ブラヒム強襲
竜の解体に参加している獣人は肉を好む種族ばかりではなかった。そもそもここはマルフットなので、戦闘に参加する予定のない馬人にも多く解体へ協力してもらっている。
そこで、南ノースマーク産の野菜料理も提供していた。
巨樹肥料を使って品種改良を重ねた野菜は美味しい。環境への適応、病気の耐性、収穫力の増加、成長の促進など獲得した特性は多いけれど、勿論味の向上にもこだわった。
南ノースマークへ観光に来る貴族の中には、サラダを食べるだけでも訪れる価値があると言ってくれた人もいる。
私が野菜好きなのもあって、育成に適した土壌状態や水の成分まで厳しく管理すると言うから美味しくない訳がない。私は自信をもって提供した。
――のだけれど、草食獣人達の一番人気はキミア巨樹の新芽だと言う……。
コキオでも食用と見做されていない訳じゃない。毒がある訳じゃないし、独特の臭みがあるという事もない。栄養価が高く、食感もいい事から紹介のつもりで料理に使った。
ただしスエルチアマリンと言う苦み成分が多く含まれ、料理のアクセントとして少量加えるのがコキオでの使い方となる。ニンニクや香草、チーズ、オリーブオイルなどと混ぜてソースにする場合も多い。
それを、単品で気に入られるとは思っていなかった。
私達にとっては強烈な苦み、エグみでしかないスエルチアマリンも、獣人にとってはちょっとクセのある風味でしかないらしい。
これは草食系獣人に限った話でなく、肉食系獣人にとっても巨樹の新芽をたっぷりと使った激苦ソースとドラゴンステーキの組み合わせが人気だった。
南ノースマークでの新芽の消費量はそれほどでもなく、巨樹の葉をむしればいくらでも生えてくるから心ゆくまで食べてもらって構わない。
需要のない食材で解体作業が活性化するなら安い投資とは言えた。
最も好評だったのはコンソメスープの煮びたしで、あんまり美味しそうに食べるものだから真似してスプーン一杯に頬張ったノーラが凄い顔して固まっていたけれど。
それでも、自慢の野菜料理がイマイチ評価されなかったむなしさは残る。
それとドラゴンステーキと違って、あれを何とか食べる方法を探そうって展開にはならなかった。
竜肉にしても巨樹の新芽にしても人気が高い。しかも一流の料理人達が調理してくれるのだから、この機会を逃せばもう食べられなくなる。そう考えた獣人達が次々と列を長くした。
あんまり列が長いものだから自炊を選ぶ獣人もいるものの、あくまで毎日並ぶ気力がないだけで興味がない訳じゃない。料理長へ弟子入りする獣人も出始めて解体現場はますます混沌としてきていた。
「解体の参加希望者が多過ぎる……。あいつ等、マルフットへ何をしに来たのか忘れているんじゃないだろうな」
ファイサルさんの愚痴は深刻だった。
けれど彼等の多くは救国を志す革命軍ではなく、エルフへ一矢報いる事を望んだ義勇軍となる。本人の意思に基づいて参戦を決めたなら、他へ関心が向いた事で優先順位が変わってしまうのも仕方がない流れなのかもしれない。
とは言え、それで困るのは獣人をまとめる立場を任せた人物――ファイサルさんだった。
有志獣人軍として決戦に参加する以上、ある程度の協調は必要となる。支給するのは私が開発した魔法籠手になるので、文化の異なる魔道具について基礎知識を入れておく必要があった。
つまり、解体にばかりかまけられては戦争準備が進まない。
解体した端から竜素材はコキオへ運び入れているし、工場も順調に稼働している。全支給分にはまだまだ届かないまでも、試用するには十分な量が揃っているのにこの状況では問題があった。
そこで、一応は交代制を導入している。
解体役を早番、遅番、夜番に加えて、演習の機会もローテーションへ組み込んだ。魔法籠手の使用方法習得、種族や本人の能力、属性に応じた班別役割への理解、隊列の把握と部隊展開手順を一定以上頭に入れておかなくては解体係へ戻れない。
それでも――
「今日は八回も拳骨を落とした。狩人が集団行動を苦手としているのは仕方ないが、戦場に出る自覚はあるのか?」
暴力で従わせるしかない事態が発生しているらしい。
当人だけの問題でなく、作戦行動中の勝手は周囲を危険に晒すので厳しく指導せざるを得ない。注意が肉体言語になるのは獣人へ強弱を叩きこむためにも欠かせなかった。
虎兎豚熊四種族共栄圏を暴力で従えてきたファイサルさんは弱くない。ここへ集っている狩人達と比較しても強者側となる。そろそろ一万人を越えようかと言うほど膨れ上がった獣人達の中でも十指に入ると思う。
けれど、国許での反応ほど恐れられてはいなかった。
これは集まった狩人がそれぞれ腕に自信がある者達という一方で、私やシャハブみたいな超常戦力と比較してしまった弊害もあった。
要するに、何人かが示し合わせれば対抗できる程度だと舐められている。
ファイサルさんは拳骨と穏便な表現を選んでいたけれど、実際は熊の張り手クラスの強烈な一撃で上下関係を教え込んでいるらしい。顔を大きく腫らした獣人がいるのは知っている。何度か重傷者の回復を依頼された事もあった。
それでも分かりやすい実績がないせいで、そうした現場に立ち会った者とそうでない者でファイサルさんの評価に差が生じてしまっている。
大部分から一目置かれる存在となるにはまだしばらくかかりそうだった。
「シャハブに任せてみます?」
「え、オレ?」
「いいのかい?」
「ええ、シャハブが責任ある立場を経験するいい機会ですから」
特化戦力として扱う予定だったから、シャハブを有志獣人軍と一緒に運用するつもりはない。それで演習に参加しない分は解体作業にいそしんでいたシャハブだったけれど、そうした雑務に携わるより部隊を指揮する経験を積ませておきたかった。
言動こそ幼いものの、ブラヒムを撃退して超常戦力の一人と広く認知されているから十分な影響力がある。
「期待は分かるが、いきなりあの大部隊を指揮するのは大役が過ぎねぇか?」
「あくまでファイサルさんの代理です。共に行動してシャハブが一定の敬意を示しているところを見せれば、ファイサルさんの印象も上げられるでしょう」
本人が歴とした強者側だから、虎の威を借る……とはならない。
未だ言動が幼いのは改める機会がないだけで、実年齢に反して成長著しいシャハブにはなるべく多くの経験を積ませておきたい。そうする事で、本で学んだ知識が身となる。
子供らしくあるより私の役に立てるようになりたいと本人も望んでいる以上、今のシャハブに必要なのは実践だった。
「獣人達を従えるシャハブ様、何と素晴らしい……。そうして彼等も知るのですね、シャハブ様の偉大さを! ええ、彼等の前に勇ましく立つ姿はシャハブ様に相応しいですとも。最初は戸惑われるかもしれませんが、次第に威厳を身に付けていかれるのでしょうね。その様をこの目に収められるなど、僕はなんて幸せなのでしょう……! あ、映写晶を大量に用意しておくべきでしょうか? その光景を後世に残さないなどシャハブ様と同じ時間を生きる者として冒涜です。僕には貴重な瞬間を語り継ぐ使命があるのですから……」
「シャハブの成長の機会だと分かっているようですから、勿論静かに見届けてくれますよね? 獣人達の前でシャハブの恥となるような真似は控えてくれるのでしょう?」
「う……」
早速騒ぎ出すハイサムは黙らせておく。
折角新しい事に挑戦しようって時に、こんなのと一緒では汚点としかならない。
流石に奇異に映る自覚はあるのか、シャハブを第一に考えるハイサムはピタリと妄言を止めた。信仰対象の邪魔となるのは本意ではないらしい。これ以上醜態を晒すと追い出されるって危機感かもしれないけれど。
「ええと……、お姉ちゃん?」
「難しく考える必要はないよ。演習を監督して、気になった事があるなら発言すればいい。その内容が不安だったなら事前にファイサルさんへ確認すればいいし、指摘されて不満そうならファイサルさんが一喝してくれる。シャハブの役目は全体を見る立場を経験する事、上に立っているのだと胸を張る事」
「シャハブがいる場で不遜な口を利く奴はいないと思うが、もしもいたならこちらへ指導を任せればいい。実際に暴力を振るわなくとも、上下関係は叩き込めるからな」
シャハブが命じての折檻なら、実行役はファイサルさんでもシャハブからの注意となる。ついでに、シャハブから指導を任せられるだけの信用があるのだと印象付けられる。
「……オレにできるかな?」
「まずは体験してみて、不安があるなら相談に乗るよ。その代わり、監督する獣人達の前では不安そうな顔を見せないように」
「う、うん」
「失敗したとしても、ファイサルさんが補ってくれる。だから、気負う必要はないよ。それより大切なのは、彼等を従えるんじゃない、従ってもらっているんだって意識を持つ事かな」
上下関係が成立して当然だと思うと認識が歪む。シャハブの性根ならそんな事にはならないと思いたかったけれど、経験が乏しい分思い違いは起きやすい。
指示を出す側は、従ってくれる者がいて初めて成り立つ立場だと知っておいてほしかった。
「分かった……。お姉ちゃんが言うならやってみるよ」
「頑張ってみて。夕食には美味しいステーキをたくさん焼いてもらって待っているから」
「うん!」
食べ物で釣れるあたりは歳相応と言える。昨日もその前もステーキだった気はするけれど、まだ楽しみにするくらいは気に入っているらしい。
無茶を言ったつもりはないから、体験も失敗も糧にしてほしいものだと思う。
――そうして保護者視線でシャハブの事に集中したのは不味かった。
シャハブは休憩を終えて演習場へ向かうファイサルさんに同行する。そこへ、シャハブ至上主義のハイサムがくっついていない事に気付くのが遅れた。
その一瞬の隙は大変な事態を招いた。
私の背後、ハイサムがいた筈の場所から殺気が膨れ上がる。
「――‼」
振り返る時間は与えてくれない。竜肉を美味しく食べる方法について離れた場所で議論していたオーレリア達も、危機に気付いたのは一瞬の後だった。
その刹那の失態で、私は光の刃で背中を刺し貫かれた。
「レティ!」
「スカーレット――!」
オーレリア達の悲鳴が遠い。
「ヒヒヒ……悪いね、騙し討ちのような真似をして。けれど、騙された方が間抜けだったって事で死ぬまでたっぷり後悔するといい」
そう言って笑顔を歪ませるエルフの髪はシルバーグレイではなく漆黒で、性格の悪さが滲み出た人物は紛れもなくブラヒムだった……。
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