奇跡は……ない
惨劇が起きた。
私の感知範囲外へ待機させていた光弾に天罰模倣魔法ほどの威力はないものの、建物の屋根を貫き、直撃した獅子人を焼く。
急いで魔法障壁を展開させたものの、第二射が放たれる様子はなかった。
無駄撃ちはしない。赤の狩人を甘く見ない。
それに、初撃で十分。
「あ、ああ……、あああああああああああああっ‼」
「――!」
私が悲鳴を上げるしかできない中、驚愕による硬直から僅かな時間で脱した人物がいた。彼はそのまま六階の窓から街へ飛ぶ。
アスランさんだった。
強化魔法を苦手とする彼が落下の衝撃から無事でいられる筈もない。けれど、その程度で迷いは見られなかった。助けられる人がいる。助けないといけない人がいる。彼が飛ぶ理由はそれで十分だったのだと思う。
既に凶事は覆せない。それでも怪我人を救い、崩れ落ちる建物から人々を運び出す事はできると駆けていく。
私も、マジックハンド魔法を伸ばした。
倒壊しそうな建物を支え、次弾が来るのではないかと上階でうずくまる人を降ろす。
「お姉ちゃん、オレも!」
「下での救出活動はお任せくださいませ!」
少し遅れてシャハブ達も駆ける。彼とジュートは窓から、ファイサルさんはエレベーターへ。
アスランさんのように自分の身を顧みない行動ばかりが正しいとは思わない。
感情的には一緒に行きたいところではあったけれど、遠くへ魔法を届かせられる私はここから俯瞰した方ができる事も多い。
「ブ、ラ、ヒ、ムぅ~~‼」
「ひひひ、あはは、あはははははは、あーはっはっはっはっはっはっは……!」
怨嗟の声を上げるアスラン兄へ意識を向ければ、黒髪エルフは笑い声だけを残して消えていた。
街のほとんど全域へ光を落とした魔力量、その上注意を逸らしていたとは言え私のマジックハンド魔法を振り払った技量は脅威だった。正面対決で負けるとは思わないけれど、今回のように警戒の隙を突かれたならどれだけの被害が出るか分からない。
光魔法による透過だとは分かっていても、惨劇で集中力を乱され、救助活動も同時進行させないといけない私に虚属性まで発動させた特殊隠形を見抜く手段はなかった。
逃がせばまた何処かで悲劇を生むと分かっているのに、探知魔法に引っ掛からない。もしかすると、存在を隠す魔法に似た技術を併用しているのかもしれない。
これまで出会ってきた強者とは異なり、逃げ隠れする事を躊躇わない、しかもその方面の魔法に長けた相手がこれほど厄介だとは思わなかった。
魔法を誇示するどころか、逃げおおせた事実を嗤っている可能性が高い。
厄介な相手を捕まえられなかった事が悔しくて仕方ない。
アスラン兄と法務長官がいなければ、最上階ごと吹き飛ばす事も出来たのに……いや、危険性を考えれば彼等を巻き込んででも実行するべきだったかとまで考えてしまう。
この罪は絶対に贖わさせる……!
ユーシアメイルまで攻めれば逃げ場はない。次は最優先で仕留める。必ず全身の骨をへし折ってやる。心を折るだけでは許さない。
そう決意して救助活動へ全力を注いだ。
私は視認できる範囲へならどこまででも魔法を届かせられる。けれど逆に言えば、目視しなければ救いの手を差し伸べられない。残念ながら、地属性魔法で崩れそうな建物を感知して補修する……なんて真似はできない。無属性以外に魔法感性が働かないから、そのために必要な情報が得られなかった。
一方でジュートの魔力量ではそういくつもの建物を補強するに足りない。
全域を見渡すために政務館の上空へ飛んだものの、それでも死角はできた。魔法ならまだまだ同時使用できるのに、ここまで広い範囲へは私の認識速度が追い付かない。
なるべく広域を見渡すようにしているのに、後ろで倒壊する音が聞こえた時には心が壊れるかと思った。
二次災害を防ぐのは大規模魔法を使える自分の役目だとは思うものの、負傷者の治療もしなければ程度によっては間に合わない者も出るのではないかと気ばかりが急いてしまう。
これだけの無力感はワーフェル山でのダンジョン化以来だった。
助けられる命を、選ばないといけない。
王都の大火の時もそうだったけれど、どれほどの大魔力があろうと広域の災害ではできる事に限りがある。しかも今回は火事と違って、炎を消し止めたからと一段落する訳でもない。
補強が限界。掌握魔法も、崩れ落ちつつある建造物の補修を可能とするほど都合よくできていない。
その上、今は駆けつけてくれる友人も限られる。
街の西側、比較的貧しい住人が暮らす区画の建物がいきなり凍り付いた時、私は不覚にも安堵してしまった。
アスランさんの魔法である事は間違いない。
凍り付かせる事で倒壊を止めているのだと思う。避難を終えていても、崩れれば経路を塞いでしまう危険があるから。余波でまだ避難が完了していない建物を崩す危険も考えられる。
おそらくは咄嗟の判断だったのだろうと思う。あんな大規模魔法を私以外が連続使用できる筈もない。
それでも、あの区画はアスランさんに任せた。
街のどこが崩れ落ちてもおかしくない状況で、少しでも頼れる人物が向かった場所へ注意を割く余裕はなかった。
「シャハブ!」
私は今最も頼れる相棒を呼んだ。
どこにいるかは知らない。けれど聞こえたなら必ず来てくれると声を張り上げる。
待つこと数十秒、もう一度呼びかけようかと迷っていたところで狩人協会の近くから火の玉が上がった。おそらく、あのあたりへ負傷者を集めているのだと思う。
「お姉ちゃん、何?」
高く跳ねる事はできても浮遊する方法はないので、火炎獅子状態のまま私へ捕まる。火力は調整できるから熱さはなかった。
私に次ぐ魔力量があるのに、火属性魔法は救助活動に向かない。
熱による探知を行いながら凄い速さで逃げ遅れた人々を救い出しているけれど、他は障害となる瓦礫を焼滅させるくらい。魔力的にはまだまだ余裕があった。だからと言って、他の属性であってくれたらと願っても仕方ない。それならと、そのスピードをもっと生かしてもらう事にした。
私はポケットの収納から大きな箱を取り出す。エルフとの決戦用だったけれど、出し惜しんでいる余裕はない。
「これを各避難所へ運んで」
「これは?」
「飲むだけでどんな怪我も治せるお薬。数に限りがあるから具合が深刻な人から使ってもらって」
中は全て特急回復薬。
私が救護現場へ向かえないなら、できる手段を届ける。追加はノーラがこちらへ来る際に届けてくれる手筈となっているし、救える人を放置する選択肢はない。
ただし、私が所持しているのは百本と少し。非常用の備えだから上級以下の持ち合わせはない。
今すぐノーラに救援を頼んでも、到着までは丸一日以上。どうしても取捨選択する必要が発生する。だから、医療関係者に渡すよう頼んだ。既に辛い経験を繰り返しているだろうけれど、今のシャハブが命の優先順位まで考える必要はない。
「凄い、お姉ちゃん! 行ってくる!」
それでも救う手段がある。
それだけで感激したのかシャハブは勢いよく飛んで行った。
この時ばかりは熱風が私を襲う。それで集中を乱している場合ではないからやせ我慢。
今はシャハブが最も速い。そして被害範囲が広く、一か所へ怪我人を集められる状況にない。避難指示だって錯綜している。複数の救護所へ一刻も早く届けなければならない以上、シャハブを頼るのがベターな選択だった。
あの子なら、我先にと取り合いが発生した場合にも力尽くで阻止できる。
高速で駆けながら熱探知の魔法を使い、発見した要救助者を周囲の獅子人へ知らせる事もできる。
空中から動けない私のところまで来られるのがシャハブだけって事情もあったけど。
回復薬が足りない分は、空中からの救助活動が一段落した後で私が担当するしかない。ジュートも自分の判断で動いている。魔王種災害を経験している彼女の指示は的確で、政務館周辺の混乱が落ち着きつつあるのが見て取れた。ファイサルさんも常人離れした膂力で活躍している。
皆、できる限りで動いている。
ハイサムとミクダード氏については状況を知る方法がないけれど、彼等の存在が混乱を助長させる危険もあるのでアスラン兄のお屋敷に引き篭もっていても仕方ないかもしれない。
これ以上を願ったところで最善より上はない。
それでも一人でも生きていてほしいと、今は奇跡を願うしかできなかった……。
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