エルフとの遭遇
竜の棲息領域まで一気に飛んでいければ話が早いのだけれど、度々降下する必要があった。何しろお腹は減るし、シャハブはともかく男性と一緒の空間で眠りたくないから宿は取りたいし、何より急ごしらえのせいで飛空艇にトイレを搭載していない。
「少なくとも、食事の回数くらい減らしてもいいのではないか? そのために保存食を用意させたと思っていたのだが」
「硬いパンや塩辛いだけの干し肉ばかり食べたいですか? 私は嫌ですよ」
「私も、スカーレットに賛成ですわ」
「……」
「……」
食事を楽しみたい派とこだわらない派は同数だった。私とジュートが結託している時点で、発言権は圧倒的にこちらの方が強い。
敵国ながらせっかく見知らぬ土地にいるのだから、異種族文化に触れておきたいって都合もある。観光気分とまでは言わないものの、エルフ、ドワーフ政権を打倒するなら他種族について知っておくべきだとも思っている。国を瓦解させて、その後を無責任に放り出そうとは思わないから。
それから、飛空艇フィルママンの速度がそれほど上がらないのも理由の一つだった。
反重力魔法の欠点として、この星で働いている重力以上の作用は加えられない。飛行列車のように影の上を走らせる、闇属性の重力魔法を併用させると言った方法はあるものの、付与魔法が複雑になって製作時間が跳ね上がる。その上、基板に使用する素材が更に希少になるので南大陸では現実的じゃなかった。
私が魔法による補助を加えて、時速百キロ強がやっとと言ったところ。
複数人を運べて地形に左右されないからシャハブに頼るよりは速いものの、時速三百キロを超えるウェルキンにはまるで及ばない。
しかも、南大陸は広い。
竜の棲息領域まで強行軍でも十日以上かかりそうなのに、移動だけに専念するのは精神的な負担が大きい。
心配しているであろう王国の皆に申し訳ない気持ちはあるものの、命がかかっている状況でもないのに自分をそこまで追い込もうとは思えなかった。
そんな訳で、食事のタイミングに通りかかった町村へ降りる事にしている。保存食は適当な立ち寄り先が見つからなかった時用と、非常用にと飛空艇の隅に置いてある。竜の棲息地へ行こうってのに、万が一の備えが不要と思えるほど楽観的じゃない。
この日の寄り道は狐人の町だった。
同行者三人が肉を好むせいでメニューの幅は微妙だったものの、大根と一緒に柔らかく煮込んだ豚肉は悪くなかった。
ジュートくらいは美容を気にして野菜中心の食事に付き合ってくれてもいいのに、肉を食べないと活力が得られませんわと言われてしまった。帝国の武闘派貴族様にはビタミンや食物繊維を摂取しなくても美容を保つ秘訣があるのかもしれない。
よく食べてよく運動する事です……ってオーレリアみたいな回答が返ってきそうではあるけれど。
大根多めでとメニューにない注文にも対応してくれたお店のサービスに満足しながら食後のお茶を楽しんでいると、外から騒ぎ声が聞こえてきた。
「あら、何かしら?」
「どれどれ、喧嘩でも始まったのか?」
お祭りでも見に行くくらいに軽い足取りで、荒事を好む二人が厄介ごとに巻き込まれに行く。ジュートが拳で、二メートルを超える巨体で睨まれるのは怖いものなのかファイサルさんがその強面で、実際に喧嘩を仲裁してしまった事もあった。
私達が有名になる分には都合がいいので止めないでいる。
飛空艇も隠さず堂々町中へ降下しているし、移動の途中で見つけた大型の魔物の討伐証明も狩人ギルドへ大量に提出している。
赤の狩人の名声は驚きとともにかなりの範囲へ広がっているらしい――今回は噂の拡散より速く移動しているから実際に耳にした訳ではないけども。
このままエルフの国まで噂が届いてくれれば、私達を脅威として警戒してくれるかもしれない。排除を目的として攻撃を仕掛けてくる事態だって十分に考えられた。
それらを全部打ち破って、連合国へ現実を突きつける。
ヒエミ大陸とは決して敵対してはならないのだと思い知ってもらう。勝手な信仰を押し付けてコキオを攻撃した愚かさを後悔してもらうくらいでないといけない。
連合国内部に敵勢力が入り込んだと知れば、王国よりこちらへ警戒が向くかもしれないし。
とは言え、お茶を中断するほどの関心はない。
既に何度か騒動を起こして噂は広まりつつあるし、飛空艇での移動は嫌でも目立つ。騒ぎと巡り合う度に関わる必要もないから、ゆっくりお茶を楽しんだ。
南大陸ではハーブティーが主流のようで、今日のお茶はペパーミントの爽やかな香りとすっきりとした後味が心地いい。食事がこってりしていたので、口に残った脂っこさも洗い流してくれた。
「お姉ちゃん、早く、早く!」
たっぷり五分はお茶を味わってから、騒ぎの内容は気になるけれど私に気を遣って離れないでいたシャハブに急かされながらお会計を終える。
そうして外へ出ると、ジュートに殴られたエルフが宙を舞うところだった。
「……………」
うん、何が何だか分からない。
どうしてここにエルフがいるのかとか、どうして殴り合うような事態になったのかとか、ジュートの後方に倒れている狐人は何なのかとか、知りたいことは多くある。だと言うのに、ファイサルさんも乱闘に加わっていて答えてくれる人がいない。
「エルフ? ああ、いつもの事だよ。あいつ等は魔物の素材が目的でよくやって来るんだ。それも、今は選帝の競儀があるだろう? そのために普段より多くの魔物を仕留めるから狩場を明け渡せって狩人達と諍いになったのさ」
仕方がないので野次馬の狐人に訊いてみる。
エルフの集団が現れた時点で横暴が通るのが常なのに、返り討ちに遭っている状況が信じられなくて興奮気味の狐人が教えてくれた。ちょっと早口で聞き取りにくかったけど、お世話になる身で贅沢は言わない。
「魔物……、エルフが素材を必要とするほどの魔物がこのあたりには出没するのですか?」
「この近くって訳じゃなくて、山を越えた先だがね、あまり大きくはないが、亜竜が出るのさ」
「なるほど、鱗や牙が目的ですか」
「そう言う事。当然、この国の狩人にとっても貴重な収入源になる。いつものように十匹か二十匹狩って満足するなら好きにすればいい。必要な素材だけ削ぎ取って残りを放置するから却って魔物が活性化して後始末が面倒だが、だからと言ってそれでエルフと事を構えたんじゃ、もっと大変な目に遭う」
思い通りに事が運ぶなら獣人になんて興味も示さないのに、機嫌を損ねると略奪を働き、住人へ武器を向けるらしい。
それで怪我人や死者が出ても、犯罪者を処分しただけだと。
そんな無茶な言い分も通るのだと言う。
権威と武力を牛耳られているから、反抗的な姿勢を見せれば税を上げられ、国家間の行き来を制限され、酷い場合には反政府勢力だと断定されて軍隊の制裁対象となる。
「それでも、今回ばかりは簡単に頷けねぇ。はっきり明言された訳じゃないが、選帝の競儀のためだと言って亜竜を全滅させかねない。あの人数を見れば分かるだろう?」
「ざっと数えて五十人、素材を得るには多いですね。それにあの格好は……」
「ああ、あいつ等は狩人じゃねぇ、軍人だ。それほどの脅威でもない魔物を狩るのに軍隊が出動するなんて話、聞いた事がねぇよ」
南大陸で魔物間伐部隊が活動しているとは聞いていない。それを思えば、かなり特別な事例なのだと分かる。
加えて、亜竜を全滅させる事への懸念も理解できた。
魔物領域の環境を管理する気もなく、討伐数だけを目的に魔物の死骸を放置したなら、エルフ達の帰投後に大変な事態が起こる。
亜竜、つまりは周辺の生態系の頂点に位置する魔物が突然全滅した後は、その死骸をめぐってあらゆる魔物が争いを始める。魔物からすると、高魔力を含有した餌が簡単に手に入る事態なんて本来なら有り得ない。理性など働かず、とにかく餌を手に入れようと魔物達が入り乱れる。
そうなってしまえば、強力な魔物が有利とも限らない。群れる魔物の方が多く餌にありつけるかもしれない。亜竜の肉を取り合って倒れた魔物が出れば、それも良質な餌となる。そして、普段では得られない魔力を取り入れる事で急激に数を増やし、一部の魔物は上位種へと進化し、混乱はますます加速していく。
増え過ぎた魔物はその勢いのまま人里を襲うし、上位種となってより多くの魔力を必要とするようになった強力な個体もそれに続く。
熊人の国でのロックパイソンも、死骸は持ち帰った。ライハーンさんが素材として売る目的があったからでも、最悪は免れた。それでも満腹鼠の氾濫が起こったくらいに環境の変化が魔物を狂わせるのだから、周辺国家にとんでもない被害が出るのは間違いなかった。
野次馬の狐人がそこまでの事態を予見できていなかったとしても、狩人が収入源としている亜竜がいなくなるだけで国の経済状況が悪化する。仕事を求めて狩人が移動したなら、周辺の安全が損なわれる事態だってあり得る。
かなり深刻な状況と言えた。
「狩人達は考え直してほしいと言ったんだ。自分達の討伐分をそのまま差し出してもいいからと」
「でも、聞き入れられなかった訳ですね?」
「ああ、あいつ等はこっちの説得なんて聞かねぇからな。おかげであの有様だ」
倒れた狐人達は狩人だったらしい。反抗の意志がない事を示すためか武器は持っていないけれど、言われてみれば革製の防具は身に着けている。
「で、今も活き活き乱闘中の女性が殴り掛かった、と」
「ああ、スカッとしたぜ!」
その展開は容易に想像できた。
赤の狩人の噂を聞いた時点で私が来るのをおおよそ予測できたとは言え、こちらの都合を一切考慮せずに召還した熊人達への協力を受け入れたほど情に厚い彼女が、エルフの理不尽を黙って見ていられる筈もない。
別に止めるつもりもなかった。既に国としては敵対しているのだから、ここで改めて戦端が開かれたとしても問題はない。
「私はジョゼット・ミラーブ、赤の狩人と行動を共にする者! いい機会です、ここでエルフ打倒を宣言しましょう!」
狐人と無関係だと明言する事も忘れていない。
私としては、このまま彼等の駐屯地へ殴り込んだところで何ら問題はなかった。むしろ、そのくらいでないとジュートの血の気は引かないかもしれない。
それに、エルフの戦力を計るいい機会でもある。田舎の基地だから最新鋭の武器までは導入されていないとしても、本国の武装を推察する材料くらいにはなると思う。
とりあえず、多人数を相手にファイサルさんが苦戦する状況で、五十人を相手に立ちまわるのはジュートにも荷が重そうだとシャハブの投入を考えた時だった。
「――‼」
一瞬前までジュートのいた地点が爆ぜた。
火属性の魔法だとは思う。でも、その前兆がなかった。
通常、魔法を使うなら撃ち出すより前に魔力が物質化する。この場合の“物質”はこの世界の定義で、属性を持つ全て。
例えば火球魔法を使うなら、術者のイメージに沿って炎が巻き起こり、球状へと凝縮する。離れた地点へ魔法を発生させる場合も同じで、炸裂より炎の形成が先となる。私の臨界魔法だろうと星墜魔法だろうと例外でなく、天罰模倣魔法だって上空での準備が要る。
けれど、先ほどの魔法にはそれがなかった。
ジュートが回避できたのはほとんど偶然。
彼女が高速で動いていたのと、武闘派貴族としての直感でしかなかった。僅かな違和感、エルフの一人から向けられる殺意が、彼女にその場からの退避を選択させた。
多分、狙われたのが私だったなら無防備なところへ直撃していたと思う。情報収集を優先していて良かった。
それでも、魔法が通じるとエルフ達に判断されてしまったらしい。メリケンサックで剣を砕き、石の鎧で銃弾を弾くジュートへ向けてほとんどのエルフが短杖を構えた。
地、水、火、風、様々な魔法が何もない空間で次々と爆ぜる。
ジュートはその全てを躱していた。何を察知しての回避行動かは分からないけれど、完全に不意を突かれた初撃より余裕が見えた。辛うじて言えるのは、おそらくフェイントで着弾箇所を誘導している。
でも、そんな真似ができるのはジュートだけ。
ファイサルさんは無防備だった。だからと彼だけ見逃してくれる筈もない。エルフの短杖はファイサルさんへも向いた。
「させないっ‼」
私の指示より、シャハブの方が速かった。
エルフの魔法が炸裂するより前に、ファイサルさんを突き飛ばして術師との間に割って入る。
しかも、神速のシャハブの抵抗はそれで終わらない。
エルフの魔法が発動するのとほぼ同時に、シャハブ自身が燃え上がる。魔法は全て大火力に飲まれた。
あーあ、シャハブが本気になったよ。
こうなると魔法がどうとか、多勢がどうとか関係ない。ここからは一方的な蹂躙になるね。
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