ジュートの挑戦
木々が薙ぎ払われ、岩盤が砕かれ、竜の咆哮が轟く中、軽快に飛び交う影があった。常識外れなほど疾い訳でもない。竜が追いきれない訳でもない。
それでも、見事に竜を翻弄していた。
直感が優れている点が大きい。竜の行動の先を読み、竜が嫌がる戦術で先制する。
躱せないなら先に動く。
竜が爪を叩きつけた場所には既におらず、尻尾を振り上げる前に脚を蹴りつけて動きを止めた。それで激痛の悲鳴でも上げさせられたなら一気に押せるものの、そこまでのダメージには至らない。せいぜい鬱陶しそうに顔を歪める程度。竜の防護は甘くない。
一度で駄目なら更に十回、それでも通じないのならもっと強く。
諦める選択肢ははじめから持っていない。決定打に欠けながらも、確実に竜の余力を削っていった。
ここまでは前回もこられた。けれど、追い詰められた竜は変わる。
ただ威勢を示す強者から、暴虐の頂点に立つ王者へと。
餌となるだけの小物ではなく敵だと認識した個体を徹底的に叩き潰すために。
大地崩壊。
前回はここで崩れた。
想定を遥かに超える大威力、同属性故の耐性も易々と突破する。なんとか間に合わせた岩盾も、紙程度の護りにしかならなかった。
たった一撃で戦況を覆され、瀕死のところを私に救助された。本人的にも完敗以外の所感は残らない。
その敗北があったからこそ対策を練った。
叫声と共に魔力を伝播させ、その作用で大地を砕き、衝撃波を発生させる。大魔力を有する竜種だからこそ可能な弩級の広域破壊攻撃だった。
けれど、効果範囲が広いからこそ隙がある。
いくら竜が災害種と言えど、無尽蔵の魔力を持っている訳じゃない。世界の枠組みから逸脱した魔王種とは決定的に違う。
非力な人間であろうと、ジュートほどの才能があるなら一局集中させれば対抗できる……かもしれない。
だからと言って、咄嗟の発動では確実に魔力集束が間に合わない。前回の二の舞いとなる。
全力で防御できるかどうか。
竜の干渉前に周囲の地面へ魔力を浸透させて岩盤ごと盾とする。
けれど魔法範囲を広げると隙が生じるのはジュートも同じで、集束が不足すると防護が脆くなる。かと言って範囲を絞り過ぎると衝撃波から身を護れない。
自分の魔力量に応じた均衡点を見極める必要がある。
どれだけ絞り出したところで、竜の魔力放出の耐えられるだけの強度がなければまた地面ごと引き裂かれる未来しか待っていない。ただ、竜に対抗できるだけの力量を持っていなかったと言うだけ。
それでも、彼女は迷わなかった。
自身の命を対価に最高峰の偉業に挑む。
何度も蹴りつけられ、機先を制し続けられ、竜が僅かに体勢を下げた。小物を振り払うためでなく、後の先を突くために。
依然強者は大地竜の方。
油断なく相手を窺うだけでジュートは選択肢を減らされる。
おまけに、竜は全身に魔力を漲らせ始めた。強化魔法同様、これで竜の身体能力が一段階上がる。人類を容易く踏み潰す巨体がその大きさに見合わない素早さを得る。
加えて、地面を爆散させられる咆哮をいつでも放てる状態となった。
竜にとって、大地崩壊は渾身の一撃じゃない。
あくまでも叫声による副次作用、爪や尾に次ぐ攻撃手段の一つでしかない。
『GAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――‼』
ジュートにとって速度向上はそれほど脅威とならない。思考速度まで上げられる訳ではないので、直感で先を制する彼女は捉えられない。筋力アップの効果も、最初から直撃すれば必死なので回避を最優先とする戦術は変わらない。
けれど、ついに大地竜が吠えた。振り上げた長尾を牽制に、至近距離へ迫ったジュートを崩壊に巻き込む。
「――!」
竜が一瞬の間に組み上げた戦術も、ジュートの想定は越えていない。吸気の動きを見せた時点で体勢を整え、衝撃に備える。
ここが正念場。
竜の咆哮を耐えきれるかどうか、対策と修練が実を結ぶかどうか。
竜に挑む資格の有無がここで決まる。
「こんな、もので、私の意志は折れませんわ!」
そして、彼女は乗り越えた。
展開した防護盾は砕かれ、その破片が頭に当たり、逸らしきれなかった衝撃波で服や皮膚の一部が引き裂かれても、彼女の戦意は陰らない。
顔の半分を血で染めながら、ジュートも吠えた。
相手を討ち倒す威勢だけは、初めから竜にも劣っていない。
確かに耐えた。竜の脅威を象徴する咆哮をしのいで見せた。地面が崩壊する中、彼女の体勢は崩れていない。
けれど次は?
無傷ではいられなかった。防御のために備えていた魔力は使い切り、もう一度集束させるにはそれなりの時間を要する。
そして、その隙を見逃してくれるほど竜種は甘くない。
ジュートの状態をしっかり検分し、もう一度耐えしのぐだけの余裕はないと再び息を吸い込む。爪や尾なら躱されようと、周囲へ轟く咆哮なら確実に仕留められると大気と魔力を集束させる。
しかし、その行動もジュートの想定を越えられていなかった。
何度も咆哮を耐えしのぐだけの魔力がないのは百も承知で、だからこそ一度目を耐えて連発を誘った。
竜の知性を戦術に組み込んだ。
叫んだ次の瞬間には、竜との距離を更に詰める。大音声を解き放つ以上、吸気の動作は避けられない。そのために逸らした首は、回避のための挙動を著しく制限してしまう。
低く体勢を保った四肢は、踏み込んできたジュートを迎撃できない。
二度目を耐えられないジュートの窮地が、竜にとっての致命的な隙を生んだ。
守るより、逃げるより、攻める事を選んだジュートの拳が大地竜の無防備な首へ突き刺さる。
「爆、散っ!」
『GIEEEEEEEEEEEEEEEEE――!』
攻撃のために地属性魔力を圧縮する方法は魔法籠手で学んだ。十分な魔力を込めるだけの時間がない分の威力は、拳と共に叩き込んだ魔力を爆発させる事で補った。
これには竜も堪らず、大きく体を仰け反らせる。
本来命を奪うには十分な一撃、それでも竜の生命力が生き永らえさせる。大量の血を撒き散らせながらも、生きる意思は衰えない。
そして、戦う意志を漲らせ続けているのはジュートも同じだった。
拳を叩きこんだ次の瞬間、彼女は残った体力を振り絞って高く飛んだ。最後の攻撃を叩きこむために高く、高く……。
加えて、振り絞るのは魔力も同じ。
大地崩壊をしのぎ切るのにほとんどの魔力を投じた。あの攻撃を乗り越えなければ勝ち目はないと。
だから、地属性集束魔法のような高威力攻撃を繰り出すほどの魔力は残っていない。その代わり、落下の勢いを威力へ転嫁させる。
現出させるのは岩石製の巨大な刃。
激痛にあえいで視線を切ってしまった事で、竜はジュートの跳躍を追えていない。決死の攻勢が更なるチャンスを生んだ。未だのたうつ竜の首へと狙いを定め、渾身の質量を叩き落とす。
「大切断魔法ーー‼」
巨体を丸めて防御に徹したなら砕けたのは刃の方だったかもしれない。しかし、首をえぐられて集中を欠いた大地竜にその余裕はなかった。
勝敗を分けたのは打倒への渇望。
一度は敗北を喫し、シャハブが討伐するところを見ている事しかできなかったからこそ、次こそはと執着して臨んだ。
竜殺しの栄誉でも、周囲からの称賛でもなく、ただ雪辱を果たす機会だけを望みに挑んだ。意地と言ってもいい。
貴族である彼女としては竜殺しの名誉はあまりプラスに働かない。
領地で暴れまわっていたならともかく、遠く離れた南大陸での討伐では評価もし辛い。説得力にも欠ける。行方不明となった状態で何をしているのかと、非難すら浴びるかもしれない。
それでも折角の機会だからと挑み、負けたままでいる事を受け入れられなかった意地が、僅かに見えた勝ち筋を貫き通す一念が、私と共に強者として召喚された矜持が、最強種の首を落とす偉業を実現させた。
「竜殺し、成し遂げましたわ……!」
頭部打撲にあちこちからの出血、体力も魔力も使い果たして満身創痍のジュートは、フラフラの状態で竜の首へと近づき、勝どきを上げるとそのまま首へもたれかかるように気を失ってしまった。
全てを振り絞って得た勝利なのだから仕方ないとは言える。
「でもこれだと、折角の成果を称賛してあげる事も出来ないね」
「こうして全てを出し尽くして眠るのも勝者の権利だろう。称えるのは彼女が実感を得るまで待ってやればいい」
「いやぁ、素晴らしい死闘を見させていただきました。この機会に巡り合わせていただいて幸運でしたね」
「私は肝が冷えましたよ。あれだけの猛威をしのぎ切って、本当に凄かった……」
ファイサルさんは興奮しながら観戦した様子で、随分と機嫌がいい。続いて絶賛しているのはまだ荷を引く役目があるかもと同行している馬人二人で、エルフとドワーフは馬車から出てこない。
ちなみに火炎竜二体に疾風竜一体を既に討伐済みなのだけれど、私の時にこういった反応はなかった。マジックハンドで掴んで首を折るだけだと地味過ぎたのかな?
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