凶悪化する魔法籠手
ディルガーム国主殺害から四日目、私達はまだアスラン兄のところへ滞在を続けていた。ミクダード氏はひたすら鋼板製作を続け、私は新型魔法籠手の試作に入った。
難航していた地属性の仕様に漸く目途が立ったのが大きい。
光を受けて風を発生させる布、空気との接触で温度を下げる植物、回転で高温を発する鳥の羽根、圧力を加えると光を放つ樹液と光属性まで網羅したのに、地属性魔法を増幅させられる素材が見つからなかった。
そもそも、魔力を増幅させる以外で岩塊の生成を促進させる現象が思い当たらない。この世界では魔法で干渉できる全てが物質扱いだけれども、熱や冷機や風や光と違って地属性だけは明確に物体を生み出す。自然界ではまずあり得ない現象を必要とした。
それで頭を悩ませていたところへヒントをささやいてくれたのはミクダード氏だった。
「魔法で作らなくとも、石など地面にいくらでもあるのだから集めればいい」
こちらへ振り返るでもなく、鋼板を作る手を止めるでもなく、言うべき事をポツリとつぶやくだけして作業を続ける。どういう意図か、どんな機構を作ればいいのか聞いても返事はなかった。
一言だけで役目を終えたとでも言うように、私の声が届いている様子もない。
けれど、道を示されて引き下がる私じゃない。
すぐさま新機構の開発に取り掛かった。
幸い、魔法としては珍しい使い方ではなかった。魔力を物質に変換して大きな岩塊を作り出すか、地面へ魔力を満たして身の丈を超える壁を現出させるか。要は生成か干渉、その違いでしかない。
魔道具の場合は圧倒的に前者の方が多い。
魔力で満たした対象を動かすには正確にイメージを伝える必要がある。基板に付与した内容に沿って現象を引き起こすだけの魔道具では難しかった。
鉱化スライム片を使えば可能そうではあるものの、機構が難解になるばかりで今回の目的からは逸れるので置いておく。イメージに対応できるだけの基板を用意し、使用者の癖まで把握して調整する……一つ作るだけで精魂尽き果てる未来しか見えない。
地属性魔道具の機能は力場を作る事に特化させる。その範囲内で該当する物質を魔力へ変換してから籠手へと取り込む。基板には成形の魔法陣を組み込んで、集めた地属性魔力から射出用に形を整える。
――ズバンッ!
試作機を発動させてみると、標的とした革鎧をあっさり貫いた。
成形の魔法陣を使うならなるべく威力が出せるようにと形状を工夫した結果、使用者の魔力が続く限りナイフ状の刃を撃ち出す危険武器が誕生した。
「それ、危なくありませんの?」
「うーん、分かりやすい危険物は威嚇にもなるからいいんじゃない?」
どれだけ用意できるかにもよるけれど、鋭い刃物が雨あられと飛び交う戦場には立ちたくない。石礫なら痛みに耐えられても、迫りくる刃に対する恐れを抑えられる人間は多くない。
盾は有効であるものの、その防御を無効化するのが新型火属性籠手だった。火球を飛ばす従来品とは違い、熱そのものを魔法弾に変えて撃ち出す。
――ボッ……
試作品から発射された圧縮魔力は着弾と同時に高熱を周囲に広げ、標的であった革鎧にバレーボール程度の穴を開けた。穴の縁を見れば焼け焦げており、革鎧の一部は炭化して焼失したのだと分かる。
魔力を局所集中させるため有効範囲が狭く派手さこそないけれど、鉄製の盾や鎧であっても溶かして防御力を削ぐ。
水属性籠手も似た性能で、こちらは集束させた冷気を撃ち出す。盾や鎧を壊すような効果は望めないけれど、冷気は防具を突破して装備者へ確実にダメージを与える。急速冷却された盾は持ち手ごと凍らせ、鎧は無事でも内部が凍傷になった兵士からは戦闘能力を奪う。
革製の防具なら比較的伝導性が低いものの、水分ごと凍り付いて脆くなる。様々な属性弾飛び交う戦場では役に立たなくなると言っていい。
――バンッ‼
そして、風属性籠手がまた凶悪だった。風の刃の代わりに撃ち出すのは圧縮空気で、直撃した対象の内部で弾け飛ぶ。金属を砕くほどの威力はないので鋼鉄製の鎧は突破できない。防護の上からでは突き飛ばす程度の威力しか望めない。
けれど、生身で受ければ悲惨な事になる。
実験のために空気弾を受けた革鎧は、原型も残さないほど粉々に飛散していた。これを受けて頭やお腹を損壊させた人間が出た場合、周囲の者達が正気でいられるかどうかも分からなかった。
「無数の短剣を飛ばす地属性籠手の脅威度が一番低いと言うのはどうかと思いますわよ……」
「エルフに恐怖を与えるのが一番の目的だからね」
未知の武器に脅威を覚えれば攻め立てる側に一瞬の躊躇いが生じる。一度きりの決戦、その隙を突けばいい。新型籠手の性能は虚仮威しじゃないから、獣人側の士気は高いまま押し込める。
「エルフの魔法は予兆なく獣人側へ着弾する。それで勢いを止められるより前に、撃ち合いの優位性を印象付けておきたいかな」
「そのために魔法を浴びせられる最前線には少し同情しますわ」
「後続には私やシャハブがいるから、無事で済む兵士はいないと思うよ?」
「……悲惨なのはスカーレットと敵対した事自体ですわね」
贅沢を言うならもっと圧倒できる何かが欲しいと思っている。敵対する意思自体をへし折れるくらいの。
「でもこれ、魔物向きではありませんわ」
「あ、やっぱりジュートは気付いた?」
「当然です。有効範囲の狭さは対魔物戦においては致命的ですもの」
魔物は死を恐れるより魔力摂取を優先する場合が多い。絶対に敵わないほど力量差が明確でないなら、傷付く事を厭わない。身体中へ刃が刺さろうと、半身を失おうと、十分な魔力さえ得られるなら生き延びられるほどに生命力が高いから。
魔物戦を想定するなら、面で制圧できるよう連射のための工夫を施すか、一撃で仕留められるくらいに貫通性能を高めたいところ。
「刃に成形するのではなく、銃弾を補給できるようにできませんの? その方が体積も小さく次弾装填までの間隔を縮められるのでなくて?」
「形状はともかく材質が一定しないから、安全面に問題があると思う。発射の衝撃に耐えられずに内部で砕けたらと思うと、危なくてとても使えないよ」
「なるほど、それではどうにもなりませんわね。様々な場面に導入できる武器になると思ったのですけれど」
私だって考えなかった訳じゃない。銃の方が射程も長くて使い勝手がいいし、汎用性も高くなる。属性を切り替える機能はカットしてある訳だから籠手にこだわる必要もない。それでも、事故が起きる可能性を残した武器を量産する訳にはいかなかった。
「凶悪な武器には違いありませんけれど、軍で採用しようとは思えませんわね」
「うん。対魔物と対人で装備を分けるとか現実的じゃないかな」
「あくまでエルフ攻略のための武器ですのね」
素材の品質が限られている状況で少しでもインパクトを向上させようと効果範囲を絞った結果。
王国に戻ってから実用化を目指そうと思えばかなり大掛かりな変更を加える必要があった。キャシーあたりに手伝ってもらわないと完成させられる気がしない。
例外は光属性籠手。従来品は威力を高めようと思ったなら膨大な魔力を必要としたので、光を増幅できる不思議樹液のおかげで完成度が高まった。光属性が特効となる魔物専用だったものが、革鎧程度なら焼き払えるビーム兵器へ進化している。
戦争終結後は是非とも輸入を検討したいと思う。樹木ごと手に入るなら、きっとディーデリック陛下が狂喜する。
この大陸では縮めると発光する照明器具扱いだったけど。
「お前達の国なら威力が不足しても、こちらの大陸で使う分には大した問題ではないな。当たり所さえ間違えなければオークくらいは一撃だろう?」
「そうですね。亜竜やロックパイソンのような大型種ともなれば慎重に対応する必要があるでしょうけれど、人の生活圏周辺で確認できる程度の魔物であれば容易く討伐できるでしょう」
「逆に言うと、そちらの大陸ではそんな魔物が珍しくない訳か。なかなか恐ろしいものだな」
頻出するほどではないにしても、軍が出動するほどの事態となれば備えは必要となる。間伐部隊だって、大型の高威力武器を運用している。
「どうだろう、それらを生産する工房を俺様が手配してもいいが?」
「それは助かりますね。ハイサムに紹介してもらった職人があの様子ですから、作り手の勧誘は必要としています」
「そうだろう、そうだろう。俺様の紹介なら多少無茶な納期であっても対応してもらえる筈だ」
「それで、いくら払います?」
「…………む」
こちら側から対価を要求すると、アスラン兄は黙った。
本来なら製作を依頼する私が費用を支払うのが普通ではある。でも、親切そうな顔して製造を請け負おうとしても騙されない。
戦況を一変させる武器、国の防衛にも貢献する新兵器、何より南大陸にはない技術で作られた新型、安く提供できる訳がなかった。将来的な実現を期待して反重力基板を提供した豚人ライハーン氏の時とは事情が違う。
アスラン兄は政治家で、そのまま技術を盗むとまでは言わないまでも技術者達の知見向上を目論んでいる様子が透けて見えた。
今後も交流は続く訳だから、獣人全体の技術革新のために狩人協会へ情報を提供するくらいなら構わない。武器を用意すると決めた時点で、一定の技術供与が発生するのは避けられないとも覚悟している。
それでも、一国に肩入れする気はなかった。
「こうして匿っている恩があると思わないか?」
「その対価は既にハイサムから受け取った筈では?」
「お前達の容疑を晴らそうときちんと指示を出している」
「この国では、殺人事件の捜査方針を個人への忖度で変えるのですか? たとえそれが私達のためだとしても、結果が出ていないものへ対価は支払えませんね」
「そちらの要求通りに兵を派遣する用意がある」
「今更取りやめるなら、取りやめてもらって構いませんよ。それで被る損害も、把握しての事ですよね?」
「製造に必要な素材は全て用意しよう」
「既にハイサムが手配してくれていますから必要ありません。それ以前に、まるで価値が釣り合っていませんね」
「ムムム……」
「うふふ……」
それからしばらく、不毛な交渉が続いた。私を唸らせるような報酬を用意できるなら考えなくもないけれど、この期に及んで支払いを出し渋っているようでは検討の対象にすらならない。
それが分かっていない筈もないのに、アスラン兄の性根は揺るぎそうになかった。
筋金入りだね。
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