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死神の騎士と呼ばれた傭兵の物語――アトゥーム・サーガ――  作者: ダイ大佐
第二部 始原の赤龍グラドノルグ

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33/46

33話:情事

 始原の赤龍グラドノルグが根城にしている洞窟は途轍もなく大きな――普通の城が余裕で入る程の大きさがあった。人間たちから奪った財宝が山のように積まれている。


「われの血を飲みたいなら、われの命令は絶対だ」アトゥームを降ろすとグラドノルグは翼を畳んだ。赤龍の目が妖しく光る。アトゥームは急に眠気を覚えた。グラドノルグが何かを唱えると、木でできた寝台が現れた。


「今は眠るがいい。そなたは疲れている」


「鎧のまま眠れと?」


「心配はいらぬ」


 アトゥームはふらふらと寝台に倒れ込んだ。疲れが一気に全身を巡る。そのまま幻聴さえも聞こえない眠りに落ちていった。


 *   *   *


「…アトゥーム…アトゥーム…」自分を呼ぶ声に、死神の騎士、アトゥームは薄目を開ける。夢の中のような、現実感の乏しい、夢うつつの中にアトゥームはいた。


 枕元に女が立っている。年の頃は30代後半から40代といった豊満な体つきの、燃えるような赤毛の美しい女だ。女は薄衣を足元に落とすと、アトゥームに口づけしてきた。口腔を犯される感覚にも、アトゥームは目覚めなかった。


 女は満足するまでアトゥームを蹂躙すると、下半身のアトゥーム自身を口に含む。屹立した男性から愛おしそうに口を離すと、秘所からでた液で男性を濡らす。アトゥームに跨(またが)り女の部分に男性を飲み込む。堪(こら)え切れない快楽の呻き声が女の口から洩れた。激しく男性を求めて身体が上下に跳ねる。


 昂(たか)まっていく声が一際大きく響いた。女は身体を痙攣(けいれん)させながらもう一度アトゥームに口付けすると、まだ熾火(おきび)のように燃える欲望にまかせ、更にその身体を貪(むさぼ)り始めた——。


 *   *   *


 目を覚ましたアトゥームはわが身に起きた事は夢だったのかと疑った。身には何もまとってない。かけられた布団から出ようとして、隣に眠っている女がいるのに気が付いた。燃えるような深紅の赤毛の中年女だ。夢ではなかった。


 女が呻く。アトゥームは布団から抜け出そうとしたが、腕を掴まれた。仕方なく脱力して、されるがままになる。俺はこの女を——。


 女がうっすらと目を開けた。腕を引っ張られ、アトゥームは女の胸元に飛び込む格好になった。強い力だった。豊満な胸の柔らかい感触に思わず欲望が疼く。


「昨日は良かったぞ」陶然とした声で女が呟く。まだ夢うつつの境にいる様な声だった。


「お前は——?」


「分かっておるだろう」アトゥームは認めたくない現実を認めざるを得なくなった。この女は。


「グラドノルグ……なのか?」


「そうだ」目を閉じ、アトゥームの腕に頬擦りしながらグラドノルグ——人型化した赤龍は愛おしそうに言った。アトゥームは天を仰ぐ。ホークウィンドを裏切ってしまった。


「女を裏切った? 不老不死(ハイ)エルフの事か? 気に病むな。われの魅力に惑わされるのは仕方のない事だ」


「読心まで使えるのか」増々敵わない——。


「そなたの肉体は魅力的だ——その魂はそれ以上に。龍族の情交は魂同士を癒合させるものだ。一度味わえば——」グラドノルグは唇を舐めた。そのままアトゥームの腕に舌ごと唇を這わす。アトゥームは脳髄を焼かれる様な欲望が首をもたげるのを感じた。


「してはいけない事もしなければならない事も無い。それが龍族の在り方だ。お前もその域に到達すれば良い。だから——」グラドノルグはアトゥームの唇を奪うと、舌をこじ入れた。


 アトゥームは抵抗しようとしたが、無駄だった。グラドノルグの手管に完全に搦(から)めとられていた。


 結局、アトゥームは昼夜ぶっ通しでグラドノルグの性欲に付き合わされた。快楽の果てで、自我が崩壊するかもと思った事も一度二度では無かった。グラドノルグが満足したのは一週後の事だった。


 *   *   *


「飛んでみたくはないか」朝食に出された干し肉とパンを食べ終わった後に唐突にグラドノルグは言った。連れ出したいなら命令すればいいのに、何故許可を取ろうとするのだろう。少し考えてアトゥームは答えた。


「構わない」その返事にグラドノルグは嬉しそうな顔になった。髪の間から覗く角や尻尾も見慣れれば違和感は無かった。アトゥームに服を着るよう促すと、グラドノルグは龍の形を取る。赤いウロコに包まれた巨体がしなる。首を伸ばしてアトゥームに乗るように促した。


「行こうか」グラドノルグは洞窟の端の岩を蹴って外に飛び出す。翼が羽ばたく度に高度が上がる。


 吹雪の合間の、陽が昇り始める時間だった。陽光に照らされた雪原は眩しく、美しかった。山々を飛び越え、空を舞う。吹き付ける風も、照りつける陽光も、全てが心地良かった。急降下して地面すれすれに樹々を躱(かわ)しながら飛んだかと思えば急上昇して遥か彼方の海を遠くに望んだりもした。


「素晴らしいだろう」グラドノルグが自慢気に語り掛けてくる。アトゥームは頷いた。それを知ったグラドノルグは満足気に息を漏らす。半刻ほど空を飛び回った一人と一頭は洞窟に戻る。食料として野生の鹿を捕まえて。


「どうだった——空は」褒められたりないのかグラドノルグは何度も感想を聞いてきた。アトゥームは感激した旨をその度に答えた。


 グラドノルグが亡くなる二カ月前の事だった。


 *   *   *


 グラドノルグは隣で眠る恋人に口付けすると一人寝台から抜け出した。積んである財宝の奥にある水晶に手をかざす。未来が視える、占い用の大きな水晶玉だった。過去に見た夢――予知夢だと思われるその夢が当たるかどうかを調べる為だ。


 龍語で呪文を呟くと水晶の内部で映像が浮かぶ。遥か東の中規模の城塞都市が像を結んだ。地元はおろか西方世界でも最上位級の冒険者パーティが映る。出征祝いだろう、花びらが城の天守閣から撒かれている。自分を討伐しに向かう者たちだ。こいつらに勝てば、自分はアトゥームと――。


 水晶に自分の姿が映る、人型になっても人間にはなれない、角と尻尾と翼のある姿。アトゥームはそんな自分でも愛してくれるが、どこまで行っても自分と彼は違う存在だ。過去には人間たちを襲って財宝を得た事もある。こんな自分が幸せになる資格は無い。


 水晶に光が映った——水晶に映る自分の目が光っている。頬が冷たい。手を当てたグラドノルグは指先が濡れるのを感じた。意識した瞬間、どっと涙が溢れる。自分がどんなに愛しても、愛しい人は——グラドノルグはくずおれた。かつての自分ならこんな感情に流される事は無かった。その事実がグラドノルグの心をえぐった。


 いつから自分はこんなに弱くなったのか? 人の形を長く取っていたせいか? 人間を恋人にしたせいか? あの人間を喰ってしまえばこんな感情には悩まされないのか? 死期を悟った人間みたいな弱さ——護るべき何かを背負ったような弱さだ。


 暗闇の中、グラドノルグは嗚咽する。


 あの人間も弱さを負っていた。——統合失調症を。殺した人間のみならず、過去に死んでいった全ての生き物の哀しみを背負ったあの男も。あの男の背負ったものを知りたいと思った事は後悔していない。だが——。


 ただ強く在る事ができない。神に匹敵すると謳(うた)われたこの自分が。余計な愛を知ったせいで。


 神はこれを知って、自分の為すことは虚しいと言ったのか。


 だがわれは——。


 人間の姿を取る事を止めなくては——そう決意したグラドノルグはしかしアトゥームを諦めきれない事実も無視できなかった。


 アトゥームに龍の姿を取らせる事もできなくはないが、数分も持たない。アトゥームに自分を殺させれば——その思いはアトゥームと戦えばいいという結論に達した。殺すにしても殺されるにしても、それしかない。全力を尽くした結果ならばそれを受け入れられる。アトゥームを殺しても——。


 今のままなら勝敗は見えている。だがすぐに戦わなくても、力が拮抗するまでアトゥームを鍛えてからならば——自分が鍛えればそう長くはかからない。


 グラドノルグは決意を固めると、愛しい男にそれを告げるべく立ち上がる——。

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