スカーレットとジュート
ちなみに、この氾濫は偶発的な出来事じゃない。勿論偶然も働いているけれど、主に原因となったのは魔物の分布が大きく動いたことにある。
入念に調査した訳ではないから推測の域は出ていない。
それでも、そう間違っていないって確信があった。
魔物だって生きている以上はより良い環境を望む。普通の動物なら豊かな餌場だったり水辺の近くだったりするのだけれど、魔物の場合は魔力が得られるかどうかを重要視する。つまり、魔樹の棲息や魔力溜まりの有無、居住する動物の魔力含有量なんかが判断基準となる。
そして当然、魔物は弱肉強食なので周辺の優良な魔力源は強力な個体が占有してしまう。
弱い個体は、広い縄張りを移動しながら少ない魔虫やスライムを食べ集めるか、鼠や蛇のような低魔力含有生物を大量に捕食できるよう身体を作り替える他ない。満腹鼠は典型的な後者となる。
そうして生態系が構築される中、周辺の主とも言える強力な個体が討伐されたならどうなるか。
「もしかしてミラーブ侯爵は、魔物の飢餓状態を察してこちらに?」
「そこまでの事態を想定した訳ではありませんの。ただ、この山の向こうでロックパイソンを討伐した後、周辺から満腹鼠が消えたと聞きましたもので、こちらに移動しているのではないかと」
「魔物が移動した痕跡を追ったのですか?」
「ええ、ミラーブ領も多くの魔物領域と隣接した土地。魔物に対処するための技巧も嗜みですもの」
流石、殴り合いで継承問題を解決する家だけあって変な嗜みも持っている。今日もスパンコールのジャケットにショートパンツ、複数のアクセサリーとゴージャスだけど、ミラーブの一族はやっぱり普通の貴族じゃない。
実際、嗜みと言うだけあって魔物に関する見解は的確なものだった。
「ロックパイソンを討伐したのはいいのですけれど、それ以外の対処を行った様子がありませんでしたの。あれが広汎個体ならともかく、この一帯の食物連鎖の頂点に立つ魔物なら、同時に魔物の間引きも必要でしょう?」
脅威となっていた魔物が去ったなら、その土地を求めて魔物が移動する。すると空いた土地ができるものだから、移動は連鎖的に発生する。
当然、満腹鼠も同様に。しかも、ロックパイソンの傍に棲息していたってミラーブ侯爵の話から考えて、あの鼠はロックパイソンの餌でもあった。次に来る上位種に襲われないよう逃げる必要性もあった。
けれど、移動した先で十分の魔力が得られるとは限らない。
移動の過程で魔物同士が争い合い、その結果動物達が逃げ、土地が荒れているかもしれない。前に棲息していた種族が増殖傾向で、限られた魔力含有生物は食い荒らされているかもしれない。
この周辺を見ると、比較的古い木が多い。
樹木と言うのはその生態上、水や養分と一緒に地中に滞積する魔力を吸い上げる。そして魔物領域で成長する事で魔力に馴染んだ古木は、吸い上げた魔力を凝集させた果実を実らせるようになる。
魔物にとってはご馳走であるそれを、前に棲息していた魔物が全て収穫していっても不思議はない。結果、満腹鼠は十分な餌が得られず飢餓状態に陥った。
こうした不具合は環境が変化する上でどうしても起こり得る。だから、そうした魔物の暴走を避けるために、強力な魔物の討伐や群れの殲滅を行う際には周囲の魔物も間引いておく。個体数さえ減っていれば、魔物同士が争った被害や食料不足による異常行動を抑制できる。
軍が魔物間伐部隊を組織する動因には、こうして魔物を管理する目的もあった。
「それを怠っていたと?」
「怠ったと言うより、元よりその発想がない様子でしたの。力試しにと魔物を討伐して、ロックパイソンを仕留めたところで満足した様子でしたもの。そこで、後始末については忘れてしまっているのではないかと」
忘れているんじゃない。
知らないんだと思う――と、この場で言及するのは避けた。
「なんでぇ、姐ちゃん。アンタがロックパイソンを討伐したから今回の事態が起きたってぇ、言うのかい? しかも、それを予想できてたってぇ?」
「……伯爵、こちらは?」
「“血栄導盟煉”の一翼である兎人の国のタリクさん」
「そうでしたの。私、ジョゼット・ミラーブと申します。お見知りおきを」
「お、おう。どっちの姉ちゃんも腕っぷしがあるのに物腰が丁寧だな」
貴族だからね、って事実は辺境に暮らすタリクさんへ言っても仕方ない。
ともあれ、これで魔物に関する知識が不足しているとジョゼット様にも伝わった。
一頭引きの馬車、しかも護衛も連れずに移動を始めた時点で、魔物に脅威を覚えていないのだろうと想像がついた。人里近くに現れるのは弱い個体で、恐れる必要があるのは森の奥に潜む大型種くらいとなれば、警戒心が起こらなくとも無理はない。今回みたいな事態は滅多に起こらなかったのだと思う。
でも、無関心は発展を妨げる。
そうした事実はミラーブ侯爵の判断材料になるだろうし、これから待つであろう交渉にも有利に働きそうだね。
「今後は帰還を第一に考える、そう考えてよろしいのですのね?」
「ええ。こちらまで足を運んだのは召喚者を保護するためです。こうして合流が叶った以上、国へ戻る事を一応は優先すべきかと」
「一応?」
「王国と連合国は交戦状態にありますから、国力を削げるような機会があるならそちらを優先します」
「なるほど」
改めて馬車に乗り、熊人の国を目指す。
ミラーブ侯爵まで同乗するとなると車内が少々手狭なので、シャハブは外を走っていた。トップスピードを維持したまま走れる彼だから、普通の馬人と並んで走るだけなら軽い運動くらいでしかない。
「一応、熊人のファイサル殿から協力をお願いされているのですけれど、反故にして構わないものでしょうか?」
「いいのではないですか? こちらにはまるで利点がありません」
「召喚魔法について解析すれば、逆に私達を送還する方法もあるのでは?」
「選択肢の一つとして考えてはいますが、上手くいく可能性は低いですね。私と侯爵、解析を担当する人手としてはまるで足りていないでしょう?」
「……それもそうですわね」
ノーラあたりを召喚してくれたなら、その方法も考えられた。マーシャも地道な検分作業に向いている。でも、ミラーブ侯爵が魔法について詳しく精通しているとは思えない。実質私一人で魔法陣を解明して、送還魔法にまで逆転させるのは現実的じゃなかった。
「けれど、本格的に帰還を目指すとなれば、エルフやドワーフと事を構えるのは必須でしょう? 人手は揃えておいた方が良いのではありませんこと?」
「それが血栄導盟煉だと言うなら、足手まといにしかならないと思います」
種族の枠を超えて発展を目指すようになった。その試み自体は素晴らしいものだと思う。
でも、現時点では期待値が低すぎる。
折角ジョゼット様の協力が得られる状態にあるのに、ロックパイソン一匹討伐して満足しているようでは先行きが暗い。いっそ、周辺の魔物を駆逐して生活領域を一気に広げるくらいの気概は見たかった。
そうした発想が出てこないのは、今の環境にあまり不満を抱いていないから。
道路を整備して、各国の行き来が盛んになって、その成果に満足してしまっているから。
これまでの閉塞環境と比べれば大きな変化、だからこそ、その先へ目を向けられていない。まだ井の中の蛙に収まってしまっている。本命であるユーシアメイルから遠く離れているからこそ、目指すべき境地が見えていない。
可能性がないとまでは言わない。
数百年後、次の選帝競儀の頃には対抗勢力の一つになっているかもしれない。
それでも、現時点では発展途上としか見られなかった。
「魔力に頼らず南荒洋を超える船、音速の何倍もの速度で弾丸を射出する超長距離砲台、ですか……。それはかなりの難敵ですわね」
「ええ、長航船の装備でそれですから、当然白兵戦の備えもある筈です」
コキオ沖で拿捕した光向船について例を挙げると、ミラーブ侯爵は理解を示してくれた。
兵器を大型化するより個人向けの装備を開発する方が容易なので、電磁加速砲の存在は十分警戒に値する。個人持ちのレールガン作成は難しくても、持ち運び可能な小型砲台としての運用なら考えられる。それが十分な脅威となる事も。
更には魔操縦なんて例もあった。
もともと鉱化スライム片はこちらの技術であるし、魔力に依存しない武器や船も見た。そうした汎用武装が軍事力を底上げすることを、軍事国家を目指した帝国貴族の一員である彼女は痛感している。
「つまり、今回の選帝競儀は他種族にも逆転の機会があるように見せかけて、結局は軍事力の衆寡で決まるものでしかありませんでしたのね」
「当然でしょう。権力も武力も牛耳っている以上、平等である必要などありませんから」
大切なのは、他種族にも機会を与えたのだと誤認させる事。一部が不公平な絡繰りに気付いたとしても、大多数が納得するなら封殺できる。
ところで、こうして私達が遠慮のない話し合いを続けられているのには理由があった。実質、四種属共栄圏を侮辱する内容が含まれていても、同乗するタリクさんの耳には届いていない。
兎人がどれだけ聴覚の優れている種族であろうと、タリクさんと私達の間は空間的に断絶されているから声は届かない。その上でこちら側の空間を拡張してあるから、実際の馬車の大きさよりゆったり座れていた。タリクさん側からは何の異常も見て取れないだろうけれど。
「話には聞いていましたが、便利なものですのね」
「可能性を広げる。それこそ魔法の本分だと思っていますから」
「ええ、先日の魔王種災害で思い知りましたわ。ノースマーク伯爵の真骨頂はその魔力の強大さではなく、多彩な応用力と幅広い対応力だと」
確かにあの日私は五体のぱぺっ君を操作して竜頭部と潜伏本体を断絶し、想定以上の強大さだったメドゥ沃龍に対処するためぱぺっ君を囮にしたまま貫通力に特化した魔法へと切り替えた。しかも、それらの対応を現場から遥か離れたウェルキンから遠隔で行なっている。
自分でも小賢しく立ち回ったものだと思っていたけれど、そこを評価されていたのは意外だった。
「ワーフェル山を消滅させ、墳炎龍を周辺ごと凍らせたとその凄まじさこそ噂になっていますが、私としては地属性魔法で剛盾を凌駕し、火力で灰塵をも上回った手札の多さにこそ脅威を覚えていますの」
「随分と詳しく情報収集されているのですね」
「故国を制圧した中核戦力なのですから、当然ですわ。打倒は叶わないとしても、どれほどの危険性か正確に把握しておかなければ、祖父のような無謀を目論む事態が起きかねませんもの」
とてもありがたい警戒だと思う。そうしてきちんと脅威度を判定して周囲にも警鐘を鳴らしてくれたなら、無駄に帝国を敵視せずに済む。一部の王国貴族にも見習ってもらいたいくらいだった。
多分、私が行方不明になった事で考えなしに騒いでいる貴族がいるだろうから……。
「それに、帰還するまでは同じ大陸を故郷に持つ同胞。目的を同じとするならこれほど頼れる協力者もおりませんわ」
ここにきて別行動をとる意味もない。王国貴族と帝国貴族、所属は違っても南大陸にいる現状では大した意味も持たない。
おまけに相手は連合国の盟主。
長命種の探求心が生んだ技術と古来より受け継がれてきた魔法を統べる。それらを転用した軍事力は強大で、王国の苦戦も予想できた。荒海を超える必要があるから一度に大戦力は送れないものの、時間の経過とともに王国は劣勢に立たされてゆく。
「連合国が備える武力は強大です。正直なところ、その戦力を帝国に向けられていたなら敗北は必至でしたわ。それでも、私と伯爵、それから外を走る獅子人の子、三人がこちらにいるなら話は変わる……そうでしょう?」
侯爵がシャハブの戦闘を見たのは満腹鼠の掃討だけだった。それだけで、彼の特異性を見抜いたらしい。流石はメリケンサックを標準装備した武闘派侯爵、目の付け所が違う。
統率された兵士、充実した装備は間違いなく脅威と言える。
けれど、魔法が存在するこの世界では一部の特化戦力が頑強な軍事力をも打ち破る。
「私達はエルフやドワーフが全く予想できない形でこちらの大陸へ召喚されました。私達も意図しない展開で迷惑ではあったものの、ヒエミ大陸の敵、その内側へ潜入できたことに違いはありません。この機会は十全に利用するべきでしょう」
「警戒の目が私達へ向く前に強襲すると?」
「それで帰還船を奪取するのも一つの選択肢ですけれど、選帝の競儀、それ自体を利用するのもいいかもしれません。だって、魔物の討伐数で連中を上回れば、正当に政権を奪取できる訳ですから」
「連合国を主導する立場からエルフ達を引きずり降ろす……、それを実行するなら種族間協調をやっと始めたばかりの血栄導盟煉には荷が重いですわね」
あとを任せる種族については検討する必要がある。
それでも、選帝の競儀に居合わせた偶然を利用しない手はなかった。上手くいけば、将来的な脅威も排除できる。
「その提案、乗らせていただきますわ。不平等な競儀を突きつけて満足している高慢なエルフ達の鼻っ柱をへし折れるなんて、楽しそうではありませんか!」
国家的な利益よりエルフ達が痛い目を見る様を楽しみにしているあたり、侯爵もいい性格をしている。
「そうと決まれば私達は一蓮托生、連合国の打倒、或いは帰還が叶うまでは盟友ですわ!」
「え、ええ……?」
「ならば、侯爵、伯爵などとかしこまった呼び方も改めるべきだと思いませんこと? 公式の場ならともかく、信頼関係を構築するのに遠く離れた故国の爵位など余分ですわ、スカーレット」
そう言われてしまえば、私も堅苦しい話し方は得意じゃない。
「そう言う事なら、これからよろしく、ジュート」
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