鉱化スライム片の価値
岩のような鱗はあらゆる銃弾をも弾き、十メートルを超える巨体は人間なんて一飲みにしてしまう。中途半端に刺激して暴れられようものなら、周囲の木々を薙ぎ倒し、地面を大きくえぐり、地形までを変えてしまう。
ロックパイソンと言うのはそういう恐ろしい魔物だった。
ヒエミ大陸の等級で壊滅種、小さな町くらいなら滅ぼしてしまう。軍事技術が発達する以前、そういった話はいくつもあった。岩で覆われた山岳地帯を好み、人と生活圏が被らないおかげで比較的損害は少ないものの、今でもロックパイソンの目撃情報があったなら、間伐部隊も装備のレベルが一つ上がる。そのくらいの用心を必要とする脅威だった。
そんな個体を容易く討伐してしまったものだから、血栄導盟煉としては大きな期待を抱いてしまった。
それを証明するように、熊人の国長ファイサル氏の他、虎人ナージフ、豚人ライハーンと主要人物がヒュウガライツに集まっていた。兎人タリクさんも合流したので、共栄圏の重鎮が勢揃いする事になった。
極道同然の強面の獣人が顔を揃えて、穏やかに話し合いが進む筈もない。
「貴様に従え、儂等にそう言うのか⁉」
茅葺き屋根にレンガ造りとちょっとアンバランスに思えるファイサル氏のお屋敷で、かなり短気らしい虎人代表の声が轟いていた。ファイサル、ライハーン両氏も不満げな顔を隠そうとしていない。
「ええ、強者が頂点に君臨し、傘下の者は服従する代わりに庇護を得る。それがここの習わしでしょう? それなら、貴方達を支配するのに相応しいのは私とスカーレットですわ」
「強さっちゅうんは、従える者の多さでもある。お前さん等は二人しかおらんが、儂等が声をかければ百人を超える猛者達がこの屋敷を取り囲む。それでも強気でいられるか?」
「問題ありませんわね。命じた貴方のせいで百人が死体に化けるだけです。試してみます?」
「ぐぬぬぬぬ……!」
喧嘩を売るなら得意だと言うのでジュートに任せてみたら、見事に煽ってくれている。
このまま実力行使に踏み切ってくれれば都合がいい。
四か国の猛者百人が集ったならロックパイソンくらいは討伐できるかもしれないけれど、ジュートを相手にするには足りていない。筋骨隆々の虎人が凄んだところで、猫の威嚇ほどの脅威も感じなかった。
「あー、ナージフの旦那、試そうなどと考えない方がいい。間違いなく返り討ちに遭うぞ」
「タリク! 貴様はどちらの味方だ⁉」
「お前さんの側でありたいとは思っているよ。だが、ここで交渉が決裂すれば、こっちが一方的に蹂躙されるだけじゃあ」
地面を隆起させて山を演出したところや魔力波集束魔法を見たせいで、タリクさんの評価は上がるところまで上がったらしい。
「貴様、儂等が負けるっちゅうんか⁉」
「ああ、そう言っている。勘違いしているようじゃが、そっちの姐さんはロックパイソンを難なく倒して見せたんじゃろう? 精鋭百人で何とか倒せる程度の我々では話にならんよ。それでも納得できんなら、痛い目に遭うのは虎モンだけにしといてくれ」
「そこまでなのか、タリク?」
力自慢の兎人があっさり白旗を上げる様子を見て、ファイサル国長が関心を示す。彼は虎人ナージフと違って高圧的なだけではない様子だった。
「こっちの姐さんに至ってはそれ以上じゃあ、大将。ここに来る途中で魔物の氾濫があったんじゃが、姐さんはそのほとんどを消滅させおった」
「聞いたぞ。満腹鼠じゃろう? そんなもの儂にだって……」
「話を聞け、ナージフ。叩き潰すくらいなら誰にでもできる。あっしは“消滅” と言ったんじゃ。お前さんにそんな真似ができるのかい?」
「ぬう……」
「エルフの中には千年くらいに一度、常軌を逸したバケモンが生まれてくると言う。姐さんはそれと同じか、それ以上と考えた方がいい。ロックパイソンどころか、竜の討伐経験まであるっちゅう話じゃからな」
「「「⁉」」」
この大陸にも少数ながら竜が棲息する。魔素濃度が低いため壊滅種が最も恐れられる社会で、別格と言える。基本的には南の奥地に籠っているものの、時折人里へ現れた際には伝説級の災害として記録されていた。
「タリク、いくらなんでもそれは……」
「そ、そうだ! 口先だけならいくらでも……」
ゴトリ――
「「「⁉」」」
弾丸列車の試作用にと偶々空間収納に入っていた魔石を取り出すと、騒いでいた獣人達は静かになった。他の素材はないから竜のものであるとの証明にはならなくとも、その大きさと含有魔力量は一線を画している。
「これまでの非礼を詫びよう。それで、お客人は我々に何を望む?」
流石にファイサル氏の態度が改まった。狩人ギルドで聞いた話によると、竜殺しの前例はないって事だったから。
何人か叩きのめしてから主導権を得るつもりだったけれど、タリクさんのおかげで平穏に話し合いの場が整った。血栄導盟煉をまとめ上げているのはファイサル氏なので、不承不承と言った様子のナージフ氏やまだ不満を抱えていそうなライハーン氏は放っておく。
「私達は竜討伐へ赴く予定です。そこまでの食糧支援と、竜や選帝競儀、召喚魔法陣に関する情報提供、それから移動手段作成のための素材提供ですわね」
「移動手段の作成?」
「馬車では時間が掛かり過ぎますし、竜の棲息地点までは近付けないでしょう? ですから、こちらで独自手段を用意しますの」
具体的には簡易型飛空艇。
シャハブに加えてジュートが仲間入りしたので、私が操縦に専念しても警戒と防衛を任せられるようになった。帰還より連合国への損害を優先すると言っても、私の消失で混乱しているであろう王国も放ってはおけない。
なるべく早く素材を集める上で、比較的栄えた四種族共栄圏は都合が良かった。
「こちらが望む素材をできるだけ早く調達してくださいませ」
「な……! これほど貴重な素材を⁉ 金はあるのか? いくら武力に圧倒的な差があるからと、これほどの素材を強奪しようと言うのは非道だろう?」
リストを見せるなり吠えたのは豚人ライハーン氏。彼は金勘定が得意らしい。パッと見るだけで価値が計算できるのは話が早くて助かる。タリクさんによると、暴力で国を支配する他の三人とは異なり、資金力で殴るタイプだとか。
「支払いはこちらでどうでしょう?」
「「「⁉」」」
これまた空間収納に入っていた鉱化スライム片をじゃらりと取り出すと、三度空気が凍った。
「精霊石⁉」
「しかもこれほど多くの?」
「北大陸ではそんなに容易に採れるものなのか⁉」
資金面の不安はずっと感じていた。衣食住なら盗賊の懸賞金で賄えても、本格的に魔道具を作るとなるとまるで足りない。魔物が少ないせいで素材の希少性が高いから余計に。
例えば無属性のマルチアイスラッグは危険種にも相当しない普遍的な魔物ではあるけれど、南大陸では辺境の洞窟の奥を探索しなくてはいけないほど珍しい魔物として知られている。数が少ないことに加えて捕獲も困難となれば、当然値段も跳ね上がる。ほとんどの魔物素材がこれに当て嵌まった。
けれど、それも狩人ギルドで得た情報で解決した。
彼等が精霊石と呼ぶ物体は、鉱化スライム片で間違いない。
南大陸ではミスリルやアダマンタイト同様に偶発的にしか産出されないもので、自然が生み出したものと信じられていた。太陽光を浴びて風を発生させる帆や湿度や温度を一定に保つ茅葺き屋根と同じで、不思議素材の一つとして扱われている。
これに関しては皇国で入手した際、魔操銃に多く使われていたから人工物に違いないと研究を進めたおかげで、原産国より先んじる事となった。
魔力は様々なものに含まれる。水や空気どころか光や炎にだって含有しているくらいだから、無機質だって例外じゃない。ただ、石や土から魔力を取り出せる魔物は多くない。一部地属性の魔物と、魔樹くらいがそれに該当する。
スライムも魔力含有鉱石を消化できるものの、捕食量が多いと自らが鉱物化してしまう。
けれどその瞬間に立ち会わなければ、特殊な宝石が自然発生したように見えたのかもしれない。しかも、意思を伝えると言うその特性は、他の魔法鉱石と比較しても超常の力が働いているように思えた。万物に影響を与える自然の根源力、つまりは精霊が宿ったのだろうと信じてしまうくらいに。
当然、とんでもなく高値で取引されている。小さな欠片一個で家が建つほどに。
それが数十個。
しかも、材料さえあるならいくらでも増産可能だった。当たり前の話だけど、製法を公開するつもりはない。ほとんど詐欺であっても、敵対国家が損をしたところで心は痛まない。品質的には自然産出物と変わりない訳だし。
ちなみに、竜の魔石は高価過ぎて現金化できなかった。鉱化スライム片で家が建つなら、竜の魔石はこの周辺一帯を買収できてしまう。南大陸には存在しない品質の魔石、現実的に換金できる範疇に収まっていなかった。
「対価が十分なら、正式な取引として扱おう。素材の調達は任せてくれ」
「いいのか、ファイサル? このままでは儂らの面子が……」
「タリクの言い分をすべて真に受けた訳ではないが、お前の威圧をこうもあっさり躱している以上、裏付けするだけの実力もあるのだろう。その上で持ち掛けられた取引を感情的に拒絶したなら、今度は賠償問題を持ち出されるのではないか? この二人は貴族、南大陸の要人を拉致してしまった訳だからな」
「あら、察していただいて助かりますわ」
「…………」
当然、拉致同然で召還した賠償だと飛空艇の素材を巻き上げる案もあった。けれど、無暗に話を拗らせるよりはと取り止めた。
道義責任的にも武力的にもこちらが有利な立場にはある。それでも、頑なに拒否されれば素材の入手が困難になるって弱みがあった。そこを突かれないよう、血栄導盟煉側の利益も用意してある。
それに賠償については、政府の圧政、傘下国家の統率不足が原因だと現政権へ突きつければいい。戦後の賠償についても搾り取るつもりだから、発展途上の共栄圏に無理を言う必要はなかった。
「こちらの要求に従っていただけるなら、鉱……精霊石はお譲りしますし、今後私が討伐する魔物の一部をこちらの国の点数として手続きしても構いません。勿論、私達の邪魔をしないでいただくことが前提ですけれど」
「……」
「止せ、ナージフ。これ以上恥を晒すな」
まだ不満そうな虎人をファイサル氏が止める。暴力や威嚇が通用しない相手に不満を垂れ流したところで、異議が斟酌される事はない。私にそのつもりはないけれど、こうした態度が吹聴されれば国長の信用が下がって共栄圏の結束が乱れる。
むしろ、その態度をシャハブに呆れられているほどだった。
この後、子供が生意気な態度を見せたと難癖をつけてナージフ氏が殴り掛かった結果、シャハブから綺麗にカウンターをもらっていた。
「どうして勝てると思ったんだろ?」
「さて? 実力差も読み取れないくらいですから、自業自得ですわ」
反射速度がまるで違う。ナージフ氏は不意を突いたつもりで、シャハブには殴り返していいものか私の反応を窺うだけの余裕があった。
ファイサル氏とタリクさんは恥の上塗りだと頭を抱えていたけど、暴力だけが自慢だった彼としては虚仮にされたまま終われない理由があったのかもしれない。それで虎人の国長が変わったとしても、仕方のない話だね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきます。是非、応援いただければと思います。




