いざ空の旅へ
即席飛空艇の製作は一週間ほどで仕上がった。それほど難解な構造を作る余裕がないのもあるけれど、豚人国長ライハーンさんが素材を急ぎで集めてくれたのが大きい。
彼が協力的だったのは、飛空艇の技術を知りたがったから。
当然ながら、こちらの大陸に航空機は存在しない。
一部の風属性術師は風に乗れるものの、それを魔道具にするだけの技術は発達していない。ヒエミ大陸でも王国と皇国でしか実用化していないくらいだから、かなり高度な技術を必要とするのが理由の一つ。
それから南大陸での特徴として、適性のある術師が鳥人に集中しているのも要因として挙げられる。空を飛ぶための魔法感性が種族特性と紐づいているらしい。
魔法感性に恵まれない以上、魔法を得意とするエルフも飛翔技術を習得できなかった。
そしてもう一つ、風属性による飛行は個人の感覚差が大きい点も強く影響していた。これはヒエミ大陸でも解決できていない問題で、術師によって抱くイメージが大きく異なってしまう。風の流れを目視してその勢いに乗る者がいれば、風を周囲に張り巡らせて自分を浮かせるための力とする者もいる。フランは前者、オーレリアの場合は風と一体化した状態を想像するのだと聞いた。
しかも飛びながら感覚的に微調整も加えるものだから、付与魔法用の標準術式化が難し過ぎる。おそらく今後も、個人の技術であり続ける可能性が高い。
そんな訳で、ライハーンさんからすると飛行技術は垂涎の代物だったらしい。
素材費用を全て無料にするから製法を教えてほしいと願われたほど。
本人が飛んでみたいのは勿論、飛空艇を実用化できれば巨万の富が手に入ると画策していた。そのために投資を躊躇わないのだから儲ける資格はある。
あんまり何度も頼みに来るものだから、反重力魔法を付与した基板を渡しておいた。あの熱意で研究を続けられたなら、数十年くらいで模倣が可能になるかもしれない。あくまで持続すれば。
優秀な鑑定術師を雇って、どういった魔法か、どんな現象か、何属性かを検証して、反重力魔法を一から組み立て、付与魔法で再現しないといけない。私達でも数週間かかった工程で、気持ちが折れたなら百年あっても完成しない可能性が十二分にある。
そのくらいの基礎技術の差だった。
単純に劣っているとは言わない。けれど、自然物の利用を前提としているから方向性が大きく異なる。
私にとって鉱化スライム片は二束三文の量産品なので、無償での素材提供に魅力は感じない。それより、彼の情熱が奇跡を起こすかどうかに興味を持った。私なら、手段を択ばない。エルフやドワーフに協力を求め、最先端の知見と技術を導入し、大陸中を巻き込んで完成を目指す。
それでも開発が成功する頃、間違いなくヒエミ大陸では常用化しているので損はない。
そうして迎えた出発の日。
空飛ぶ乗り物が見られると噂になって、大勢の獣人達がファイサル氏のお屋敷に詰め掛けていた。
「歴史的瞬間に立ち会おうと、こうして集まってくれた皆に感謝する。これより我々は空を舞い、禁忌とされる竜の棲息地へ踏み込む! 当然危険を伴う旅となるが、必ず戻ると約束しよう!」
などと演説を始めるファイサルさん、かなり好奇心が強い質だったらしく、私達との同行が決まっている。空の旅、竜の討伐、エルフ打倒の瞬間が見られるならと、絶対服従まで誓約して許可を勝ち取った。
「このファイサルが、前人未到の偉業を見届けよう! この大陸の変革は、ここヒュウガライツから始まるのだ!」
国を留守にして大丈夫なのかと問えば、息子が優秀だからと譲位まで済ませてしまった。引継ぎは最低限だけれど、幹部が優秀なので任せられるらしい。同じく同行を願ったタリクさんは、国を任せられる人材がいなくて断念している。
ちなみにライハーン氏は飛行基板の解析に夢中で、虎人の国長は弟のハリファ氏に代わった。今は支持基盤作りで忙しいらしいけど、腕力面はともかく元々弟さんの方が人望を集めているとの話だった。
「おお! 浮いた、浮いたぞ……! これから我等は、あの大空へ向かうのだ!」
「「「「わああああああ、わあああああああああああぁぁぁ……‼」」」」
上昇をはじめただけで大騒ぎして、元国長を恐れると同時に慕う熊人達も大歓声で見送る。
「凄い! お姉ちゃん、飛んでる! ホントに飛んでるよ!」
「流石スカーレット、あれだけ急ごしらえでもしっかり飛ぶものですわね!」
飛行経験の少ない帝国人のジュートとシャハブもはしゃいでいるけれど、残念ながら一緒になって喜びを分かち合う段階に私はいない。
私にとって空を移動するのは既に日常だからね。
この飛空艇、実は自動車に似た外観をしている。前世の車形はあまり記憶に残っていないので、参考にしたのは侯爵家の車。
どうして領地産のものじゃないのかと言えば、コキオで車に乗っていないから。長距離移動ならウェルキンがあるし、近くへ行くなら歩けばいい。加えて自分で飛べるから自家用車を必要としていなかった。
そして、車に似せた理由は私の都合。
操縦するのは私になるので、ハンドルを握った方が感覚を掴みやすい。昇降するためのレバーや推進用のペダル、操舵感度等を調整する余裕はなかったため、操縦は鉱化スライム片で制御する。ハンドルはあくまで飾り、イメージを的確に伝えられるよう補助目的で取り付けた。
でもって、動力は私。
魔力供給が安定しない状況で空を飛ぶ以上、安全な魔力源は私しかなかった。南大陸では魔導変換器より魔素吸収範囲が広い私でないと、連続飛行可能時間が大きく下がってしまう。それでも、魔法で自分達を浮かせるよりは神経を使わずに済んだ。
それから素材量の都合上、車体サイズは軽自動車くらいしかない。
ライハーンさんがどんなに頑張ろうと、無いものは集められない。
これには、ファイサルさんが非常に不満そうだった。何しろこの人、獣化していない状態で二二〇センチ近くある。同行が決まった時点で、片開きのドアを両開きに変更したほど。
「うーむ。小さな扉をくぐると内部にだだっ広い空間が広がっていると言うのはどうにも慣れんな。快適ではあるが、これは北大陸で一般的な魔法なのか?」
「そうですね。まだ十年は経っていませんけれど、それなりに活用しています」
主に私は、だけど。
残念ながら、首を振っているジュートはファイサルさんの視界に入っていなかった。
王国で技術を公開して約三年、広く認知はされていても導入した例は実のところ多くない。常時魔力が供給されていなければ空間が決壊する事故が起きかねないって印象が強いらしく、一部の輸送目的でしか利用できていなかった。魔導変換器の一般化で魔力供給量が安定しても、何故だか空間拡張より積載車を増やす選択の方が多い。
「私の収納と同じです。外からはそれと分からなくても、見た目よりずっと多くのものが入れられます」
「おお! 魔石や大量の精霊石を何処から取り出しているのかと思ったら、そうなっていた訳か。便利なものだな」
もともとはミニ箒の持ち運び用で、ちょっとした手荷物は空間収納の中に入れてある。あんまり何でも持ち歩くと、だらしがないとフランに叱られる。なので、青い未来製ロボットほど色々なものは入っていない。
「お姉ちゃん、お腹空いた。お菓子出して」
死の淵から蘇生した時点で私の事は超常存在だと思っているのか、シャハブは私の魔法に驚かない。それどころか、間食用のお菓子だとか旅の途中で買ったおもちゃだとか、割と便利扱いで渡してきた。
可愛い我儘だから、つい甘やかしてしまう。
「シャハブ、一息つくのは後です。まずはあれを片付けますわよ」
「え……、あ! うん!」
最初に気付いたのはジュートで、前方の森から黒い粒が複数上がってくる。距離があるから姿をはっきり識別できないけれど、魔物の群れで間違いない。
「棘蝙蝠……かな? 触ると痛そうな外見をしてる。数はかなり多いよ!」
敵の種族を特定したのはシャハブ。望遠鏡も吃驚の視力を持っている。
飛空艇の外装には不壊属性を付与してあるから、傷つけられるような心配は要らない。それでも、あんまり数が多いと視界を遮られそうだった。南大陸ではまず見られない高魔力パーティーなので、接触が叶わないからと諦めるようには思えなかった。
「蝙蝠の飛行速度はそれほどでもないから、あの地点を避けて振り切る事もできるよ。どうする?」
「これから何度接敵するか分からないのです。数が多いだけの魔物など蹴散らしてしまいましょう」
「お姉ちゃんが作ってくれた武器のお披露目だね!」
「ええ、粉微塵にして差し上げますわ!」
飛空艇の製作と並行して、防衛用の武器も開発していた。私が操縦に専念する以上、魔物に対する備えは必須になる。
特にシャハブとジュートは近、中距離に特化していて遠方への攻撃手段を苦手としているので、専用魔法籠手を作った。
『焼き払えぃ! 火属性集束魔法』
『地属性集束魔法、発射ぁ!』
しかも、火球魔法や石礫魔法を撃つ汎用魔法籠手と異なり、他属性版集束魔法を放つ特別製。飛行中の戦闘を想定して火力を上げてある。
その威力は私のレーザー魔法に匹敵して、一度に数十匹の棘蝙蝠を塵に変えた。
ちなみに、発射時の音声はハスキーボイスがなかなか渋かったライハーンさんの声を録音してある。飛行基板の対価の一環で。
「あはは、あははははは! 凄い! カッコいい! あんなに大きな群れが、あっと言う間に消えてくよ!」
「おーーーほっほっほっほ……! 私達の敵ではありませんわね!」
「……我の分はないのだろうか?」
窓から乗り出す二人があんまり楽しそうに魔物を狩っているものだから、ファイサルさんが羨ましそうに混じりたがっている。当然、彼も遠距離への攻撃手段を持っていない。
高度な魔法を放つ関係上、使用者に合わせて調整してあるからシャハブから借りるって訳にもいかない。ついでに、基板を交換して魔法を切り替える機能も省いてある。
「一応用意してありますけど、かなり疲れますよ?」
「あの体験ができるなら、何でも構わん!」
張り切って身を乗り出したファイサルさんだったけれど、集束魔法を二発撃つと息も絶え絶えと言った様子だった。
一方で、棘蝙蝠が簡単に全滅してしまって物足りなさそうな二人が撃った回数はそれぞれ五回を超える。それでもまだまだ余裕がありそうだった。
「こ、ここまで違うものか……?」
これまで強者であることを誇りにしていた熊人の元国長はショックを受けている。勇者として召喚したジュートはともかく、シャハブとの差により愕然としたようだった。虎人ナージフ氏との件で劣っているとは自覚していても、これほどとは想像できていなかったのだと思う。
私の魔力の影響を受けたシャハブが別格とは言え、暴力で四か国をまとめ上げてきたファイサルさんも、魔力量の平均からすると大きく逸脱している。それでも残酷に隔たりができてしまっている要因の一つに、彼の魔力操作の不得手があった。
魔力の扱いについて形式化されておらず、独自の解釈で魔法を習得した弊害だった。魔力を籠手へ伝える際、少なくない魔力が漏れてしまっている。集束魔法の必要魔力量以上を浪費していた。
このまま力量差に打ちひしがれてもらうべきか、基礎からやり直せと現実を突きつけるべきか、少し悩んでしまう。
けれど私が答えを出す前に、ファイサルさんは自力で立ち直った。
「我の役目は見届ける事。足手纏いだとは前から言われていたのだから、今更気落ちしたところで仕方ない。それより、空を飛ぶ魔物も我等を阻むことはできなかったと喜ぶべきだな、うむ」
意外とメンタルは強いのかもしれない。
「荘厳轟々号の順調な滑り出しを祝おうではないか!」
「ちょっとお待ちになって。この機体に勝手な名前を付けないでくださいませ。高雅なるフィルママンと決めていますの」
「えー! お姉ちゃんが作ったんだから、スカーレット号に決まってるよ!」
突然の言い争いが始まって、そう言えば命名を忘れていたと気が付いた。朝まで調整に集中していたから、その余裕がなかったとも言う。
あくまで移動手段として急造したもので、愛着が湧くほど乗り回す予定がないってのも大きい。
とりあえず、シャハブの案は一番ないかな。
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