ドラゴンステーキ 再び
「うふふ、うふふふふふふ、ふふっ……」
あれから数日、私の表情は緩んだまま戻らなかった。アモールは空間収納にも仕舞わず、美麗さと手触りを楽しみ続けている。穂先に何度頬擦りしたかも分からない。時々振るとキラキラ光が舞って、また私を楽しませてくれる。
あんまりニマニマしているものだから、気持ち悪いです……とキャシーに呆れられたくらい。
そんな反応も、製作協力のお礼を言うだけでスルーしておいた。
キャシーの協力がなければ、巨樹製の紙を使った工夫も、魔力の流れを意識した装飾もあり得なかった。国王陛下に献上した聖剣と並んでたった二つしか存在しないオリハルコン製武器を、私専用に変えてくれたのは間違いなく彼女の成果と言える。
どんなに感謝しても足りない。
勿論、私の手に馴染むよう柄の形状を精緻に調整してくれたオーレリアにも、魔力の流れを阻害しない前提で意匠を美しく整えてくれたマーシャにも、穂の手触りがいいよう含有魔力を細かく計算してくれたノーラにも深く感謝している。
そして、当然ウォズにも。
彼はオリハルコン製箒の作成を企画してくれたってだけじゃない。単なる鋳造にならないよう凝らした工夫の加工費や試作費、領地のあちこちや戦争に使われる予定だったオリハルコンを私的に流用する事の補填、そしてオリハルコン自体の費用一切を負担した。
しかも、オリハルコンを量産できる事は世間に公表してないから限定品価格で。
それがどれだけとんでもないかと言うと、余裕で城が建つほど。
建立以来随分と発達した今の最新技術を用いればって前提こそあるものの、王城を再建できるだけの出費だった。それだけの資産を稼いだストラタス商会も、私的にそれだけ動かせるウォズも恐ろしい。
ちなみに、私には無理。
身内扱いだから実費のみとは言え、量産前提で価格の見直しを求めなかったり、私に贈るのだからと領地の負担を求めなかったりするところがウォズの融通が利かないところで、私が好きなところでもある。
爆発的に増えた領地の資産も含めて、ウォズのプレゼントだった。
そんな訳だから、呆れられるくらいでは動じない。
アモールを眺めているだけで半日くらいは時間が飛ぶ。
「惚気はもう結構ですわ」
アモールが魔法の補助としてどんなに優れているのか解説していた筈なのに、ジュートからはそんな事を言われてしまった。
ウォズのウの時も出してないよ?
なのに、シャハブにまで苦笑いされている。
そんな状態で領地の仕事がはかどる筈もなく、今日の私はマルフットの郊外へ出向いていた。
目的は獣人達の連携訓練の視察――の筈が、香ばしい匂いが漂ってくる。
原因は考えるまでもない。
六十匹もの竜を解体しているから。
この量だと流石に肉を持て余すので、解体に協力してくれる獣人達へのお礼の意味と意気込み促進の目的で竜肉を振る舞う事にした。その結果、あちこちから焼き肉の煙が上がっている。
彼等は休憩中だから注意する対象とはならない。
中でも人気は停泊中のエアロリスから伸びた列で、少し手の込んだ竜料理が食べられる。野外料理に慣れた狩人達は器用に竜肉を焼くのだけれど、ディルガームの兵隊をはじめとして焼き過ぎや生焼けと勿体ない食べ方をしている者も多くいた。
そこで料理人を呼んだところ、長蛇の列となった。
解体作業は基本三交代制で、作業を終えると列に並び、満足してから睡眠をとる……と言ったサイクルが一般的だった。
いきなり竜料理を任せられて戸惑っていた料理人達も、それだけ求められるならと腕を振るってきた。今では焼き加減の見極めと竜肉に合うソース開発に余念がない。なんでも、種族ごとに火の入り具合の好みが異なるのだとか。
ちなみに彼等、私のお屋敷の料理人なのだけれど、その探求結果を王国のどこで生かすつもりなんだろうね……。
なお、今回は私がマジックハンド魔法で竜を持ち上げる必要はない。エアロリスには大型種解体用の架台が複数搭載してあった。
「スカーレット様なら、飛ばされた先でも厄介事に巻き込まれているに違いありません。それが魔物関連だった場合、南大陸の希少種を無駄にする訳にはいかないと準備させていただきました。解体手段がないからと、捨て置くような勿体ない真似はできませんから」
これ、先日私を誉め殺そうとしてたのと同じ人だよね?
私への心配と無駄への気懸かりが両立しているあたりウォズらしいけど、若干納得のいかない気分は残る。
プレゼントの嬉しさが残っているから、今回は突っ込まないでおいた。
それと、竜肉で一喜一憂しているのは獣人達に限った話でもなかった。
「薄切りにしてもダメでしたわ……。これでは十分に噛み切れず、喉に詰まらせてしまいます」
「まるで布を噛んでいるみたいでしたものね。わたくしの場合、噛むだけで力尽きてしまいそうです。他の部位を試してみますか? それとも、もっと細かくする方法を考えてみるべきでしょうか?」
「ミンチ、という訳ですね。喉は通るかもしれませんけれど、ゴム粒を飲むような食感が予想できますよ」
ジュート、ノーラ、オーレリアの三人が竜肉を食べる方法を真剣に検討している。
美味しいのは確かだから、気持ちが分からないとまでは言わない。でも、無理に食べると翌日のトイレが大変な事になるよ?
「私達無し人には竜を消化できる酵素がないみたいだから、適当なところで諦めたら?」
「それですわ!」
「えーと……、ノーラ?」
「酵素を含ませた液体に漬け込めばいいのです。パイナップルやキウイが肉のたんぱく質を分解するように、じっくり煮込むことで筋肉のコラーゲンがゼラチン質に変化するように、硬いお肉を食べる方法は古来よりいくつも確立されてきた筈ですわ!」
諦めが肝心って話をした筈なのに、ノーラのやる気は燃え上がってしまった。うっかりガソリンを注いだと言っていい。
「なるほど、体内に酵素がないなら他を、或いは他の方法を探せばいいだけですものね」
「素晴らしいです、ノーラ。確か、キノコにも肉を柔らかくする効果を持つものがあると聞いた事があります。探す価値はありそうですね」
「それにここは南大陸ですわ。未知の酵素を持つ動植物、ヒエミ大陸にない食文化があるかもしれませんもの」
「観察はお任せください。既知の酵素以外の詳しい働きは特定できませんけれど、漬けおいたお肉の状態変化なら鑑定できます。わたくしなら、より短期間で有用な酵素を発見可能ですわ!」
「それなら、竜肉に食品価値を持たせられるかもしれませんね。多少高価な酵素や面倒な手間が必要であっても、元が希少な竜肉ですから買いたい富裕層は多い筈です。安価に抑えられるなら、これまで食用に向かなかった硬い魔物肉へも応用できます。冒険者の食糧調達にも貢献できますし、俺も協力しますよ」
「魔物肉なら調理前に含有魔力を抜くか、逆に魔力圧をかけて料理してみるなんてどうです? 魔力がお肉を柔らかくしてくれるんじゃないですか?」
……お金儲け目的でウォズが、魔物の性質を見極める目的でキャシーまで加わってしまった。
これ、検討用に竜の追加を……って流れじゃない?
でも、猛毒を持つ魚を食べる民族出身だった私は知っている。食欲から端を発した探究心は馬鹿にできない。
竜肉が美味しいのは私も同意するところ。竜肉でジャーキーとか作れたなら旨味が凄い保存食になりそうだし、出汁も期待できるかもしれない。加えて、竜食は不可能とまで言い切れる根拠もないから、オーレリア達は放っておくことにした。
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