獅子人達の人気者
そこから始まったのは、ただの喧嘩だった。
颯爽と登場したのだからと華麗にゴロツキ達を打ち負かす事もなく、泥臭く殴り合っている。
まあ、相手の人数の方が多いと考えれば普通の展開ではある。
全ての攻撃を躱しながら一方的に殴るだけのジュートであったり、睨まれた時点で相手が委縮して戦意を喪失するファイサルさんであったりが異質なだけで、こちらが一般的なのだろうとは思う。
オーレリアやノーラ、烏木の牙、勿論私も含めて特殊な例しか周囲にいないため、こうした光景を眺めるのは割と貴重な経験だったりする。
「待て!」の時点で好みの展開だったのか、シャハブも目をキラキラさせながら乱闘に見入っていた。
ちなみに、流石のジュートもこれに割って入るような真似はしない。
折角私達を弱者側だと勘違いして助けてくれたのに、面目を潰すのも悪い気がした。それに、圧勝は無理でも八人を相手に負けそうな気配は見られなかった。おかげで、安心して見学していられる。
当然、ジュートが参加したなら八回殴って終わるのだろうけど。
「お嬢さん達、怪我はなかったかな?」
多少顔を腫らした状態で、獅子人の男が声をかけてくる。獣毛で分かりにくいけれど、結構痛々しい有様なのではないかと思えた。
「助けていただきまして、ありがとうございます。おかげ様で、私達には怪我一つありません」
私もジュートも、お礼を言いながら頭を丁寧に下げた。
最初からそんな予定はなかった、なんて余計な事は言わない。
ゴロツキから情報を吐かせる状況でなくなってしまった事への不満も、決して顔には出さない。
倒れているゴロツキ達は軽傷で、痛みで立ち上がる気力を無くしたくらいで済んでいる。ジュートに殴られたなら、確実に骨が折れていたと思う。内臓が無事で済まなかった可能性も高い。その場合、高確率で今後の生活に異常をきたしていた。当然、女性と子供の三人組を襲おうって卑劣漢を治してあげる義理もない。……助けられたのは間違いなくあっちだろうって事実も、口にしなかった。
私達が庇われたのは確かで、世間的に考えて私達を弱者だと判断するのも当然の成り行きだと言えた。見た目詐欺だって自覚もある。代わりに乱闘した男性は、疑いようもなく善意で割って入ってくれた。
それを否定しようとは思えなかった。
情報収集なら別の機会にできるし、ストレスを溜めたジュートがイライラしているなら魔物の巣へ解き放てばいい。この際、反応が乏しい魔物より、悪党を殴った方がスカッとすると言うジュートの意見は無視する。
「嫌な思いをさせてしまったかもしれないが、獅子人はああいった者達ばかりではない。どうか、この国に幻滅するような事はしないでほしい」
「ええ。私の連れも獅子人ですし、こうして助けてもいただきましたから」
「うん、なかなか体格のいい若者だな。鍛えれば優秀な戦士になれそうだ」
「あ、ありがとうございます!」
好青年っぽい獅子人に期待されて、嬉しそうにシャハブがお礼を言う。
既に超人域です、とも突っ込まなかった。
「警備兵か狩人協会に通報した方がいいでしょうか?」
「それはボクがやっておこう。これ以上お嬢さん達に夜道を歩かせたくもない」
「助かります。しかしそれでは、貴方が襲ったものと疑われませんか?」
「大丈夫、これでもそれなりに信用があるんだ。こいつ等が口裏を合わせたところで、一方的な取り調べを受ける心配はないよ」
もしかして、こういった人助けを繰り返して得た信用かな。
犯罪者を連行するのに慣れているのかもしれない。
最初に殴られた元協会職員は何やら言い訳めいたものをしていたし、ゴロツキ達も恫喝の手間を省いた。はじめから聞き入れられないと分かっていたなら頷ける。
「それでは、お願いしますね」
「ああ、今後も困った事があったなら何でも頼ってほしい。ボクはアスラン・バザーズと言う。居場所は狩人協会で聞けば分かるだろう」
その名前はサーリアさんに聞いて知っていた。驚くより、ああやっぱりと納得の方が大きい。
シャハブだけは、ポーカーフェイスに失敗して目を丸くしている。
「貴方が有名な“獅子英雄”ですか」
「あ、ああ……。そう呼ぶ人もいるね。少々気恥ずかしいのだが」
どうしてそんな大仰な名で呼ばれるか。
それは、彼がこのディルガームを守った活躍に由来する。
六年前、亜竜の一種であるグリープトプスがこの国を襲ったと言う。
グリープトプスは体長四メートルほどの体躯で、亜竜としては小柄なものの、凶悪な顎を持ち、複数匹で狩りをする魔物だった。
それが三匹。
しかも闇に紛れての襲撃で、防壁は破られ、それが貧民が多く暮らす区画だった事から軍隊の対応は遅れ、混乱に陥ったところへ駆けつけたのが彼だったらしい。そして、亜竜の闇属性魔法に翻弄されながらもたった一人で立ち向かい、援軍の到着前にその全てを打倒している。
私が聞いても納得できるくらいの英雄譚だった。
同時に、この国の協力が仰げなかった原因でもある。
アスランさんと別れて翌日、私達は山中にいた。
ジュートのストレス発散のため――ではなく、彼の活動を見学する目的で。
彼は狩人でもあるから、今日も朝からオークを狩っている。山の向こうから流れてくるオークが多いらしく、昨日あれほどシャハブが狩ってもまた新顔が顔を覗かせていた。
魔物の脅威を減らせると同時に食料供給もできるので、ディルガームでは一般的な活動ではある。けれど、アスランさんの役割は主に巡回だった。
単独で周辺を見回り、オークの痕跡を発見すれば気前よく周囲に教えている。不慣れなパーティーを見つければ助言し、負傷者の治療には惜しみなく薬を提供し、戦闘中のパーティーと行き会えば討伐の様子を眺める。危険がないと分かればすぐに離れるし、技量が不足しているようならギリギリまで戦況を見極め、犠牲が出る前に上手く介入していた。
自分が活躍するより、周囲の安全に気を使っているのだと思う。
それが普段の行動らしく、多少のお節介も好意的に受け取られ、助言や忠告も真剣に聞き入っている様子が確認できた。
「裏の顔がある……という事もなさそうですわね」
「一人になっても周囲へ配慮している様子は消えない。相手によって態度を変える様子もない。欠点と言う欠点は見つからないね」
私達は存在を隠す魔法を使ってこっそり観察中なので、演技の可能性は考えられなかった。シャハブでも察知不可能だった魔法だから、隠密行動がばれていると言う事もない。
「冒険者同士の揉め事も卒なく収めているし、助言は的確、情報を出し惜しんでいる様子もない。会った時の印象そのままかな」
「しかも、強いですわ」
「うん。シャハブの半分くらいの魔力量はあると思う」
私の発言に、アスランさんを貶める意図はない。私とジュートの間で基準に丁度いい対象がシャハブしかいなかっただけで、彼が強者だった事実に変わりはない。ちょっと物差しが大き過ぎた。
ヒエミ大陸でも、あれほどの人物はなかなかお目に懸かれないレベル。
何しろ、魔力はジュートより多い。
ノーラほど正確に測る事はできないけれど、単独でオークと対面した際のお手並みを見れば、おおよそは察せられた。強化魔法が少々苦手で術師寄りではあるものの、亜竜を単独討伐しただけあって魔法の威力はかなり優れている。
昨日の喧嘩は相手が人間なので、あえて魔法を制限していたのだと思う。
「偉そうに振る舞う事もないし、皆に慕われてる気がする。カッコいいよね!」
シャハブはすっかりファンになったらしい。私としても、彼を嫌う要素を見つけられない。
でもそれが、私達の障害となってしまっている。
獅子人至上主義、その切っ掛けが彼だった。
勿論、本人が主張している訳じゃない。
アスランさんの活躍を見た一部の人間が、彼が率いたならエルフにも勝てるのではないかと夢想した。不味い事に、それがかなりの人間に伝播してしまっている。
しかも、何故だか排他的な感情まで追加されてしまった。
一部から熱狂的な人気を呼び、もう本人の声すら届かない。あんまり酷い場合はきつめに注意するそうだけど、説得が心にまで浸透しない。憧れが崇拝に変化しつつあるので、本人より偶像を信じてしまう。
そして、彼を慕う声は獅子人至上主義者からばかり上がる訳じゃなかった。
面倒な事に彼は現国主の息子で、その高名と身分を鼻にかけない態度、面倒見がよく悪行を許さない姿勢、それを嘘としない行動力、更に貧民のために命を懸けた美談が相まって、誰もが彼を次期国主に望むまで人気が高まっていた。
もしもエルフ打倒が叶うなら、獅子人至上主義者でなくとも彼が指導者となる未来を望んでいる。むしろ、それ以外の選択肢はなくなってしまったと言っていい。
八方塞がりだった。
何か欠点があるなら世論を動かす切っ掛けになるのではと見学に来たものの、その取っ掛かりすら見出せない。
大国を動かすのはそんなに簡単な話じゃない……と諭してみたところで、聞く耳を持ってもらえるとも思えなかった。彼を推すほとんどの勢力に悪意はなく、サーリアさんのような一部の慎重派でも押し返せそうにない。
うーん。
これ、獅子人の協力は諦めた方がいいんじゃない?
ちょっと弱気になってしまう……。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきます。是非、応援いただければと思います。




