エルフを許すな!
「ブラヒム・カッバーニ、皆もその名は知っている事と思う。天子と呼ばれる次代の後継候補、そしてユーシアメイルで最も強力な魔法使いだ」
政務館の近くを整地した広場でアスアードさんの演説が響く。
いきなり発生した人為的災害の詳細を説明するため、そしてエルフとの決戦への派兵を正式に発表するため拡声魔法を使っていた。金属や木材と言った物資は貴重なので、魔法で土製の演説台も設えてある。
私達はこれから竜の討伐へ向かう。選帝競儀の勝利を確定するため大量の竜を狩る。その結果をエルフ達がすんなり受け入れる筈もないから、衝突を避けられるとは思っていない。激突のタイミングへ間に合わそうと思ったなら、そろそろ出立を考えなければ間に合わなかった。
私達もではあるけれど住人の生活確保で時間を随分と浪費したし、個人単位で動く冒険者と違って軍は身軽に動けない。大規模集団行動となる以上、広域への警戒が必要となり、マルフットへのルートも限られる。
「獣人側の戦力を結集してエルフを討つ計画が動いていた事も、知っている者は多いだろう。赤の狩人、北の大陸より訪れたスカーレット・ノースマーク殿を中心として立案された作戦だ」
私の力量を今更語る必要はない。
救助活動からその後の復興作業に至るまで、一切魔法の自重をしなかったから私の特異性は既に広く知られている。竜殺しの英雄シャハブが素直に従う光景も大勢が目撃していて、シャハブが酒場で語ったせいで出会った時の奇跡まで知れ渡っていた。
そうでなくても私の魔法で命を拾った獅子人も多く、偏向主義者にも口を挟ませない。
強いて問題があるとするなら、ブラヒムの攻撃を防げなかった事から勝利を疑われているところ。
再戦して負けるつもりはないけど、現時点では説得力に欠ける。
「だが、奴等は彼女を恐れた!」
でも、その不安はアスアードさんが補う。
彼はここで語調を強める事、恐れを抱いたのはエルフ側だと言い切る事で、心配は要らないのだと印象付けた。強欲を隠さないだけあってこうした能力は高い。
「このまま彼女が獣人達を率いればユーシアメイルが危ない。自分達だけが君臨を続けてきた歴史が終わるかもしれない。そう危機感を抱いた奴等は、我が国の派兵を妨害しようとしたのだ! しかも、その悪意に気付いた我が父、アウフ・バザーズをも殺害した!」
アスアードさんの糾弾を受けて、広場に怒号が轟く。
当然ではあるけれど、嘘を疑われているような様子はなかった。
「そして卑怯にも、探知も不可能な遥か上空に待機させた魔法でこの国を襲ったのだ! 父を殺した事を悪びれもせず、我々を挑発だけして逃亡し、何の警告もなくこの国を焼いた!」
ここまでは強気に叫んでいたアスアードさんだったけれど、今度は拳を振るわせ始め、次の言葉を探すように顔を俯かせる。
……そう、あくまで“ように”ってだけ。事前に詳細を聞かされている私達は、これがアジテーションの一環だと知っている。
「その犠牲は、皆も知っての通りだろう。兵士どころか、狩人でも警備隊員でもない者達まで家を焼かれ、大勢が命を落とした。その中には、私の最愛の弟も含まれる……」
今度のざわめきの中には、怒りの感情だけでなく悲哀や無念さまでもが含まれた。一部からはすすり泣く声も聞こえる。
アスアードさんの声が震えているのは演技で、嫌ってまではいなくても最愛ってのはどこまで信じていいのか分からないけど。
「多くの血が流れた。元の生活を取り戻すには長い時間を必要とするだろう。皆には負担を強いなければならない。……だが、これで終わりか?」
現時点で派兵の話は広めていない。少しでも人手が必要な時だから、これから一丸となって復興に取り組むのだと誰もが思っている。そのための激励だと多くが考えていただろうから、逆説の言葉で止めたアスアード氏に不思議そうな視線が集まる。
「奴等はこれで、我等の心が折れたと思っているだろう。連中の目論見通り、復興以外に気を回す余裕がないのも事実だ。だが、しかし! ここまで虚仮にされて、泣き寝入りなどできるか? これだけやれば獅子人の牙も折れるだろうと侮られたのだぞ⁉」
「「「‼」」」
「エルフ最強と名高いブラヒムが出陣したのは何故だ? 我等を恐れていたからだ! 不意を突く形で強襲したのは何故だ? 我等に一丸となられると困るからだ! 我等の決断が戦況を左右すると知っていたからだ‼」
獅子人達の瞳に炎が宿る。被災を嘆き、未来に希望を見いだせずに鬱屈としていた者達にも覇気が戻る。
彼等は狩猟民族で、強者を尊ぶ。
矜持を潰されたままでは終われない。
そうした気質をアスアードさんは理解していた。個人レベルでの発奮は難しくても、集団心理を利用したなら扇動できるとも。
「非道なエルフ共を許すな!」
「「「「そうだ!」」」
「我等に向けられた悪意を忘れるな!」
「「「おう!」」」
「誰に手を出したのか、増長を続けてきたエルフ共に思い知らせる時だ‼」
「「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーッ‼」」」
獅子人達が牙を剥く。
これまで続いてきた理不尽への怒りを見せた狐人以上に、闘争心を爆発させた。
ここまで場を整えてもらって、決戦の中心人物となる私が何もしないって訳にもいかない。
竜殺しとして期待を向けられるシャハブと一緒に壇上へ上がった。
「オレはこの国の人間じゃない。それでもアスランさんに憧れ、短い間でしたがこの国の空気に触れました。エルフ達に対して憤る気持ちは同じです!」
まずはシャハブが前へ出る。これは彼の素の言葉、竜殺しを喧伝した時と違って台本は作っていない。
「オレは猫人と共に暮らしていて、エルフから直接の加害は受けていません。それでもこの国で、家族を亡くして泣いている人と出会った。家を失って途方に暮れる人々と共に救助活動に明け暮れた。皆さんの怒りは、オレが戦場へ持っていく!」
「「「オオッ……!」」」
シャハブが自分の言葉で伝えたいと言ったからだったけれど、住人達の心は掴めている様子だった。
私は教えていないから丁度そんな本を読んだのか、ジュートかアスアードさんにでも教えを乞うたのか、シャハブなりにここで必要な技能を学んで挑んでいるのは間違いない。
「短い間だったけれど、オレはいろんな国を巡りました。どこへ行っても耳にするのは胸糞の悪いエルフの悪行ばかり、奴等のせいで起きた悲劇ばかり……、そんな時代は終わらせないといけない!」
「「「「そうだ、そうだ!」」」
「アスランさんなら言った筈です。こんな理不尽を許してはならないと! だから彼の代わりに、オレがこの拳を奴等に叩きつけてきます!」
「「「ウオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォーーッ‼」」」
シャハブを拳を突き上げるとともに、火炎獅子魔法を発動させた。
救助活動の間国中を飛び続けた炎の化身の顕現に、広場中が沸く。
ここまで一丸となれたなら私は必要ない気がしないでもないけど、期待の視線が向けられているのも事実なのでシャハブと変わる。
「私が約束するのは一つだけです」
声は荒らげない。代わりに虚属性を作用させて広域へ言葉を浸透させた。この方が共感を得られやすい。
「必ずエルフを打倒します。新しい時代を皆さんに届けましょう」
「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ……‼」」」
これがこの国での最後の仕事。アスアードさんにも伝えてあるので、喧騒が収まるのも待たずにフィルママンへ向かった。多くを語るより、帰りに竜の肉でも届けた方がよっぽど彼等のためになる。
「えーと……」
で、フィルママンの前でハイサムが固まっていた。
オールバックで固めたシルバーグレイがいくらか煤けて見える。
彼とミクダード氏、エルフとドワーフだからと私怨を向けられる可能性が高いのでディルガームには置いておけない。ハイサムがこちらの要求をほとんど満たしたのもあって連れていく事にした。不足分も私達が向かう頃にはマルフットへ届く。
そうなると同行者が増えるので飛空艇を少し改造しておいた。
具体的には、ハイサムの馬車をワイヤーで吊る。車体の内部は空間魔法で拡張してあり、雇われの馬人も一緒に乗ってもらえる。
「……どうやってシャハブ様のご尊顔を拝むので?」
「諦めてください。シャハブと常に一緒にするだなんて約束はしていませんよ」
「僕、皆さんを牢から出すのに尽力しましたよね?」
「その節はありがとうございました。でも、最初からアスアードさんは放っておけなかったのではないでしょうか。派兵しない選択肢はなかったようですから」
「保釈金も随分払ったのですが……?」
「だから、こうして同行を許しているではありませんか」
「…………」
思惑が外れたようだけれど、こんな危険物とシャハブを一緒にしておく気はない。シャハブには接近する魔物を警戒してもらわないといけなくて、ハイサムのせいで集中が乱れた場合、全員の命に係わるんだから。
それに、この数日の間も暇さえあればシャハブを眺めていた筈だよね。支払った金額が大きかったのはハイサムがアスアードさんに足元を見られただけだし、対価は十分に支払っていると思う。
これ以上取り合うつもりも更々なかった。
ディルガームでかなりの足止めを食った分、ここからはペースを上げないと。
面倒なエルフに割いてる時間はないよ。
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