いか判断に迷った——治癒魔法を掛けるべきは魔術師か、戦士か、盗賊か。敵が両手剣に力を込めると魔術師の胴が両断された。十秒も経たずに二人が絶命した。戦士は顔を押さえて女の様な悲鳴を上げている。突進してくる黒い影――敵が剣を振り下ろしてくる——狭い場所で最大限の打力を出す——巻き打ちだ。巫女はその勢いに押されて倒れ込んだ。身体全体が竜巻に巻き込まれた様だった。巫女は気を失った——。その場で死んでいた方が幸せだったと後で巫女は後悔した。
* * *
「何て事――」女戦士は後ろで起こったことが信じられなかった。女戦士――龍殺しの魔剣を持った彼女が、グラドノルグを追い詰めていた先に悲劇は起こった。龍は魔剣によってかなりの傷を負わされていた。苦し紛れに炎を吐いた――そう見えた。しかしそれは計算されたものだった。自分たちが炎を躱しても後衛に攻撃が届く様計算していたのだ。
小癪な——しかしその思いはグラドノルグの攻撃の前に霧散した。巨大な左腕が襲ってきた。龍殺しで受け止めようとしたが、赤龍はもう一段の仕掛けを作っていた。左の爪を魔剣が止めた。だが女戦士は同時にきた右手の攻撃に気が付かなかった——認識阻害の魔法を掛けられていたのだ。
女戦士はゴム毬のように弾き飛ばされた。龍殺しが弾かれて遠くに落ちた。
神官戦士と魔法戦士は背後から龍に襲い掛かっていたが硬いウロコを貫く事が出来なかった。後方にいた敵の黒い鎧の戦士が一気に間を詰めてくる。まずい——朦朧とする意識の中、女戦士は必死に身体に喝を入れる。もう勝ち目はない。一刻も早く退却しなければ——。
〝逃げるぞ——〟女戦士は一心に念話で呼びかけた——。
* * *
〝了解〟神官戦士は脳内に響いた女戦士の声に従うことにした。こちらの後衛は潰れ、龍には翼に大きなダメージを与えたとはいえ、致命傷ではない。
〝やられる〟魔法戦士が悲鳴を上げた。敵の戦士と斬り合いに持ち込まれたのだ。神官戦士は緊急避難用の転移魔法を唱え始めた。結界は破れている。怪我を負った仲間もまとめて跳べるはずだ——。
呪文が完成した——しかし、宙に浮きあがるような感覚は途中で途切れた。
「何故——」神官戦士はもう一度呪文を唱えだす。しかし、魔力が体内に逆流する感覚に神官戦士は詠唱を中断せざるを得なかった。
敵の戦士が魔法戦士を打ち倒すのが見えた。龍が女戦士に襲い掛かるのを見て、神官戦士は二人を諦める——いや、全員を見捨てるしかない。脱出して、応援を呼んでから再度出直すしかない。
透明化の魔法を自分にかけた。急ぎ足で入ってきた方へと向かおうとした。仲間は全員打ち倒されていた。
黒い鎧の敵戦士を躱して奥へと向かった。冷や汗が流れた。何とか裏口の狭い通路に潜り込む。貯めていた息を吐くと、出口目指して早足で歩く。出口に辿り着いた神官戦士は安堵の息を漏らした。空が美しかった。陽は傾き始めていた。
魔法のペンダント——ティール公爵に渡されたそれで、連絡を取る。
〝公爵閣下——〟しかし、向こうから帰ってきた返事は冷酷なものだった。
〝お前たちでは力不足だったな。グラドノルグに大した傷も与えられないとは。失望したぞ〟
〝閣下、今回は予想外の要素が、黒い鎧の騎士が邪魔建てしたのです。お助け下さい、此度は失敗でも——〟
〝グラドノルグはワシがケリをつける。お前たちの出番は終わりだ〟
〝では――〟神官戦士は自分たちが救われると勘違いした。言葉を継ごうとした神官戦士は突然胸に痛みを覚えた。胸を蹴られるような痛みが断続的に襲ってくる——痛みはあっという間に信じられない激痛へと変わった。
昏倒の魔法だ。ペンダントを介してかけられた――神官戦士は裏切られた事を悟った。
「貴様――最初から」それが最後の言葉だった。心臓が破裂した神官戦士の顔も全身もどす黒くなる。力を失った身体は倒れ伏した。
——凍星の七英雄は全滅した——。
東部十三諸国最強の冒険者たちは始原の赤龍グラドノルグと死神の騎士によって壊滅したのだった。




