閑話 王太子の一喝
スカーレットが非公式ながら帰還を果たした頃、王都ワールスの城では貴族達が集まり夜会が開かれていた。
それ自体は珍しくない。
社交の一環として度々催されているものであるし、王城も会場の一つとして開放していた。主催したのはある伯爵であったけれど、手続きさえすれば規模に見合ったホールを借りる事ができる。当然、特別な伝手も必要ない。
小規模の夜会であったなら、貴族が共同で出資して建設したグレースホール、観劇や演奏の場も併設した高雅会館の大ホール、神殿へ行けばそれぞれの神をイメージして整えられたイベントホールなどが選択肢に入る。
主催者が催しもの好きなら王都邸にダンスホールを構えていたり、音楽を楽しみながら食事できる晩餐会用の特別室を設えている場合もあった。
けれど、やはり一番人気は王城となる。
参加人数によって会場を選べるし、全ての貴族を迎えられるように整えられているため装飾の格式も高い。一流の楽団が常に待機していて、その演奏だけでも十分に招待客を満足させられる。大勢の貴族が集まるなら、王城開催となるのが通例だった。
そんな中、参加者たちの表情は明るい。
催行の目的が祝意によるものだったから。
明るい音楽を奏で、普段より少し豪勢な料理を並べ、仕事の話はできるだけ少なめに、常に笑顔でパートナーを次々交代しながら大勢が躍る。情報収集や家同士の関係調整、結婚相手の見極めなどに徹するいつもの夜会とは少し様相が違った。
要するに、全員が浮かれているのである。
その原因は、スカーレットの消失だった。大勢の前で光に包まれ、突如として姿を消した。その後も一切の行方が知れない。
このような現象を引き起こせるのは神様しかいない。
スカーレット・ノースマーク伯爵は神様の許へ誘われたに違いないと、奇跡を祝う何度目かの宴席だった。
「私、今でも目に焼き付いておりますの。神々しい光を放ちながら伯爵が消えるところを」
「当然でしょう、私だって興奮した。初代国王がそうであったように、またこの国の貴族が神様に招かれたのだから……」
「これほど誇らしい事もありませんな、はっはっは」
「伝承でしか語られなかった瞬間に立ち会えたのです。あの感動はちょっと忘れられるものではありません」
彼等の半分は、今回の消失を本気で祝っていた。
この慶事に便乗すれば自分達にも幸運が巡って来るのではないか、神の恩寵ある国としてこれからは他国を一歩リードできるのではないかと、個人的な都合を優先する者もいる。
しかし彼等のほとんどは、貴重な人材を王国から輩出できた事実を喜んでいた。
神様もお喜びに違いない。
そんな人物が育つ環境、今の王国に貢献できている事が誇らしい――と。
「親の七光りと王族の依怙贔屓で小娘が叙爵するなど国の汚点と言っていい。いなくなってくれてせいせいしたな」
「本当に。あんな子供が伯爵だなどと、まるで悪夢でしたわ」
「歴史ある我が家がもう何百年も子爵に甘んじていると言うのに、あんなぽっと出の子供が陞爵するなど間違っておる!」
「おまけに先達を軽んじる。自滅したエッケンシュタインはともかく、リジャにラミナ、あの女と関わった領地が次々と潰されてしまった。次は我が家ではないかとヒヤヒヤしたものだ」
「同じく伝統や慣例を軽んじた第二王子を引き擦り降ろしてくれたまでは都合が良かったのですけれど」
もう半分は、スカーレットが消えた事実を純粋に喜んでいた。つまり、消えてくれて良かったと。
次々と功績を上げるスカーレットを彼等は妬み、彼女の在り方を煙たがり、順調に領地を発展させる様子を羨んでいた。
かと言って排斥しようにも、彼女の血統は優れており、味方も多く、おまけに魔導士と言う絶対戦力を自身が担う。敵対したところで勝ち筋はまるで見いだせなかった。
そんな目障りな存在が消えてくれたのである。この上なくめでたい展開なのは間違いなかった。
当然、そんな裏事情は隠したまま宴席に混じる。
「くだらんな」
そんな緩んだ空気が蔓延する中、アドラクシア王太子が冷たく吐き捨てた。
あくまで気の合う貴族を集めての夜会なので、王族にまで声をかけていない。派閥も特定せず参加者を募ったため、統括者を呼ぶ必要もなかった。
それでも、王城で開催しておいて王族を拒める筈もない。
前触れもなくふらりと現れた王太子には段上の席を急遽用意しておいた。今回の一件を共に喜びに来たなら拒む理由もない。
ところが、終始不機嫌そうに座っていたと思ったら、この発言である。突然爆発させた不満に会場中が静まり返った。音楽隊の演奏も止まってしまったほどだった。
趣旨を理解しての参加だと思っていたので、消えたスカーレットへの中傷は声を落とした。聞こえている筈がない。そのせいで、何が失言だったのか分からないまま沈黙を強いられる。
「で、殿下。何が気に障ったのでしょう?」
誰もが対応を決めかねる中、主催者のアムソン伯爵が意を決して問いかけた。失態の内容を把握せねば、改める事もできない。
しかし、アドラクシアは不満そうな態度を崩さない。
「めでたい、良かったと其方達は馬鹿の一つ覚えのように繰り返すが、何処にそんな要素がある?」
そこから⁉ とは思うものの、正面から王族批判は難しい。
「そ、それは当然、神による誘いが我々の前で起きたのですから……」
「そうです! 彼女の行いが神様の目に留まり、その御許へ招かれたのです。同じこの国の貴族として、これほど誇らしい事もありますまい」
「それで起こったのはただの誘拐だ。国の事情を一切考慮してもらえず、一方的に奪われ、得た利益は何もない」
神様の行いを王太子が否定するような事があってはならないとプリング子爵も乗じたが、それでもアドラクシアは引かなかった。
「彼女が上げた数々の功績は、確かに華々しい。神の目に留まる事もあるかもしれない。しかし、それを今の時点で連れ去ってどうする?」
「え……? しかし、それが神の意思なれば……」
「彼女がこれから成すであろう活躍を、気に入ったからと台無しにするのが本当に神の所業か? 今後も貢献を続けるに違いない彼女を、一時の活躍だけで評価する姿勢は神として正しいものか? 原石のまま輝きを封じてしまうような真似を神が行なったと、其方達は本当に思うのか?」
「そ、それは……、その」
王太子の提起に、答えを返せる者はいない。
彼等がありがたがっていたのはスカーレットが姿を消した現象だけで、彼女の活躍の詳細を調べた訳でもない。
その証拠に、実父ジェイド・ノースマークをはじめとした四大侯爵家はいずれもこのバカ騒ぎに加わっていなかった。スカーレットをきちんと評価したなら、今の時点で存在を抹消してしまうのは損失であると理解しているから。
神様がした事だからと、安易に思考を止める者はいない。
「し、しかし殿下。これまでの活躍が目覚ましかったからと言って、その快進撃がこれからも続くとは限らないのでは……? 神だからこそ、そうした現実を知っていたとも……へ?」
これまで打ち立てた功績は運が良かっただけだと仄めかしたメンゼン子爵は、王太子に冷たく見降ろされて発言を途中で止める羽目となった。
「はっ、情報をきちんと集めてから発言するがいい。ノースマーク伯爵は姿を消す直前まで新規の発明を続けていた。素案だけなら手を付けられないくらいにあり、優先順位を付けざるを得ないのだと愚痴をこぼしていたくらいだ。若くして才能が枯れるなどと言った可能性は、彼女に限って考えるだけ無駄だ」
容赦なく切り捨てられ、会場にいる者達は漸く気付く。
アドラクシア王太子は慶事を祝いに来たのではない。ここにいる者を否定し、その顔を覚えに来たのだ。
「そもそもとして、あの場にいて神気を感じ取った者はいるのか?」
「神気……? あ!」
「一年の節目に祈るだけで、様式を整えて豊穣へ感謝を捧げるだけで、祭事へオリハルコンの剣を導入するだけで周辺を満たす神気が、あの場で感じ取れなかったのは何故だと思う?」
「あ……、う、……それ、は……」
その事実は決定的だった。発光と共にスカーレットが消えた現象は衝撃的であっても、あの場が神気で支配された記憶はどこからも出てこない。
「神気が確認されない場へ、神が関与する事はあり得ない――と言うのがアルミナ神殿のヴァラッハ枢機卿による公式の見解だ。ノースマーク伯爵が神様の御許へ誘われたなどと言う事実は、存在しない!」
「「「――‼」」」
願望を明確に否定されて、残ったのは甘い誘惑に乗った自分達の厳しい評価だけとなる。現実を直視しなかった事実が伸し掛かり、国から重用される機会を失ったばかりか、今後の付き合いを考え直す家も出るだろう。
後悔で項垂れる彼等に、アドラクシアは更に辛い現実を突きつける。
「ところで貴様等、今が戦時中という自覚はあるか?」
「そ、それは……」
あればこんなところで夜会に興じていない。
エルフとの戦争は彼等にとって遠いノースマークで刃を交えているだけのものであり、王都沖の敵船が動きを見せない時点で当事者意識は消えていた。
戦時中は社交が禁止となる訳ではないが、華美な催しは自粛を求められる。それ以前に、前線で戦う兵士や領地が戦場となって痛手を被る領主を思えば祝宴など催せる筈がなかった。
こうした失態は貴族の評価に長く残り続ける。空気を読めない、危地へ気を使えない者として交流を避けられる。戦後、祝勝会に呼ばれないなどと言った事態も増えるだろう。
それにも関わらず、王太子は追撃を止めない。
「姿や気配を隠した状態で、エルフ共が上陸していると言う報告も受けている。ほとんどは軍の巡回で発見している筈だが、絶対はない。取りこぼしに備えて領地への出入りを厳しく監視するよう伝えた筈だが、勿論徹底しているのであろうな?」
「「「――‼」」」
徹底どころか、その事実を忘れている者も多かった。慶事に浮かれ、自分にもきっといい事がある筈だと思い込み、その結果得たのは暗澹とした未来のみ。
おまけに、王太子に悪い印象を与えてしまった。
スカーレットの帰還を信じる発言をこの場でしたのだから、彼女の重用継続は疑いようもない。次代の継承が確実になった今、彼に睨まれるのは現王から罰せられるより厳しかった。罪に問われるほどではないからと、楽観的に考えられよう筈もない。
舞踏会への参加者達は、開始時の笑顔が嘘のような暗い顔をして帰っていった。
「まったく、あんな連中を放っておけば、伯爵が帰還した際に神の御許を追い出されたのだと騒ぎかねない。そんな事になれば、どんな事態を招いていたか……」
王太子としても初期の時点から神の関与を否定できていた訳ではなかった。
それでもこうして明確に否定しておけば、彼女はただの行方不明。帰還を中傷されるの事もない。どうせ戻れば騒ぎの種になるのに、油を注ぐ必要もない。
最悪の事態は避けられたと、ホッとしながら部屋に戻るのだった。
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