ハイサムの執念
その後も竜の討伐は続いた。
討伐そのものより竜の捜索の方に時間が割かれるくらい。
竜の棲息地域と言えど、群れて密集している訳じゃない。むしろそれぞれが縄張りを主張して不干渉を貫いている。
動くのは食事の時だけ。
しかも、その回数は多くない。一度食物を摂取したなら一週間でも十日でもじっとしていてエネルギーの消費を抑えるのが竜と言う生き物だった。
おまけに、潜影竜なんて面倒な個体もいた。自らの力場で作った影の空間に引き篭もって出てこない。認識阻害へ魔力をぶつけて破りつつ、物理的な干渉を完全にシャットアウトする性質を持つのでマジックハンド魔法で掴み出すしかなかった。
そんな訳で、丸一日かけても十匹に満たない。
選帝競儀の勝利を堂々主張するにはこの三倍から五倍は欲しい。不正を挟み込む隙など潰した上で、絶対の敗北を突きつける。
獣人側の装備を十分なものにするためにも、そのくらいの素材を必要としていた。
「潜影竜は私には無理そうですけれど、光輝竜くらいは挑戦してみたいものですわ!」
――などと、大地竜討伐後もジュートが戦いの場を欲したのもある。国許に戻ったなら決して周りから許してもらえそうにない機会、存分に堪能したいらしい。
竜を討伐しうる実力は示したので、次は自分の限界を見極めておきたいのだと言う。
これを、私は条件付きで許した。
その内容は魔道具を頼る事。
多少渋る様子は見せたものの、オーレリアだって煌剣なしにそんな無謀な挑戦はしない、歴代の竜殺し達成者だってあらゆる手段を講じて挑んだ筈だと説き伏せた。
火炎竜のブレスにも耐え抜く盾と鎧を身に着け、地属性集束籠手で武装する。防具は彼女が討伐した大地竜を素材としたので、戦利品として受け入れている。
その甲斐あって、火炎竜と氷雪竜の討伐は実現できた。
光輝竜も可能かもだけど、個体数が少なく未だ見つけられていない。それから、空飛ぶ旋風竜とは致命的に相性が悪そうだった。
「そろそろシャハブ様の出番なのではないでしょうか……?」
そんな中、ハイサムが不満そうに希望を口にしたのは野営の準備をしている時だった。
野営と言ってもフィルママンの中に十分なスペースと家財道具を用意してあるので、食事を温めるくらいしか手間はない。
これまで、シャハブにのみ夢中のハイサムと、工作以外に興味を示さないミクダード氏は顔も出さなかった。このまま馬車に引き篭もっていてほしかったと思わなくもない。
「そんな事を言われても、俺っちにそんな命知らずな真似はできねぇよ?」
「へ……⁉」
そろそろハイサムも現実を知るべきだと思う。
彼の言い分に応えて姿を現したのはシャハブ……ではなく、背格好がよく似た獅子獣人だった。
「え? ……あれ? シャハブ様、は?」
「いませんよ。あの子はマルフットへ向かうディルガーム軍に同行していますから」
「はい⁉」
行方を晦ませたブラヒムが次に狙う対象として、最も可能性が高いのは派兵部隊だと予想できた。これまでも私へ攻撃を向けていない以上、戦力を削ぐなら次も私以外となる仮定は容易い。
かと言って私が護衛を担当しようにも、フィルママンは私以外に動かせない。
ディルガーム軍にブラヒムへ対抗する手段はなく、私が同行したなら別の嫌がらせを考える可能性が高い以上、適任はシャハブしかいなかった。
出発前に知らせるとハイサムが大騒ぎしそうだったので、シャハブの不在については彼に伏せておいた。乗り込む車体を分けたのはこれが理由でもある。
代わりに同行しているのは、ディルガームで出会った狩人の青年。しっかり鍛えてあるから後ろ姿くらいでは判別が難しい。
「は……? は、話が違う⁉」
「約束を破って悪い事をしたとは思っていますよ。けれどこうなった原因はブラヒムってエルフですから、恨みを向けるならそちらへどうぞ」
最初から反故にする気だった訳じゃない。
それでも、獅子人から顰蹙を買う可能性が高いハイサムの護衛までシャハブへ押し付ける訳にはいかないから、他に選択肢がなかった。ブラヒムへの警戒だけでもシャハブの負担が大きいのに、余計な同行者は要らない。
当然、悲鳴に近いハイサムの苦情も取り合わない。
「そ、そんな……。この時のために頑張って来たのに、僕はこれから何を希望にして生きれば……」
「こちらの都合に巻き込んだのは事実ですから、賠償金くらいは支払いますよ」
鉱化スライム片で、だけど。
「そんなものは要らない! 僕はシャハブ様だけを求めているんです! あの強さ、精悍なのに幼さを垣間見せる神秘の調和……、あの存在こそが神様がもたらしてくださった奇跡に違いない。だと言うのに、僕の傍でなくむさくるしい獅子人達に囲まれているなんて……」
知った事かと切り捨てたい気持ちはある。
縛り上げて馬車の隅に転がしておけば邪魔にもならない。
でも、同行を許すかどうかの試験だったとはいえ、戦争準備に必要な物資を揃えてもらった恩も事実だった。これを否定するのは私らしくない。
「なら、エルフとの決戦まで待つ事ですね。流石にその時まであの子を外すとは言いませんから」
「それはそれで楽しみですが、そこまでの心の支えをどうすれば……」
そこまでは責任を持てない。
ついでに言うなら、涙を流しながら崩れ落ちられたところで、同情する気も、罪悪感も湧いてこない。
「……はっ! もしかして、今から駆け付ければブラヒムを退けるシャハブ様を見られる⁉」
「うーん、運が良ければ?」
度が過ぎた執着はとんでもない発想も生み出すらしい。
「そうと分かればこんなところには居られません。急いであの方を追わなくては……!」
更に、発想の異常に気付く様子もない。
思い付きの勢いのまま馬車から財布だけを取り出し、身軽さを確保しつつ旅装を整える。
ここは竜の棲息領域でもかなりの奥地で、竜自体に遭遇しなくとも相当な危険を伴う。道が整備されていないのは当然として、山岳地帯はかなり険しい。おまけに空から来たせいで、陸路が通行可能である保証もない。
そんな経路を逆走しようなんて、正気の発想だとはとても思えなかった。
「シャハブ様あああああああぁぁぁ……‼」
それでもハイサムは迷わない。
突然考えを切り替えて、合流に一縷の希望を見出したハイサムはそのまま北へと走っていった。
本人の言う通り、危険を顧みられないほどのシャハブを求めているらしい。
行商人だけあって方向感覚と脚力には自信があるのか、あっという間に見えなくなる。
ブラヒムによる襲撃があるかどうか、そのタイミングに彼が丁度間に合うかどうかはまた別の話だけれど。
「辿り着けると思いますの?」
「さあ?」
私に確認されても答えられない。
そろそろシャハブも派兵部隊と共にディルガームを離れる頃合いだとは思う。移動速度に差があるから追いつく事も不可能ではないかもしれないけれど、魔物領域って強大過ぎる壁が待つ。
竜が複数棲息する南大陸で最も危険な山岳地帯、執念で貫き通せるかどうかは疑問が残る。
「でも、送ってあげようとか思える?」
「無理ですわね」
ジュートもばっさり切り捨てた。これまた迷う様子すら見せなかった。時間の浪費である以前に、そんな義理もない。
ほとんど身一つで魔物領域を駆けていったのだから、自殺行為だと片付ける他ない。
もう会う事もないだろうな……と、未練も湧いてこないまま理解不能な行商人を見送った。
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