第34話:凍星の七英雄
「お力添え感謝します。ディスティ=ティール公爵閣下」巨躯の男――見ただけで戦士と分かる男だ。彼をリーダーとする冒険者パーティ「凍星の七英雄」は魔都マギスパイトにある塔の一角で、魔術師と対面していた。ディスティ=ティール公爵、魔都の救世主と呼ぶ者も少なくない力ある魔術師だった。
「始原の赤龍グラドノルグを斃して財宝を奪う——一財産なんて言葉じゃ足りない位金が手に入るぜ」皮鎧に身を包んだ背の高い男が相槌を打つ。盗賊だとティールは聞いていた。
七英雄は戦士、女戦士、神官戦士、魔法戦士、盗賊、神官巫女、魔術師の七人、いずれも最高ランクの冒険者だった。東部十三諸国の出身だが、西方世界に知らない者は無いとまで言われる高名なパーティだ。
彼らを焚きつけてグラドノルグと相争わせ弱った所で両方を討つ——それがティールの考えだった。再建した秘密結社、秩序機構の活動資金としてグラドノルグの財宝は喉から手が出るほど欲しいものだった。
機構復活の為、混沌界最強の女神アリオーシュと交信し、グランサール皇国戦皇エレオナアルと勇者ショウ=セトル=ライアンを手駒として差し出した。女神は戦皇配下の近衛騎士ジュラール卿にも興味を示し、彼の情報も女神に送った。女神の助力が無ければ機構の復活は有り得なかった。
グラドノルグももう少しこちらへの配慮ある物言いであれば情けを掛けない事も無かったのだが——ティールは内心苦虫を嚙み潰したような感情が広がるのを禁じ得ない。
グラドノルグは秩序機構への協力を拒んだばかりではなく、その崇高な理念を馬鹿にした——自分のみならず恩師ゲルグまでも鼻先で笑ったのだ。赦し難かった。ティールが思いついたのが、冒険者をけしかける事だった。
七英雄はこれまでの名声に飽き足らず、龍を――それも古龍と呼ばれる世界最強の魔物を打ち倒すという名誉を求めていたのだ。
「本当にクラウン金貨200枚で良いのですか? もっとお支払いしても——」魔術師——女性だった——が心配そうに聞く。
「心配いらぬ、魔法品物で欲しい物が有ればそれも頂くと言っただろう」ティールは鷹揚に答えた。
「おいおい、余計な事を聞いて俺たちのお宝を減らすなよ」盗賊が大袈裟に肩をすくめた、一同が笑う。ティールは表面上は笑っていた——内心で冒険者たちを嗤いながら——。
「グラドノルグを斃してもマギスパイトは我らを訴追しない。それを保証していただけるのですね」魔術師が念を押す。
「ワシが嘘をついているか、そちには分かるのだろう」
「失礼しました」魔術師が居住まいを正した。彼女はティールの思考を読む事はしていない、それは露見すれば殺されても文句の言えない無作法だ。掛けていたのは嘘を見破る魔法だ。それでも激しく礼を失する事ではあった。
「注意を怠らないのは良い事だ――今夜は我が塔に泊まっていくがよい。月が満ちたら転移魔法で邪龍グラドノルグの洞窟近くまで送ってやろう。かの龍の結界は流石のワシにも破れぬ故にな」
「何から何まで——痛み入ります、閣下」七英雄はティール公爵の事を信頼するとまでは言わないが、信用するようにはなっていた——致命的な間違いだった。
* * *
「龍族には弱点がある——飛竜から古龍に至るまで、共通の弱点が」始原の赤龍グラドノルグは鎧を着けた死神の騎士、アトゥームとの戦闘訓練でそう言った。
「ここだ、東方では逆鱗と呼ばれる部位だ」自らの喉の下に有る若干色の違うウロコを器用に指で指す。小さな――言われなければ見落としてしまう様な小さなウロコだった。
「ここを突けば大抵の龍は無力化できる」この二カ月、アトゥームとグラドノルグは戦闘訓練に明け暮れていた。訓練と言っても、一つ間違えば死ぬ可能性の極めて高い、実戦そのもののそれだった。
「あと一週間も鍛えれば、そなたもわれと互角の戦いができるようになる。そして決着をつける――その時は文字通り命を懸けてもらうぞ」
「分かった」アトゥームはそれを聞いて薄く笑みを浮かべた。
「それと土産がある——死神の騎士の鎧、上腕部と大腿部が手に入った——戦う際には着けてもらう。兜だけはわれにも見つけられなかった」
「何から何まですまない」
「気にするな。われは番には尽くす主義だ」それを聞いてアトゥームの頬に赤みが差した。
「照れるな」少しの沈黙の後、アトゥームは本音を漏らした。
「今更だろう。人間の感覚はよく分からぬな」グラドノルグも貪欲な笑みを浮かべる。龍の姿が光り、人の形をとった。赤毛の髪の間から角が覗く。尻尾と小さな翼を畳むとそのままアトゥームにしなだれかかった。
「いいだろう……」唇を奪うとアトゥームを押し倒す。グラドノルグの瞳には捕食者の色が光っていた。
* * *
アトゥームがグラドノルグと戦う日が来た。
早めに腹ごしらえをして正午に洞窟内で一人と一頭は向かい合う。グラドノルグは万全の力を発揮できる龍の姿になった。アトゥームも死神の騎士の鎧を着こんでいる。
午前中に二度、模擬戦を行っていた——結果は一勝一敗。本番に備えて、戦い方を検証する為の演武に近いものだった。
万全の調子を整え、二人は視線を交わす。アトゥームは両手剣、デスブリンガーを抜くと正眼に構える。グラドノルグは首を持ち上げ、戦闘態勢を取った。
グラドノルグの喉が膨らむ——焔息——炎を敵に吹き付ける攻撃だ。アトゥームは一気に間を詰めて攻撃しようとした。
二人が今まさに交錯しようとしたその時、洞窟の裏手の方から爆発音が響いた。洞窟全体が揺れ、上からパラパラと小石が落ちてくる。
「何だ?」アトゥームは攻撃の手を止めて入口を見る。
「洞窟のもう一方の入り口の方だ。封じていたはずだが」
「俺が見てくる。念話を掛けてくれ」
「われも——」
「そろって何かあったらそれこそ一巻の終わりだ。ここから俺を援護してくれ」
「分かった——」グラドノルグは理解はしたが納得はしていないという様子だった。
アトゥームは財宝の脇を通り、裏口へと向かう——長く曲がりくねったその先に少人数の人影を見つけた。ランタンの光が顔に当たる。眩しさにアトゥームは顔をしかめた。
人影は聞きなれない訛りの言葉を交わしている。
〝西方東部の言葉だ〟グラドノルグからの念話が教えてくれた。同時に人影が呼び掛けてきた。
「誰だ? 貴様。ここで何をしている?」共通語が先頭の男から発せられた。どこか人間味の無い声で、意思疎通の魔法品物で翻訳されたものだと分かった。最高級の品物ではない。
「人間? 邪龍の洞窟に?」
「グラドノルグが化けているんじゃないか? おい、何か言えよ、お前。口がきけないのか?」皮鎧の男が傲岸に言う。
「彼は人間よ。神に聞いたら、だけど」
「人間なら俺たちの味方だ。なあ、まさか邪龍グラドノルグを討伐に来た俺たちの邪魔をするなんて言わないよなあ」脅迫するかのような口調だった。
「俺はお前たちに味方するとは——」アトゥームの言葉を別の冒険者が遮った。
「俺たちは『凍星の七英雄』——お前も聞いたことがあるだろう。人間なら邪龍ではなく俺たちに従え。グラドノルグのいる所まで案内しろ。そうすれば命だけは助けてやる。財宝はお前のものも含めて全て俺たちに渡せ。裏切りはそれで赦してやる」
「はいそうですかと——」更に言いかけた時、グラドノルグの念話が聞こえた。
〝アトゥーム、言う事を聞け。奴らを連れてこい。お前一人で勝てる相手ではない〟
〝しかし——〟
〝合流してから奴らを叩く。バラバラにぶつかっては勝てるものも勝てない〟
アトゥームはその意見に納得した。
「案内するのか? しないのか?」戦士がアトゥームに剣を突きつける。
「分かった。案内する」言った先に、盗賊と魔法戦士とおぼしき女が前に出てアトゥームを挟んだ。
人質にしてグラドノルグに言う事を聞かせる気だろう。
「歩け。おかしな真似をしたらその場で斬る」その声にアトゥームは背に吊ったデスブリンガーを意識した——。




