世界の真理 その一部 2
――はい。わたくしも同じ見解ですわ。そこで、ここからスカーレット様の情報を探せるのではと望みを託したのです。
無茶な理論展開だったと思うのに、ノーラからはあっさり肯定されてしまった。この件に関する先駆者だけあって理解が深い。
けれど、私もそれほど違和感を覚えていなかった。
何しろ、一度経験済みなので。
以前に、私が知らない筈のお父様の記憶を掘り起こした事があった。誕生前の出来事で、お母様と結婚すらしていない。なのに、私が知り得ない筈のお父様の生い立ちを、まるで体験したみたいに詳しく知っていた。お父様の意志も、お父様の無念も、お父様の諦観も……。
ノーラの言い分を信じるなら私はあの時、コキオで眠りながらデルヌーベンの情報集積体へアクセスした事になる。
方法は分からない。
ちょうどお父様と叔父様の関係について知りたいと思ったタイミングだったから、過去の記録へ無意識に手を伸ばしたのかもしれない。
未だ正体が知れない芙蓉舞衣が手を回したとも考えられる。
それからどうでもいい話ではあるけれど、前世の記憶自体をそこから拾ってきた可能性も否定できなかった。生まれた直後の出来事だろうから、聖地とノースマーク、これも空間を超越している。
アカシックレコード、或いは神の無限の記録。
前世でも似た概念はあった。
あくまでもそんなものがあるのではないかと言った想像の域を出ないものではあったけれど、占いや予言が的中する根拠として扱われた場合もあった。曰く、未来を含めたあらゆる事象が記録されていると。
別次元に記録されていたり、集合的無意識に存在する無限データベースとされたり、あらゆる場所に遍満するアストラル光に膨大な情報が刻まれているとされたり、フィクションで語られる場合は多い。
それを思えば、魔法が存在するファンタジー世界に無限情報集積体があったところで、不自然はないのかもしれない。
記録の先が人間に触れられない場所だって設定も多い中、普遍的に存在する魔漿液を媒介としているなら比較的意外性は少なかったとも言える。
スライム自体、回復薬になったり、生態の一部を書き換えられたり、人工ダンジョン構築の際に緩衝材として使えたり、オリハルコンの精製に利用できたり、鉱化スライム片として人の意識を魔道具へ伝えたりとかなり特殊な使い方ができる場合が多い。
容易に入手できるにも関わらず、かなり重要な素材だった。
この世界を構成する元素の一つだったと判明したところで、今なら十分頷ける。世界を創るために神様が生み出したもの。不思議なのではなく、特別だったのだと。
――スカーレット様の喩えはよく分からないものが多いですけれど、スライムと魔漿液の性質についてはその通りだと思いますわ。生命なのか物体なのか分からないのではなくて、どちらでもあり得る存在だったのではないでしょうか?
あ。
考えてみれば、ノーラは私の記憶を読み取っていると言っていた。つまりこうして考えている内容も、前世の記憶も全て筒抜けになっている事になる。
――いえ、それは少し違います。わたくしはこの情報体を自由に閲覧できる訳ではありませんわ。
そうなの?
――はい。聖地に記録された情報はあまりに膨大で、わたくしが干渉できるのはほんの一部だけですの。そうでなければ、わたくし自身の意識が情報の海に飲まれて掻き消えてしまいそうになりますから。
それは分からないでもなかった。
この世界がはじまって以来のあらゆる記憶が蓄積されているなら、個人を構成する情報なんて微量と言うにも満たない。
――わたくしが閲覧できるのはごく最近の記録だけ。スカーレット様の記憶が見つけられたのも、スカーレット様の存在感が他と比べて随分と大きかったおかげでした。実のところ、偶然でしかありませんわ。
えーと?
――つまり、スカーレット様に前世の記憶があると言う事実は知れても、その詳細を知れるほど深く情報を探る事はできません。
なるほど、そう簡単に活用できるものでもないらしい。
聖地へ行けば接触はできても、超常存在には違いない。そう思えば、人の手に余るのも無理なかった。
前世と今世、人生二回分の記憶を持っているからなのか、存在感とやらが魔力量と比例するからなのか、今世でやらかした影響が大き過ぎるからなのか。ノーラが関与できる部分に収まっているだけでも幸運だった。
それでも、私に前世がある事実は驚いたんじゃない?
――いえ、特に。
そういうもの?
――ええ。だって、それをわたくしが知ったからとスカーレット様がスカーレット様でなくなる訳でもありませんもの。
考えてみれば生まれてすぐの時点で前世の記憶を思い出した訳で、それがない私はノーラの知らない誰かになってしまう。
前世含めて私だとノーラが認識するのは案外自然な事だったのかもしれない。
それでも、不気味に思ったり、何かに利用できるのではないかと目論んだり、未知へ過剰な関心を持ったりするのが普通だとは思う。
こうもあっさり受け入れられると、ちょっと拍子抜けしてしまった。
別にかつての記憶を頼って生きてきた訳じゃないし、私的にも芙蓉舞衣はほとんど別人って認識だった訳だけど。
ノーラは私の記憶を読み解いている。つまり、夢の中の思考をほとんどリアルタイムで読み取って、受け答え用の情報を情報集積体へ書き込む。
私はノーラと会話しているようで、私の記憶の中だけで成立している現象なのだと思う。
夢として補正されているから私は違和感を覚えていないけれど、ノーラは膨大な情報を処理して難解な計算をこなしつつ補助用の魔道具の調整と魔法による魔漿液への干渉を同時進行しているのだと思う。
それって彼女の負担が重くない?
――楽だとは申しませんけれど、必要な情報交換ですからこなして見せますわ。
捜索してもらっている立場であまり大きな事は言えない。それでも、無理はしてほしくないと思う。
それに、異常な負荷が掛かったり、過度に魔力を消費したり、魔法の制御が乱れて身体へ影響を及ぼしたりと言った異変がないかって心配もある。
――……いいえ、特にそういった兆候は見られませんわ。何か懸念材料があるのですか?
聖地デルヌーベンはほとんど人の立ち入れない場所にあった。
異常な魔素濃度と強力な魔物の棲息領域に囲まれて、人を遠ざける条件が整っていた。人を拒絶している。封印されているとも考えられるくらいに。
南大陸の魔物が極端に少ないのではなく、聖地を有するヒエミ大陸だからこそ凶悪な魔物を必要としたとも言える。
聖地の不可思議さ、そもそもあそこが聖地とされていること自体の謎もある。
神聖な場所だから特別扱いしたのではなく、あそこを不可侵とするために畏敬の念を刷り込んだとも考えられた。実際、あの東屋に近付こうとする考えすら湧いてこない仕掛けもあった。
何しろ魔漿液によって距離の意味が消えるなら、記録の逆もあり得る。
ノーラがしているのがそれで、聖地から他の場所へ干渉できた。この機構を造った者からすれば悪用に違いなく、使い方次第では世界に取り返しのつかない悪影響を及ぼしかねない。
嘘の記憶を他者へ書き込む事、魔物を自由に動かす事、危険を顧みないで強行するなら自然への干渉すら可能かもしれなかった。
そんな事が起こり得ないよう封印されていたのだとしたなら、安全装置が組み込まれていたとしても不思議はない。或いは、不正アクセスした者を排除するような仕組みが。
――……申し訳ありません、そこまでは考えられていませんでした。
私が消えた事で無理をさせてしまったのだから仕方ない。安全に気を配る余裕も取り払ってしまった。
聖地の機構自体はとても凄い発見であると同時に、十二分に慎重を期すべき案件だったと思う。突然侵入者を襲う番人が現れても不思議じゃない。強引に情報を流入させて精神を壊す機能が組み込まれている危険もある。少なくとも、私の魔力が枯渇した経験はあった。
私に接触していた何者かについても不明のままで、この件に関してどう動くかも分からない。
切っ掛けとなった私が言う事でもないけれど、もっと調査を重ねて、大勢の協力者を募って。
……別に、私が関わりたいからって話じゃないよ?
――分かっています。緊急時以外の使用は避けた方がよさそうですわね。
お説教のつもりはない。
現時点で大丈夫なのだから危険は少ないかもしれないけれど、安全な保障もないってだけで。
とは言え、とても貴重な連絡手段にも違いなかった。
オーレリア達がこちらへ来るなら合流地点と時間を打ち合わせておかないといけないし、一緒に運んでもらいたいものもある。こうして無事を確かめ合っただけでも貴重な接触で、私が消えた後の戦況も知れて、助言もできた。
動かなくなったエルフについては思い当たりもないけれど、これからユーシアメイルを攻めるにあたって無関係ではいられない気もする。
それに、この機会に聞いておきたいこともあった。
弾丸列車が使えるようになるなら、次は現実で会おう。こっちはこっちで準備があるから、キャシーには安全確認を入念に行うように伝えて。
――はい、必ず。こうして記憶に触れるだけでは味気ないですから、スカーレット様にきちんと会える日を楽しみにしていますわ。
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