殺人事件の決着
救出作業はほぼ丸一日続けられた。
光の矢が直撃した建物、周囲で起こった爆風で傾いてしまったもの、衝撃で屋根を支えられないほど柱にダメージを負ったもの、倒壊に巻き込まれて一緒に崩れ落ちるもの、一時的な補強で住人を避難させてしまえば役目を終える。
元に戻す術はないから、周囲へ被害がないようゆっくり解体するまでが私の仕事だった。
そこまで二時間程度。突然の災害に混乱し、魔法の直撃はなくとも転倒や飛散した瓦礫等で負傷し、道路の一部が寸断され、建物の倒壊を恐れて動けなくなる人がいても、それだけあったならある程度の避難は整う。
それから私は負傷者の治療へ向かい、息がある全員を助けた。手足が欠けていようと、半身が潰れようと、余波の発火で全身が焼けただれていようと、全力で回復した。中には事件前より健康になった人もいたくらい。
その後は行方不明者――主に倒壊に巻き込まれた人々の捜索にも付き合った。
生きてさえいてくれたなら探知魔法に引っ掛かる。
どれだけ巨大な瓦礫に埋もれていようとマジックハンド魔法で持ち上げた。岩塊が砕けて生存者に降り注ぐような真似はしない。瓦礫を消し飛ばせるシャハブも人気だったけれど、使いどころが限られるので私が重機扱いであちこちへ引っ張りまわされた。
埋もれているのは人だけでなく、当面の生活に必要な品も掘り出す必要がある。仮設住宅……にも満たない屋根と風除けだけの小屋で暮らさなければならない人も多かった。
無事だった家屋のお世話になる人もいたけれど、安全が保障できるだけの建物はあまりない。それだけの魔法が降った。
行方不明者の捜索は今も続けられている。でも、私の魔法は生命体の探知以外に向いていないと担当から外された。
おそらく気を使ってもらったのだと思う。
広域の避難補助から負傷者の治癒、生存者の救出活動や瓦礫の撤去まで手伝って、魔力に余裕はあっても体力と気力が尽きかけている。もしも生存者が見つかった場合には回復を頼みたいからとしばらくの休憩をもらった。
地中の探知が得意なジュートと、まだまだ体力が有り余っている獣人二人は発掘作業を続けている。
こういう時は休むのも作業の内なので、私も加わりたいとは思わなかった。
それでも眠れる気が起きず、私の足は街の西へ向かう。
そこは建物の強度に不安があって立ち入り禁止となった区画だった。倒壊を防ぐ目的で凍らせたいくつかの建物が目立つ。
目的の人物はそこにいた。
「本当に世話になったな。お前さんがいなければ今回の事はもっと悲惨な結果になっていただろう。礼を言う」
私の接近に気付いたアスラン兄は殊勝な態度で頭を下げた。こんな時には横柄な振る舞いも鳴りを潜めるらしい。
ブラヒムがここへ来たのは私達のせいだ……との糾弾もなかった。
彼の後ろ――振り返るまではずっと見ていた先にはアスランさんが倒れている。
半身が凍り付き、もう二度と動く事はない。
魔力が枯渇して、それでもと魔法を振り絞った結果だった。消耗によって自分の魔法への耐性すら失った状態で無理をしたものだから、発動した冷気はまず本人に降りかかった。
「馬鹿だろう?」
実弟がこんな状況でも、兄からは辛辣な言葉しか出てこない。
「自分ってものを知らなかった。だから周囲におだてられて自分も国主になれるのではないかと夢を見た。一族の立場も理解せず、責任から逃げ回るばかりのこいつを、俺様と親父がどれほど苦々しく思っていたのか知りもしないで……」
獅子人至上主義者と距離を置いているようで、その実しっかり影響を受けていた。連中を否定する意思は本気で、無自覚だったから質が悪い。
「弱者を助けられる自分に酔って、挙句の果てがこれだ。どれだけの責任を背負っているかを知ろうともせず、死ねばもう誰も助けられないと言うのに……」
自己犠牲。
一種の美談ではあるけれど、私達のように責任ある立場ならその結末は選べない。誰かを見捨てて生き汚いと非難されようと、守るべき対象――私の場合は皆にノースマークの領民のために生還しないといけない。
でも、アスランさんは自分を守らなかった。
無理して魔法を使えば確実に死ぬという状況で、誰かを助けるために命を使い切る事を選んだ。
けれど、そんな魔法がまともに発動したとは思わない。
命まで捧げた献身が誰かを助けられた保証はなく、彼が発見された時点で周辺の住人は残っていなかった。少し薄情とは思うものの、誰だって自分の安全確保を優先する。
そこまで他者のために自分を追い込めたことは素直に凄いと思う。
でも、英雄だと讃えられ、国主に相応しいとおだてられ、それで万能のヒーローになれる訳じゃない。結局、彼は自分の限界すら知らなかった。
「そんなだから親父を殺す羽目になったんだろう」
「……やはり、気付いていたのですね」
そこまで話す前に事件をややこしした本人が介入してそれどころではなくなったけれど、既に特定するだけの材料は揃っていた。
「死んだ親父を発見した時点で予感はあった。証拠がないから殊更に疑う真似は避けたが、茶器を片付けに来た際に異常はなかったという女の証言が覆ったなら、他に犯人はいない」
「侵入したブラヒムの言い分を信じるのですか?」
「それ以前の話だ。お前さん達と同じで、あの男が入って部屋を出るまでの時間が短過ぎる。それにエルフ随一の魔法使いが、突き飛ばすなんて方法で留めておくのも不自然だ」
アスラン兄の推察は正しい。
ノーラに現場の記録をもらった私は知っている。
殺害を目論んで侵入してみれば、既に国主が死んでいたと言うブラヒムの言葉に嘘はなかった。
――どうしてこんな事を……っ!
連行される私達へ憤りを向けたアスランさんの視線が忘れられない。
彼は自分の過ちを自覚しながら、その罪から逃げた。現実から目を逸らせた。前日に国主になりたいと言ったその口で、罪を私達へ押し付けようとした。
なるほど、彼はそういった自分の本質も理解していなかったのだと思う。
だから国主になりたいとのたまいながら、同時に保身に走れた。だから、一族の責任からも逃げ続けてこられた。けれどそんな様で国主となる資格も、機会も、めぐってこよう筈もない。
「どうせ、あいつを国主にする気のない親父と喧嘩にでもなったのだろう。国主になりたいと本気で考えるなら生活自体を改めろと、正論を突きつけられる度反発していたからな」
「アウフ氏はアスランさんの就任に反対していたのですか? 迷っているような話を聞いていたのですが」
「あれだけ国民人気があるなら表立っての批判はできなかったと言う話だ。少しずつ評判を落とす方策は練られていた。俺様にも人気集め出来るような態度に改めろとうるさかったがな」
周囲からの非難をまるで気にしない兄と、周りから持ち上げられてその気になる弟。国主としては頭が痛かった事だろうと思う。優秀ではあるので英雄の対抗馬にしようにも、蛮行を隠そうともしないアスラン兄の不人気が過ぎた。
国を治める能力が必須ではあるけれど、支持を得られなければ為政者は務まらない。
そんなだから、国民人気が抑えられないなら長男を補佐にアスランさんを担ぐ選択を捨てられなかったのだと思う。
「どうせ、狩人としての参加も考え直すよう言い含められてもいたんだろう。それで余計に不満が募った」
「そうなのですか? 私としては悪くない提案だったのですけれど」
「お前さん等には都合のいい申し出でも、弟が戦場に出てしまえば住民はあいつを英雄として迎える。次期国主にと推す声は更に大きくなる訳だ。それであいつが義務と向き合うならともかく、ますます人気取りに精を出すに決まっている」
「むしろ、それこそが国主に必要だと考えている節はありましたね」
「あいつを後援する声が大きくなり過ぎれば、俺様の補佐が機能しなくなる危険まであった。そんな事態はとても受け入れられない。親父としても、最後の温情だった筈だ」
最後……と言う事は、無理に出征するようなら秘密裏に処断する計画まで動いていたと考えられる。それだけ、国主一族にとって面倒な存在となってしまっていた。
「それで、俺様と一緒に説得するから待てと言う親父と、キライな俺様に会いたくないと帰ろうとするあいつが揉めたんだろう」
まるで見てきたみたいに言う。
実際、帰ろうとするアスランさんを無理に椅子へ座らせようとした結果、押しのけられたアウフ氏はそのまま転倒して頭を打った――これが真相となる。
「だが、この事を公表する気はない」
けれど、アスラン兄……アスアードさんは事実の隠蔽を強く主張した。
「破壊工作を目的として入り込んだブラヒムが、それに気付いた父を殺害した。そう発表する事となる」
「ええ、反対はしません。街がこれだけの悲劇に見舞われた状況で、恨み辛みを一本化するのは当然の判断かと思います」
元々、公表を避ける事態が十分にあり得ると思ったから情報開示者を絞って映写晶の改竄を提示した。
死後も英雄に祭り上げられる事。意思統一の手段に利用される事。それが過ちを犯した国主一族が受ける罰となる。死んだからと贖罪は終わっていない。
「当然、アスランの死もブラヒムのせいだ。徹底的に糾弾し、予定通り派兵も行う」
「こちらは助かりますが、本当に良いのですか? 復興に人手が必要な時だと思いますけれど」
「復興は残った者で行う。瓦礫の撤去も整地も、軍人である必要はないからな。それより、今は国民の団結が優先だ。悲劇の元凶を討つためだと、憤る気持ちを扇動する。……それに、少しでも住居に空きを作りたいと言う都合もある」
納得の理由だった。
気持ちが折れたままでは復興も進まない。怒りであろうと、憎悪であろうと、まずは立ち上がる理由が要る。
住む場所が奪われたままでも気力は湧いてこない。
「しかし嫌になるな。次から次へと金が飛んで行ってしまう」
「吝嗇家の国主候補は流石にお休みですか?」
「金があっても、国が滅んでしまっては意味がないからな。気は進まないが、私財も相当投じる必要があるだろう。本当に嫌だが……」
考えたくもないと言った様子で顔を歪めていても、為政者の役割を投げるつもりはないらしい。お金があるなら復興も早く進む。路頭に迷う人々を少しでも減らせる。
「弟をあんなままにしてしまったせいで親父が死んだなら、後始末は残った俺様の責任だろう。金が目減りするのも仕方ない。五年後か、十年後か……、個人的な金儲けは街を元に戻してから考えるさ」
その後もアスアードさんは嫌だ嫌だと繰り返しながら、それでもここから離れる様子は見せなかった。
死んだアスランさんに掛ける優しい言葉は持ち合わせていなくても、彼なりに死を悼む時間は必要なのかもしれない。ここを立ち入り禁止にした理由も、建物の倒壊を警戒するよりアスランさんをまだ人目に晒したくなかったとも考えられる。
それが感傷なのか、実弟の死をプロパガンダに利用するつもりだからなのか、確かめようとは思わない。
少なくとも、アスアードさんの意見は聞いた。
ジュート達との話し合いはもう少し後になるのだとしても、私は方針を迷わなくて済む。用が済んだ私は兄弟二人を置いてフィルママンへ戻るのだった。
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