炎の獅子獣人とエルフの魔法
敵の魔法が不明な状況で、シャハブの選択は間違っていなかった。
見たところ、エルフの魔法も物体を透過するような能力は持っていない。防御を突破するとか、内部で爆発させると言った使い方は見られなかった。あくまで、何もない空間に突然魔法が発生するだけ。
つまり、魔法で防御可能という事でもある。
でもって、あの状態のシャハブは攻撃と防御を同時に行う。
火炎獅子魔法。
己に張り巡らせた魔力を極大まで高めた時、シャハブの体毛は炎となって燃え上がる。その言葉の通り、炎と一体になった状態と言えた。
ああなってしまうと、動作そのものが魔法としての効果を持つ。踏み込みの瞬間、足元が爆ぜて推進力を生み、振り上げる拳は高熱が噴流を発生させて加速する。インパクトの瞬間には爆裂の威力を追加して対象を破砕できた。当然、強化魔法の効果も跳ね上がる。
ちょうど目の前では、直撃もしていないのに爆発の衝撃波だけで六人のエルフが吹き飛んでいた。地面に叩きつけられる前に意識を失っている。
「あれ、直接当てないように加減していますわね」
あの状態のシャハブに援護を必要ないと引き揚げてきたジュートが、魔法で圧倒しながらの気遣いに呆れる。いくら彼女でも、シャハブの本気の前では足手纏いにしかならない。
「ああでもしないと、簡単に穴が開くからね」
「魔法の仕掛けが分からないから念を入れたのは分かりますけれど、そもそも対人で使うような魔法ではありませんもの」
「甲殻亜竜相手でも打撃点周辺が炭化して、一撃で絶命したくらいだからね。防具もほとんど意味をなさないし」
基本的に防具って言うのは防刃や衝撃軽減を目的としたもので、遮熱を想定していない。この世界では火属性の術師とか炎を吐く魔物とかいるから耐火付与を施している場合はあるものの、それでも竜の息吹にまで対応できる訳じゃない。そんな伝説級の装備は国にいくつもなかった。――ただし、現在の南ノースマークを除く。
魔法による防御は、供給する魔力量以下の攻撃しか防げない。
逆を言えば、防御側の魔力量が上回っているならどんな攻撃も届かない。
今のシャハブがまさにそれだった。
エルフ達の魔法攻撃は続いている。むしろ、近づかれないようにと激しくなっているくらいだった。シャハブの周辺では魔法が次々と炸裂している。ジュートと違って敵意や殺気を察知するだけの経験や着弾位置を誘導する技術のないシャハブは、さっきから何度も直撃を受けている。
けれど、まるで動じない。
膨大な魔力を炎として身に纏ったシャハブは、肉体にまで衝撃が伝わらない。エルフ達の決死の魔法も、シャハブの炎を揺らせるだけだった。障壁としても機能しているので、銃弾すら炎で絡みとり、速度を殺して融解させる。
「な、何だ、あの化け物は⁉」
「獅子人風情が、何故あんな……?」
「もっと魔力を振り絞れ! 獅子人なんぞに我々が負けるような事があってはならない」
「し、しかし、出し惜しみなんて……うわぁっ!」
「ひっ……! こっちに来るな!」
目にも止まらない速さでエルフ達を次々吹き飛ばし、接近するだけで炎に巻かれる。そんなシャハブにエルフ達も逃げ腰になり始めていた。それでも侮蔑を忘れない性根はどうかと思うけど、その代償はすぐに支払っている。
「私、獣人は魔法を苦手としているものだとばかり思っていましたわ」
「それは私も同じ。でも、南大陸に来てから考えを改めた」
「そうなんですの?」
「うん。エルフが魔法に長けた種族だって情報の真偽は分からない。確かに不思議な魔法の使い方はしていたけど、それほど多くのエルフを見た訳じゃないからね。でも、少なくとも獣人は私達無し人よりずっと魔法に適した種族だったよ」
獣人が魔法を苦手としてきた根拠は、強化魔法に偏っていて外部放出が苦手な点と、魔法の習得方法が共有されていないせいでほとんどが独学である点、この二つに集約できた。
前者は種族の特性だからどうにもならない。
とは言え、身体強化は使えるのだから魔法自体に適性がない訳じゃない。それに、獣化してしまえば術師タイプであってもその姿に相応しい身体能力が得られる。
これは、潜在的に強化魔法が備わっている事実に他ならない。
人型形態時に自身の魔力操作で身体能力を向上させられなくても、獣化したなら本能が魔力を身体に張り巡らせてくれる。
そもそも獣化自体、魔力が作用していなければ現象を説明できない。
起立した状態から四足歩行へ移行するのだから、骨格や筋肉も変容してしまっている。けれど、可変可能な特殊な構造をしている訳でもなければ、形を変えられるほど柔らかい骨を持っている訳でもない。
おそらく、ただの人間より多くの魔力を保持しているのだと思う。
私が自由に箒を伸縮させているのに近い。この世界のあらゆる物質は魔力を含有している。物体を構成する一要素と言ってもいい。分子同士、細胞同士の結びつきに魔力が作用する。そこで、そこへ干渉する事で物体の大きさをある程度操作できた。大量の魔力を送り込んで物質化させれば大きく、できる限り魔力を抜いて外からの圧力を加えれば小さくと、際限なくという訳にはいかないけれど、魔力の操作次第では形状も変えられた。
とは言え、かなり高度な魔法技術には違いない。対象と同一素材へ魔力を加工する訳だから、相当量の魔力も必要とする。私が常用している例外を除けば、軍が採算度外視で一部の大型兵器を運搬する目的に利用しているくらい。それだけ、魔力操作の精密さと必要魔力量が並外れていた。
そんな技術を、獣人は取り入れている。
多分、形状記憶に近いのではないかと思う。人型と獣型、二種類の形態が遺伝子に刻まれていて、意識的なスイッチで変容できる。形態が限定されている分、無意識化での発現を可能とする。そして、獣と同様の運動能力が得られるという認識が、身体強化に必要な魔力をも自動で張り巡らせる。
魔素を取り込んで魔力を生み出す機構のように生態に組み込まれているだけだとしても、それが可能なだけの素養を持った獣人が魔法に適していない訳がない。
「その最たる根拠が、あの状態のシャハブかな」
「炎と一体化した?」
「うん。と言っても、シャハブの全身が一体化している訳じゃないよ。燃えているのはあくまで体毛だけ」
「そうなんですの?」
流石に人体全部が炎と化すと、生物として逸脱が過ぎる。魔法だってそこまで常識外れじゃない。
「獣人の体毛って、魔法の触媒として機能するみたい。魔力の安定、増幅、術式構築の補助と言った恩恵が常に得られている。強化魔法の習得者が妙に多いのも、そのあたりが原因なんじゃないかな?」
「魔法の補助……、つまり、魔法の杖と同等のものを常備している状態だと?」
「そう。体中を魔法の触媒で覆っている訳だから、魔力を薄く張り巡らせる操作も容易になる。シャハブの強過ぎる火属性魔力だって、ああして上手く活用できる」
「なるほど、常に魔法触媒の恩恵を受けた種族。これ以上の適性はありませんわね。そして自分の内側での魔力操作に慣れた分、外部放出に苦手意識を持っている訳ですのね」
「それも、今後次第じゃない? だって、ほら」
私が指し示した先では、シャハブが突き出した拳から熱線がほとばしっていた。
あれは魔法籠手を使っている間にシャハブが習得したもので、火炎獅子状態でなくとも放出できる。それまではシャハブも放出系の魔法へ苦手意識を抱いていたものの、魔法籠手で実践しているうちにコツを掴んだらしい。
そうして自己学習してしまえる才能は、シャハブの独自性なのだろうけど。
「魔力操作を理論立てて学んで、本人の感性に合わせて魔法像を思い描けるよう指導すれば、きっと獣人達は魔法の才能を開花させる。シャハブは特別だとしても、他の獣人達もこれまで機会に恵まれなかっただけで大きな可能性を秘めているよ」
「確かに、ファイサルさんがいい例ですわね。あれだけ苦手だった魔力操作も、スカーレットの指摘でめきめき上達していますもの」
「気持ちが折れるかもと心配していたけど、意外と向上心も高かったね」
「三発目の集束魔法が撃てた時はちょっと驚きましたわ」
二発の限界から一発増えただけ、などと侮ってはいけない。
集束魔法一発分の魔力漏れを短期間で解消した訳だから、かなりの成果と言える。そのためにも地味な鍛錬を頑張っていた。
そこへ、熊人の毛皮が補助として貢献したのも間違いない。彼のように獣人達が正しく魔法と向き合っていけば、獣人社会は大きく変わる。
きちんと魔法を習得した獣人達が徒党を組んだ時、エルフ達は対抗手段を持つのかな?
獣人が魔法を苦手としているなんて、自分達の優位性を譲りたくないエルフ達が流したデマか、実績を持たない事から生まれた獣人達の劣等感の表れでしかないのだと思う。
そして、そんな風聞を打ち破ろうとする象徴は、今私達の前で煌々と燃え上がっていた。
「待て、待て、待て、待て…………うぎゃっ!」
「こんな、我々が……、悪夢だ……ぐぇ!」
「助けて……、助けて……、助け……あああああっ‼」
ついでにエルフ達の思い上がりもへし折っている。もう連中にとってシャハブは炎の悪魔でしかないらしく、抵抗の意志は残っていなかった。散り散りになって逃げるところを神速のシャハブに捕まっている。
それでも、無秩序に逃走されると討ち漏らしが出る心配はあった。気を失う程度に地面や壁に叩きつけられ、ちょっと火傷しているくらいでしかないから、息を吹き返して慌てて逃げ出す者もいる。やはり経験の浅さから、ジュートのようにしばらく動けないほどの無力化はできていなかった。
ここでの事が基地に伝わると狐人の町へ報復の軍が差し向けられかねないので、ちょっと私も手伝う事にする。
幸い、あれだけシャハブに対して魔法を撃っていれば、エルフが何をしているのかもおおよそ把握できた。
ノーラのように魔力の挙動を直接目視はできないけれど、魔法の残滓であるモヤモヤさんが見えるから、間接的な補足は可能だった。そこから推察すると、エルフ達は短杖や意識をシャハブへ向ける前に、自分達の魔力を周囲へ広げている。
言ってみれば、あらかじめ空気中へ火薬を蒔いているのに近い。着火源を先に広げているから、魔法の発現、魔力の物質化の手間は最低限で済んだ。
「ええと……、こうかな?」
原理が分かれば模倣もできる。折角なので実験してみる事にした。
「……? 何故だ、魔法が?」
「どうした? どうして爆発しないっ⁉」
途端にエルフが叫び始めたのは、広げた筈の魔力が私の魔力で押し流されたから。
この魔法、発動前は陣取りゲームみたいなところがある。周辺の空間を占領したなら、連中の魔法はもう機能しない。
「それから目標を定めて魔法を炸裂させ………………あ」
どかん‼
「…………」
「…………」
火薬を広げるイメージをしたのが不味かったのだと思う。
私が狙った目標箇所だけでなく、魔力を広げた一帯全てに燃え広がった。火属性の選択も、こうなった原因の一つだったと思う。
ジュートとファイサルさんからの視線が痛い。
「お姉ちゃん、酷い……」
爆風と同じ速度で退避してなんとか巻き添えを免れたシャハブからも、恨みがましい視線を向けられてしまう。事前通告もなく、彼の速度でなければ回避は不可能だったから無理もない。
ホントにごめん……。
当然ながら、視界のエルフは全て吹き飛んでいた。それでも、辛うじて死者は出していない。もっとも、それは加減したからではなく……。
「威力をそれほど上げられないのがこの魔法の欠点かな。魔力を薄く広げて奇襲には向いてるかもだけど、一撃で仕留められるほどの威力は出ない。正当化する訳じゃないけど、シャハブが傷付く事態にはならなかったんじゃないかな」
「…………」
「それと、照準も曖昧になりがちだね。魔力を目視できるならともかく、そこに自分の魔力が広がっている筈だって認識だけなら、実際の状態と齟齬が生まれかねない。そのあたりは実戦経験次第かもだけど」
「……スカーレット、言うべき事はそれですか?」
「ごめんなさい、失敗しました」
よく分からない魔法を、いきなり実践してみるべきじゃなかったね。
いや、きちんと反省しています。
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