英雄の兄
「いくらなら出す?」
それが、協力を打診した私達に対する第一声だった。
ここはディルガームの政務館。
私達は何とか打開策を求めてここへ来た。可能性は薄いとしても、時間はあるのにじっとしているのは性に合わない。投げ出すのはやれる事をやった後でいい。
そして、私達が対面している人物はアスアード・バザーズ。
アスランさんの兄で、次期国主として育てられた人物だった。なお、兄弟とは思えないくらいに笑い方の品がない。ついでにでっぷり太って、似てもいない。
「初めて会った人物に賄賂を要求するのがディルガームの政治でしょうか?」
「いやいや、そちらさんにも実のある要求だ。この国の軍事力を貸してほしいんだろう?」
「…………」
そう言われたところで、このまま協力を求めていいものか迷ってしまうくらいには印象が悪い。
面会前に集めた評判は明解で、金に汚い人物。
そのままだった。本当にアスランさんと血が繋がっているかどうかを疑う。
最初から控えめだった期待も見る見る萎む。頼る人物を間違えたと、割と本気で思えた。住人達からの不人気っぷりも納得しかない。
「いくら国民が望んだところで、あいつに国主なんて務まらない。俺様は国のために働いていて、良い歳したあいつは狩人家業に現を抜かしていられる。それが答えだ」
「弟さんの狩人家業は国主の意向ではないと?」
「当然だ。どうして国主の子が狩人なんぞになる必要がある?」
その通りだった。魔物の脅威が深刻だとか、立ち向かう戦力が不足しているとか、国主一族が前線に立たないといけない理由がこの国にない。
「適性があったから、と言う話ではないのですか?」
「他所の人間なら分かると思うが、国民の税金でのうのうと暮らすお坊ちゃんが政治に向いていないからと、喫緊でもない狩人家業に精を出して、周囲に納得してもらえると思うか?」
「……無理ですね」
「その通りだ。運よく亜竜が現れてくれて結果を出した。それであいつは狩人でいられる……それだけだ」
軍を率いて現場へ急行した。狩人へ緊急依頼を出して共に戦地へ駆けつけた……それなら、為政者側の行動と言える。
アスランさんの行動を悪く捉えるなら、危地へ真っ先に駆け付けられたのか国主一族の義務を放棄した結果でしかない。彼の献身を余計だったと切り捨てるつもりはないけれど、アスラン兄の言っている事はそういう側面だと思う。
「亜竜の件はともかく、狩人としてオークを狩って、狩人達の安全へ気を配る……それだけではあいつへの投資分とまるで釣り合っていない。だが、あいつはそれを分かっていない。引退した狩人の指導活動みたいな真似をして、それが国のためだと本気で思っている」
「町の見回りもしているそうですから、治安維持にも貢献しているのでは?」
「そんなもの、巡回兵の数を増やせば済む話だ。あいつ一人で町中を駆けずり回るより、余程広範囲へ目を光らせられる。まあ、あいつが走り回る分は予算が浮くから、交際費に足させてもらっているがな。いい酒が頼めて評判もいい」
なんか、資金を流用した話をしれっと喋った。悪びれる様子もない。ひょっとすると、この程度では不正の自覚もないのかもしれない。
「要するに、弟は国主を任せられるような器じゃないって話だ。まして、連合国全体を従えるなど、できる筈もない。だから、解決策を求めてアンタ達はここへ来た。違うか?」
「……まあ、そうですね」
「その選択は間違っていない。何しろ、あいつは馬鹿だからな!」
「兄弟とは言え、口が過ぎるのでは?」
「ただの事実だ。魔物の倒し方だの、獣が残した痕跡の追い方だの、身体を動かしながら身につけた知識は忘れないようだが、それ以外はからっきし。だと言うのに、自分が馬鹿だと気付けないくらいに大馬鹿だ!」
「……彼が狩人を続けていられるのは、そのあたりの事情もあってですか?」
「そうそう! 親父もとっくに匙を投げた。政治のセの時とも向き合おうとしない男が、どうして国主になれる?」
正論ではあった。
少し話しただけの私はそこまで評価を下げていた訳でもないけれど、身内がここまで言い切るなら全くの嘘でもないのだと思う。
全てが真実だと受け入れるほど、証言者の信用がないのだけれど。
「今は俺様と弟を比べて値踏みしているところか? 残念だが、俺様はあいつの対抗馬にはなれんぞ。何しろ、人気がないからな」
「ご自身の評判をご存じで?」
「そりゃ、聞こえてくるさ。ケチで、強欲、小心者の上、女たらしってか?」
最後のは初耳だけど、地面をえぐっている評価は今更下がらない。
「だが、文句を言われる筋合いはない! 子供を作るのは国主の義務で、国民の生活を預かっている人間が豪快に生きるだけで許される筈もない。金がなければ国は立ち行かないし、金を使わなきゃ経済は回らない。俺様は、俺様の役目を果たしているだけさ!」
間違った事を言っているとまで思わない。でも、肯定する気持ちも湧いてこなかった。
「少し調べれば、貴方の不人気振りはすぐ分かります。いくら貴方が次期国主を望んだところで、支持されなければ椅子を譲るしかないのでは?」
「その通りではあるが、英雄は不遇の死を遂げ、その兄が国を引き継ぐ……と言うのも世間好みの話だとは思わんか?」
「――!」
「くくく……、冗談だ。馬鹿な弟と言うのも、それはそれで可愛いからな」
笑って否定しながらも、市井へ向けたその視線は恐ろしく冷たかった。選択肢の一つとして、割と本気で考えているのかもしれない。
「実際のところ、確かに親父は悩んでいるな」
「では、アスランさんが国主となる可能性も十分にあり得ると?」
「まあ、あるだろう。あいつを祭り上げて、俺様が実務を取り仕切ればいい。どちらかに全てを押し付けるより、余程上手く国が回るかもしれん。このディルガームに限れば、の話だが」
「アルブウェルグ連合国の首長補佐までは務まらないと?」
「はっ、無茶を言うな。俺様の分くらいは弁えている。獅子人の大将を気取るくらいはできても、連合国に君臨するほどの才覚はない。アスランにしても、善人であるだけで大国の王が務まる筈もないだろう?」
冷静に分析はできていた。性格はともかく、為政者としての手腕は備わっているらしい。
彼の言う通り、獅子人からの人気だけで連合国の指導者は任せられない。
ちなみに、もしもアスランさんが連合国の指導者に収まった場合、ディルガームの後継者がコレしかいなくなるのだけれど、獅子人達はその現実に気付いているのかな?。
「勿論、現時点で俺様が国主になって出撃を命じても、軍も住人も納得しない。この国に限って、弟の人気は絶大だ。だ・か・ら、金を払えと言っている」
「……どうも話が繋がらないのですが?」
「頭が固いな。弟を引き立てずに済む状態で、獅子人軍の力を借りる方法を探しているのだろう?」
「お金を払えば、妙案を授けてもらえると?」
「ああ、簡単な話だ。ディルガームと貴様の間で、契約を結べばいい。自由意思での協力者など募るから面倒な事になるのだ。金銭で傭兵を雇うなら、戦後の取り立てなど考える必要もない」
「あ」
単純な話だった。
貢献には報いなければいけないと言う思い込みが、ずっと私の中にあった。でも、金銭で契約を交わした場合は、褒章も金銭で済む。成功報酬を設定しておいて、想定以上の活躍があった場合は資金を上乗せすればいい。
ディルガームとしても、戦後の重用がなくても大金を得られるなら国勢を保てる。ユーシアメイル軍に対抗したという実績は、今後の戦力増強にもつなげられる。各地に魔物が蔓延り、常に戦力は不足しがちなのだから、各地へ兵士を派遣すると言う資金獲得手段も可能となる。
財力と武力、両方を備えた国が発言力を強められない筈もない。
王が領主を任命して統治を任せたヒエミ大陸の国家と異なり、ほとんどがユーシアメイルの属国状態となっているのが連合国だから、国力を高めたディルガームは独立すら視野に入れられる。獅子人側にも十分に利のある契約と言えた。
「ディルガーム軍を傭兵として派遣できるかと言う手続きについては、俺様が引き受けよう。それで、いくらなら払える?」
ニマニマと笑う様子が、少々の金額では契約しないと物語っていた。やはり噂に間違いは見られない。
けれど、アスラン兄は強気に私の足元を見ているつもりで、私の資金力を甘く見積もっている。南大陸で私に限界はない。
「精霊石二百個なら出せます。いかがでしょう?」
「……いいだろう。その金額で、親父の説得を請け負ってやる」
「は?」
待って………………。
待って…………。
待って……!
待てっ‼
精霊石ならいくらでも用意できると言っても、流石に強欲が過ぎる。噂通りどころか、想定を遥かに上回るレベルで欲深かった。あまりに吃驚したせいで声も続かない。
鉱化スライム片二百個、私的には二十億くらいの契約料を提示したつもりだった。それを、そっくり自分の懐に入れると言う。
どんなふうに生きればここまで厚顔になれるのか。
私にはまるで理解できない。
底抜けにお人好しな弟と、底無しに貪欲な兄。
ディルガームの人間がアスランさんを熱烈に支持する気持ちも、痛いくらいに分かってしまった。
「流石に、その条件は呑めません」
「そうか? しかし、助言だけ聞いて他の誰かと交渉しようとは思わない事だ。俺様の許可なく、決して提案を受け入れないよう親父へ進言しておこう」
「……仕方がありません。私としても、そこまで不義理はできませんから」
「それから、後になって考えが変わったと言われても、時機が変われば料金は吊り上がる。その事も、きちんと覚えておくといい」
「…………ぐ」
間違った事を言っているとは思わないけれど、絶対に肯定したくはなかった。勝ち誇った笑みを隠さないから尚更に。
「今日のところはいい返事が得られなくて残念だったが、近いうちにまた会える事を期待しているぞ」
「ふふふ。きっとその時は、金銭の支払いなど必要なくなるよう努めさせていただきます」
「ははははは、妙案が浮かぶ事を期待しておいてやろう」
悔しい事に、その目度はまるで立っていなかった。だからと、圧倒的に不利な状況でまた来ますとも言えない。弱みに付け込まれた状態で、契約を結ぼうとも思えない。頭を下げるのは最終手段。損得以前に、私にだって矜持はある。
結局物別れとなって政務官を出た後、同行していたジュートがポツリとこぼした。
私は嫌いではありませんけれど……と前置きした上で。
「原価がないも同然の鉱化スライム片を対価に軍隊と契約しようとしたスカーレットの性根も、相当なものだと思いますわよ?」
あれ?
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