黒髪のエルフと邪悪な光
ノーラと話した翌日、私は政務館に関係者を集めてもらった。
理由は国主殺害の犯人が分かったから。
聖地の情報集積体で探れる記録には限界があるって話だったけれど、ノーラには私の近況について伝わっていた。つまり、ごく最近の記録と言っても一、二か月程度の過去なら閲覧できる。
それならと、事件時の状況について調べてもらった。
推理?
私はフィクションに登場する人物の孫だったり、中身は大人だと言い張る学生だったりしないので、不確かな仮説で誰かを糾弾するような真似はしない。
事件に関わるのは責任が取れる状況を確立してから。
無限の情報集積体なんて便利なものがあるなら、証拠として使わない手はなかった。手っ取り早く真実に迫れる手段があるのに、わざわざ遠回りするなんて有り得ない。理屈を組み立てて一つ一つ検証する……なんて徒労を経る必要性も感じない。
国主が殺害されたほどの大事件なら、世間に公表される内容と真相が異なる場合も普通にあり得る。
事件の解決は住人の混乱を最低限とするのが最優先なので、政治的な判断で事実を隠す事にも、適当な犯人を用意して真相に蓋をする事にも異議を唱えるつもりはない。真実に国の平穏を乱すほどの価値はないし、私達を犯人とする結論は出させないとアスラン兄から国外脱出を進められていたのに、厚顔にも口を挟もうとは思えなかった。
だから、政務館に集めた人員は最低限にしてある。
被害者の実子であるアスランさんとその兄、それから殺された国主の右腕であったと言う法務長官。ディルガームの三権分立が確立されていないので、官僚の一人である彼が犯罪に関する罪状を決める組織のトップとなる。
国主殺害と言う重大事件扱う上で必須の人物と言えた。
そして私側はジュートとシャハブとファイサルさん。
ミクダード氏は作業場から離れないし、事件と無関係のハイサムには留守番させている。子供のシャハブを殺人事件の話し合いへ同行させるのもどうかと思ったけれど、私の監督なしにハイサムの傍へ置いておく訳にもいかないので発見者一行として一緒にいた。
場所は最上階の専用執務室。事件現場と言うだけでなく、ここなら情報が洩れる心配が要らない。
今でも厳しく出入りを管理されている。
「こちらをご確認ください」
事が事だけに、長々と前置きを語ろうとは思わない。私は映写晶を取り出して全員の前へ置いた。
記録されている映像は無限集積体にあった情報を私の記憶経由でコピーしたもの。証拠品として公に提出できるものじゃないけれど、ここにいる人物へ真相を伝えるだけなら十分な説得力を持つ。
幸い政務を執り行うのに映写晶の使用は必須なので投影装置もあった。無駄金を払って偽の犯人を用意する必要がなさそうだと分かって、アスラン兄が進んで装置を設置してくれた。
映っているのは執務室の出入りを監視した映像。
捜査のために何度も確認したであろう映像とほとんど同じもので、有無を言わせない私の様子にディルガーム側の参加者達も渋々画面を見入る。
殺害の決定的瞬間を用意する事も出来たのだけれど、どうやって入手したかって説明が面倒なのでこちらの映像にした。これでも真相は伝わる。
まず、アスランさんが執務室に入る。勿論不審はない。秘書の女性がお茶を運び、少ししてから出てきた。
ここまでは既知の情報通り。
それからしばらく後にアスランさんが退室する。その直後、黒髪の男性が執務室へと入り、すぐにお茶セットを手に出てきた。
「え⁉」
「だ、誰だ、この男は?」
「この映像は一体何なのだ……⁉」
ディルガーム側の三人が狂乱状態に陥り、詳細を話していないのでジュート達も驚き顔で映像と私の顔へ視線を往復させる。
「ご覧の通りです。証拠品として残されていた映像は改竄されたものでした。出入りを管理していた三人も、幻影によって違和感を覚えなかったのでしょう」
「し、しかし、秘書の証言は⁉ あれだけ拷問して、まだ嘘を吐いている様子は……」
動揺したアスラン兄は拷問した事実を思わず口にしてしまっている。
彼女が犯人であれば国として最も平穏に片付けられたので、強硬策へ走った気持ちも立場的に分からないとまでは言わない。
「強力な暗示を受けていたのでしょう。殺害の事実を押し付けられたならともかく、お茶の片付けに入った程度の記憶なら容易に書き換えられてしまっても仕方がありません」
「本気で思い込んでいる以上、嘘はなかった訳か……」
何もしていないとの言い分にも変わりはない。黒髪の人物に利用されただけで、真実彼女は国主殺害にまるで加担していなかった。
彼女を追跡する映写晶でもあれば離席時間と侵入時間にズレが確認できたかもしれないけれど、そうあちこちに監視カメラを仕掛けるような文化はない。
そして、暗示の事実に気付けなかったのは私の失態。
精神への関与は闇属性の領分ではあるものの、記憶の改竄、しかも拷問されても解けないような強い暗示効果はない。ただ一点、虚属性を用いて精神への浸透を強化した場合を除いて。
南大陸へ召喚されてからしばらく、虚属性の存在が知られている様子も、呪詛が悪用されている情報も、魔道具で活用されている話も聞かないから失念していた。
おそらく、理論として確立されていないのだと思う。
けれど、複数属性の持ち主なら自力で辿り着いている事は十分に考えられた。理屈を理解していなくても、感覚的に利用方法だけを習得している可能性も。
その事実に気付けていれば、証言の証拠能力を疑う事もできた。改竄された映写晶から幻影を取り除く事もできた。真相への道筋が閉ざされたまま捜査させずに済んだ。
アスラン兄の入室前に殺害された事が明らかになったなら、真相を探る上での前提条件がまるで変わる。
「この男、もしかしてエルフか?」
「黒髪のエルフ? ……まさか⁉」
法務長官とアスラン兄は侵入者について心当たりがある様子だった。この人物について調査する事が最優先だと思っていたけれど、どうやらその必要はなかったらしい。
言われてみれば耳が尖って見える。金や銀、いっそ白髪に見えるほど色素の少ない髪色をしているエルフとしては珍しいものの、ノーラからもらった記録に虚偽を挟み込む余地はない。
「アハハハハハハハハ……! まさか、魔法による偽装を見破られるとは思わなかった。大したものだね、赤の狩人殿は」
アスラン兄の心当たりについて尋ねようとした時、誰もいなかった筈の部屋の隅からこちらを小馬鹿にするような軽い拍手の音と笑い声が響いた。
「誰だ⁉」
――!
アスランさんの誰何と同時に、侵入者を仕留めようとジュートが石弾を飛ばす。咄嗟の判断は誰よりも早い。
けれど、問答無用の一撃は突然現れた黒い壁に阻まれた。
その一瞬の攻防で、魔法の展開速度も魔力量も優れていると窺えた。髪は黒く、透き通るような白い肌と尖った特徴な耳からエルフである事は疑いようもなく、映写晶に細工した虚属性術師と同一人物である点も間違いなかった。
執務室への潜伏も、虚属性以外に考えられない。決して侮ろうとは思えない。
「いきなり酷いな。結果として捜査を攪乱したのは悪いと思ってるけど、警告もなしに攻撃を向けられるような悪事を働いた覚えはないよ」
「実行に移したかどうかはともかく、侵入の時点でそのつもりはあったのでは?」
虚属性まで使って忍び込んでおいて、害意がなかったとは思わない。冷たい視線で問いかけると、まあね、とあっさり認めた。
悪戯が見つかった……くらいの軽いノリで、反省の色も警戒心も窺えない。
「いやあ、けど参ったよ。国主を殺してこの国を混乱させてやろうと潜入してみれば、既に死体が転がっているんだもの」
「その態度でまともに受け答えしてもらえるとは思っていません。ですから、話の真偽はその鼻っ柱をへし折ってから確かめる事にします」
「……ぐ」
ジュートの魔法からは身を守れても、私のマジックハンド魔法からは逃げられない。展開した黒い防護ごと強く握ってあげると、黒髪エルフは苦悶の表情を見せた。
このヘラヘラした態度を信用する? 無茶を言ってはいけない。
けれど、余裕の態度は崩していなかった。
「いいのかな? こちらに感けて」
「え……? あ!」
嫌な予感を覚えて窓を振り返る。不吉さを感じ取った私が見たのは、遥か上空から街へ光の矢が降り注ぐ凶変だった。
「ああっ‼」
私の魔法展開速度がどれほど優れていても、降下する光より早く防護魔法を発生させられない。魔法による警戒も空の上までは届いていない。
迫りくる邪光がどんな惨事を生み出すか分かっていながら、私は無力に手を伸ばす事しかできなかった……。
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