もう一人の召還者
熊人の国への移動は、兎人国長タリクさんが同行する事になった。それだけ、私を含めた二人の召喚者の動向を注視しているのだと思う。私の場合は赤の狩人と呼ばれるようになった実績が、もう一人は魔物を討伐してみせた活躍が、選帝の競儀に欠かせないと知られてしまっている。
私にそのつもりは万に一つもないにしても、同郷かもしれない召喚者を見捨てて姿をくらますって可能性は潰しておきたかったのだと思う。
そんな訳で、ヒュウガライツ行きは馬車での移動となった。
振り切ることは容易だけれど、わざわざ諍いの種を蒔く必要もない。
幸い、馬車での移動は比較的快適だった。
例によって不思議素材で衝撃を吸収する仕様らしく、揺れはほとんど伝わってこない。道路もきちんと整備してあるから石に乗り上げる事も、脇から突然小動物が飛び出してくる事もない。
動力は馬人の身体能力任せではあるものの、この大陸に召喚されて以来初めて文明的な体験をしている気がする。
「で、赤の狩人の姐さんは普段どんな魔物を狩ってるんだい?」
昨日の食事会もそうだけど、熊人の国へ着く前に私の情報を仕入れておこうって腹積もりらしい。まどろっこしいのは嫌いらしく、言葉を濁したりはしない。
「普段と言われましても、それを生業にしている訳ではありませんから困りますね」
「そうなのか? だが、勇者として召喚されたんだろう? 腕っぷしを認められたからじゃあねぇのかい?」
「さて? そのあたりの判定は、召喚された側である私には分かりかねます。同意を求められた訳でも、評価試験を受けた訳でもありませんから」
「……そいつは道理だ。ちげぇねえ。だが、強さに自信がない訳ではないんだろう?」
「そうですね。別に順位付けに興味がある訳ではありませんが、指標が魔力量だったなら、こうなるだろうと納得くらいはできますね」
「ほーう、姐さんが自信のある魔力量ってのはどのくらいだ?」
「北の大陸で一番、でしょうか」
「は?」
私が断言したからか、タリクさんはお茶を飲もうとしたまま固まった。既にコップは傾けてしまっているので熱い液体だけが流し込まれていく。
「………………っ! あっっっつつつ……‼ そ、それは本当の話か⁉」
「過少申告して何かいい事がありそうにも思えませんから、本当の話ですよ」
「ね、姐さんの思い込み、周りからそう持ち上げられているってぇ話でもなく?」
「経験則的に、でしょうか。他国の有力な魔法使いを叩き潰した事もありますし、それ以上の使い手がそうゴロゴロいるという話も聞きません」
皇国の剛盾はレベルが低かったにしても、塵灰オイゲンさんの実力は本物だった。その彼を得意属性で破っている以上、他の魔導士ならって対抗の話は聞こえてこなかった。
「つ、つまり、ファイサルは召喚の実験を猫人の小国にやらせた事で、最強を招く機会を失ったのだな?」
「私がここにいる以上、残った者が対象になるのですから、そうでしょう」
「証明できるのか⁉ お前さんが口先だけではないと……!」
比較対象がいないこの状況で、一番の証明は難しい。
でも、私は知っていた。
こういった場合、埒外の魔法を見せれば大抵心が折れてくれると。これも経験則的に。
そんな訳で、私はアーリーを取り出すと柄で馬車の床を突く。私の魔法を地面へ伝えるために。
対象となるのはこの一帯。
景観を崩す気はないので戻せるように変化前の状態も記憶しておく。
「では、これでどうでしょう?」
今度は音が出るようにもう一突き。
発動するのは地属性。魔法の影響下に入った地面が一斉に隆起する。道路や周囲の畑を破壊するのではなく、空間魔法も併用して一緒に拡張させた。
魔法の発動はほんの数秒。
地面と一緒に持ち上げられた私達がしばらくの浮遊感を味わった後、眼下には山が生まれていた。前方にはヒュウガライツの街並み、後ろを見れば先ほどまで滞在していた兎人の国が一望できる。
「………………」
「わ~! お姉ちゃん、凄い!」
「うわっ⁉ なんだ、これ? ……いきなり山? こんなところに?」
何もないところに山を出現させる魔法使い。
そんな御伽噺にしか出てこない魔法に、タリクさんは言葉を失う。私としては、割とよく見る反応だった。
どちらかと言えば、無邪気に喜ぶシャハブの方が珍しい。あと、走行中にいきなり山の頂上へ引き上げられた馬人さんには申し訳ない事をしたと思う。普通の馬に引かせていたなら、動転のあまり転倒してしまう危険すらあった。
「ご覧になった通りです。こんな真似をできる人間がそう何人もいるほど、大陸が異なるからと別世界ではないですよ」
「う、うむ。認めるしかないようじゃな」
「ご理解いただけたなら、何よりです」
「し、しかし、それはそれで困った事になる。どうしたものか……」
タリクさんもこの召喚プロジェクトに期待を寄せていたらしく、試験召喚を経て本番のつもりだった魔法陣の発動が、一等が存在しない状態での抽選だったと知って消沈している。
安全策を選んだ上での結果だから自業自得とも言えるけど。
でも、そう嘆くほどの事でもないと思う。
こうして熊人の国へ向かっている訳だから、交渉の余地は残されている。
私が熊人の国へ喚ばれたところで無条件に従った筈もないのだから、私を引き込めるかどうかは彼等次第。要は、私にとっての利得条件を示せるかどうかかな。
それをタリクさんに伝えたものかと考えを巡らせていた時の事だった。
「お姉ちゃん、あれ!」
シャハブの鋭い指摘が飛ぶ。
彼が緊急を呼び掛けた以上、放置できない事態が起こっているのは間違いなかった。それだけ危機察知能力に優れている。
実際、彼が示す方を見れば山中で無数の何かが蠢いていた。
「まさか、モンスターパレード⁉」
私が地面を隆起させた遠方。かなりの数が一か所に集合している事で森の緑が黒く澱んで見える。あんな挙動を見せるのは魔物しかいない。
そしてモンスターパレードは、魔物の小規模な氾濫現象を呼ぶ。かつてあった異常繁殖ほど度を越えた飢餓状態ではないので、どこかの群れを襲えば収まる。けれど、それが人間だった場合は村を滅ぼすくらいの侵害力はあった。
「不味い! あの方向には貯蔵庫がある。イーサー、悪いがあっしはあれを止めにゃあならん。あそこへ向かってくれ!」
「へ、へい!」
異変に気付いてからのタリクさんは早かった。馬人へ現場までの急行を命じ、例の巨大ハンマーを取り出す。
そして、馬車でそのまま向かうって事は、同乗している私達も巻き込まれる事でもある。
「すまねえ、お客人。手を貸してもらいたい。あの貯蔵庫の食糧が失われれば、冬に餓死者が出るかもしれねぇ。そうでなくてもあそこに詰めているのは数人だけ、魔物に対抗できるとは思えねぇ」
「構いませんよ。目の前で誰かが不幸になると分かっていて、知らない振りができるほど薄情にはなれませんから」
「お姉ちゃん、オレも出るよ?」
「ええ、私が先制で攻撃するから、その討ち漏らしの掃討をお願いね」
「うん!」
「……感謝する!」
勿論、ただ働きをする気はないから常識的な範囲で対価は要求するけどね。
都合のいい事に、魔物の動きは早くない。他の魔物に襲われないように集団での行動を優先し、十分な餌を探しているのだと思う。おそらく偶々方向が一致しているだけで、現時点で貯蔵庫を目指している訳じゃない。そうでなかったら、もっと一目散に駆けだしている筈だから。
これなら馬人イーサーさんの方が速い。手遅れを心配する必要はなかった。
そして、魔物はせいぜい数百匹程度。氾濫を起こす時点で下等な魔物に違いないから、私がいる状況で手に負えないほどでもない。加えて、三人とも戦闘の心得があるから梃子摺る心配も要らない。
「あれは……、満腹鼠か?」
「どうやらそのようですね。体躯の割に、力も素早さもない魔物です」
魔物の群れと貯蔵庫の直線上へ割って入って漸く、結集した魔物の種族が見て取れた。
満腹鼠は全長一メートル程度の丸い大鼠で、その特質は食欲にある。丸い身体の大部分が胃で、異常な食欲を誇る。喰い溜めた活力はそのまま繁殖に使い、氾濫を起こしやすい魔物とも言えた。
「私が正面から攻撃を担当します。タリクさんは右から、シャハブは左から山裾を迂回して、私の攻撃で左右に散った魔物を掃討してください」
「うむ、了解じゃあ」
「分かった!」
射線については話してあるので、二人とも中央を大きく避けて山へ入っていった。
先ほどの地属性魔法を見て、タリクさんも私に反論するような真似はしない。素直に指示を受け入れて魔物へ向かっていった。兎人だけあって結構素早い。
ちなみに、勾配を考慮していない坂道を下るほど危ない事もないので、急行時に急造の山は戻してある。
「それじゃあ、――魔力集束、射線確認」
私はアーリーを構えた状態で、更にウィッチとリュクスも空中へ投げ、空からも魔物を狙う。
「……魔法展開同調。ウィッチ、リュクス、射線を調整」
群れが獲物を確定していない状況で、問題となるのは接近するタリクさんとシャハブを標的とする可能性。勿論、私って脅威に気付いて散開する可能性もある。
そこで、ウィッチとリュクスの照準は現時点の群れの進行より少し左右にずらして設定する。
「魔力波集束魔法、発射!」
最初はアーリーによる正面からの一撃。群れのほとんどを消滅させた。
それでも、生き延びた個体はいる。脆弱という事は、危険に対して敏感な種でもあった。だから、左右に逃げた満腹鼠を上空からの第二射が焼く。
これで群れの八割が消えた。
残りは数十匹。隊列を組んでいた訳でもないから、初めから射線に入らなかった、木々に隠れて目視できなかった個体も多い。それでも、シャハブとタリクさんなら梃子摺るような数じゃない。
「――?」
私も参戦したものかと考えた時、矢のような勢いで割って入った闖入者があった。
一度に三体の満腹鼠を屠ってからも、決して速度は緩めない。シャハブに劣らない勢いで、しかも的確に急所を貫いていく。時折、地面を踏みしめる動作を見せると、地面から石槍が突き出て一度に数匹の満腹鼠が絶命した。
別に他の個体に影響を及ぼしたり、異常繁殖したりと言った心配はいらないので、全滅させる必要はない筈なのに、一匹も残さない勢いで満腹鼠が消えていく。
ハンマーを振り上げる必要があるタリクさんの討ち漏らし分まで綺麗に片づけてから、満足そうに彼女はこちらへ戻ってくる。
「ご無沙汰しております……と言うほど期間は空けていませんが、意外な場所でお会いしますわね、スカーレット・ノースマーク伯爵」
「……本当に、こんなところで貴女とお会いするとは思っていませんでした、ジョゼット・ミラーブ侯爵」
もう一人の召喚者は、かなり意外な人物だった。
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