平穏な道程
ちなみに、私はこの大陸の通貨を持っていない。猫の国では物々交換が主流で、僅かばかりの必需品購入費を分けてもらう訳にもいかなかった。
けれど、その問題は隣国へ辿り着く前に解決した。
何故なら親切なおじさん達に遭ったから。
「おう、裕福そうな姉ちゃん。ちょっと俺達に全財産恵んじゃくれねぇか?」
ヒエミ大陸では個人を襲う盗賊と言うのは珍しい。お互いに魔法が使える状況で自前の暴力に訴えるのはリスクが高いから、普通は重火器を揃える。つまりそれだけの前準備が必要で、そのための資金を調達しようと思ったらそれなりに大きな裏組織の後ろ盾が要る。
なのに個人を襲ったのでは採算が合わない。
そして、大商会や貴族は十分な護衛を率いているのが普通で、これまた生半可な装備では返り討ちに遭う。訳ありで少数移動している貴族への襲撃を成功させたところで、執拗な報復が待つからやはり収支が成り立つとは思えなかった。
大抵は裏組織からの斡旋で、敵対組織に所属する違法商人を襲う。悪徳貴族からの依頼で、継承権を争う勢力の排除や領主暗殺に加担する事もあった。
加えて、人里から離れて隠れ潜むには魔物の脅威が怖い。国を頼れない以上は自分達で備えの構築を、或いは後ろ盾の組織を頼って防衛態勢を整えなければならなかった。
反面、軍や警備隊にも対抗できる秘密基地が手に入るものの、相当の資金力がなければアウトローにもなれないのがヒエミ大陸の常識だった。
だから、こうした資金源の存在を忘れていた。
私に懸賞金を提供するためにこうして出頭してきてくれるのだから、きっといい人達に違いない。態度が悪いとか言動が不快だとか、全て許せてしまう。
「顔が判別できればいいんだよね?」
「うん。生かして町へ連行してもどうせ死刑だし、無力化したことが伝わるなら何でも大丈夫」
それなら、拘束した状態で町まで引き摺る手間や首を持ち歩く負担が省ける。
映写晶がヒエミ大陸と共通した技術だった点も都合がよかった。解像度にこだわらなければ、魔石表面の光沢をそのまま記録媒体に流用できる。なお、私には見分けるのが難しいのだけれど、獣人同士なら種族が違っても個人の判別は容易いらしい。
私達の目の前には、顔だけ露出した盗賊達が埋まっていた。
申し訳程度に切り拓いた通用道でなく森側へ埋めたので、放っておけば魔物が全て処理してくれる。活躍の機会が与えられなかったシャハブは不満そうだけど。
だからって、こいつらにシャハブの手を汚させるだけの価値はない。
こうした襲撃は何度かあった。
一見するとか弱そうなお嬢様とその同行者。山を吹き飛ばしたとか、魔王種を周囲ごと凍らせたなんて評判は、南大陸まで轟いていない。楽に稼げる標的だと思われたらしい。
シャハブにしても、獅子人ってだけでは警戒の対象にならない。多少の身体能力差は魔法の実力で補えるので、数で囲めば何とかなると思われた様子だった。おまけに私が乗っているものだから、腕力に自信がないため移動手段として雇われたのだと思われていた。
実際、種族差による優位性は小さい。肉食種だからと必ずしも暴力に秀でている訳ではなく、兎人に率いられた虎人と牛人の盗賊もいた。獣人化状態での体格差が大きくとも、人型の際に刻み付けられた上下関係は簡単に払拭できない。
「おお、流石“赤の狩人”殿。狐人の国からこちらまでの間に三組もの盗賊を壊滅させてくれるとは……! このあたりが平和になって助かります」
新たに到着した国で映写晶を提出すると、受付をしている羊人が嬉しそうに私達を迎えてくれた。
噂が届くのは速いもので、いつの間にかおかしな二つ名が定着していた。
国家間の移動時間は短いものの、人里に到着すると私の平衡感覚を取り戻す期間が必要となる。シャハブが速度を加減してくれても、三半規管へのダメージは避けられなかった。これ以上歩調を落として野宿を繰り返すくらいなら、町で安静にする方を選ぶってだけ。
なので、日程はそれほど縮まっていない。そうした間に、凄腕の賞金首ハンターがいると噂が広まったらしい。
連合国で“狩人”とは狩猟生活を営む者、魔物を狩る者、賞金首を追う者などの総称で、国境を越えて統括する組織が存在していた。政府が安全を保障してくれないせいで、安定した食糧供給と治安維持を目指す民間団体が自然発生したのだとか。
外大陸人である私はそこへ所属こそしていないものの、まるで所属しているかのような二つ名をもらってしまっている。
盗賊の討伐報告へ行くたびに勧誘されなくて助かるけども。
この国は羊人と山羊人、馬人が共同生活する珍しい場所で、それぞれが種族特性を生かして外貨を稼いでいた。つまり羊人が羊毛を、山羊人がミルクを、馬人が移動手段として自分達を売り込み、国を栄えさせている。どの種族も草食中心なので、野菜畑も広大だった。
討伐した盗賊の一組は野菜泥棒だったけど、この国では死罪に相当するほど重いらしい。
なお、この国の正確な位置はその野菜泥棒達に教えてもらった。埋めてあげると何でも素直に吐くようになるし、場合によっては国の裏事情にも通じている。彼等は情報を入手する手段としても重宝していた。
野菜泥棒達は畑の端に埋めてあげたので、優しい住人に発見してもらえれば死刑台までは生きていられると思う。そのまま肥料にするほど残酷でないと思いたい。
丹精込めて育てた野菜を、畑が広大で端まで監視の目が行き届かないからと搾取する泥棒への怒りは想像できなくもない。懐が潤った時点で彼等の役目も終えているので、どんな末路を辿ろうと関知しようとは思わなかった。
「土砂崩れ、ですか」
「はい。この数日続いた大雨で街道が完全に寸断されてしまったようです。宿泊を延長なさいますか?」
草食種の国に滞在六日目。
天気が悪かったのと野菜が美味しかったので長逗留していたら、チェックアウトの時点でそんな情報を聞かされた。
「オレなら足場が悪くても跳び越えられるよ。とりあえず現場に行ってから考えない?」
シャハブがそう言う裏には、野菜中心の生活に辟易していたのもあったと思う。獅子人でも人間には違いないから野菜も食べられるけれど、苦手である事には違いない。一応、狩人ギルドの窓口へ行けば旅行者向けの肉を売ってもらえるものの、草食文化が中心のせいで料理があんまり美味しくないらしい。
「そういう事ならこのまま出立しようか。シャハブなら山を迂回してもそれほど時間の損失はないから、最悪それでもいいし」
「うん!」
「……そうですか。それでは、道中の安全を願っております」
精神的には幼いシャハブに過度な我慢を強いるのは本意じゃない。
宿屋の山羊人が残念そうなのは、有名な狩人が滞在していれば町の平穏が保てるからかな。既に知人がこの大陸へ召喚されているかもしれない状況で、そこまで気を遣ってあげられる余裕はなかった。
町を出ても、しばらくは野菜畑が続く。
草食獣人は炭水化物も豆や根菜で賄おうとするので、必然畑も広くなる。大勢の羊人や山羊人が働いているのが見えた。馬人は獣化形態で農具を引いている。
そうした菜園風景が途絶えた時、走っていたシャハブが大きく跳ねた。
魔法で固着しているから投げ出される心配はいらない。でも、私の体調を気にしているシャハブが無意味に急挙動をとるなんて有り得ない。それだけの事態なのだと判断できた。
それを証明するように、私達の進路へ何本もの矢が突き刺さった。
「――!」
「囲まれてたみたい。ごめん、お姉ちゃん」
現れた賊徒どもは四十人強。
旅人や商隊を襲うには数が多い。しかも、全員が油断なく矢をつがえていた。
これ見よがしにまとったマントも共通しているから、あれがシャハブの索敵を潜り抜けた仕掛けかな。
「最近になって名を上げた私を排除するために徒党を組んだか、あんまり盗賊を減らされると不都合がある有力者が手を打ってきたか……」
「そこまで分かっているなら話が早え。大人しく付いてきてもらおうか。可愛い従者君もろとも穴だらけにされたくはないだろう?」
「……」
指揮官らしい黒豹獣人が余裕そうに笑う。
このあたりには銃が普及していないので弓矢が主流だったけど、あれだけの数に取り囲まれれば普通は抵抗する気を失う。
私も、今にも飛び掛かりそうなシャハブを抑えて指示に従った。
数の暴力に屈した……なんて筈はない。あんな矢、撃つ前に射手ごと粉々にできるし、放たれた後でも止められる。シャハブだって、矢をすべて回避しながら四十人全員を刈り取れる。それでも屈したふりをしたのは、黒豹人がおかしな事を言っていたから。
可愛い従者君。
一見するとシャハブは精悍な戦士に見える。と言うか、そうとしか見えない。なのに、連中はシャハブの内面が一致しないと知っていた。そうでもないと、厳つい獅子人相手に可愛いなんて表現は出てこない。
その時点で、ただ徒党を組んだだけの盗賊って線は消えた。
それなら、情報源についても知っておいた方がいい。私を弱者だと見誤って襲撃してくる盗賊連中とは違う。私が脅威だと知った上で敵対を選んだんだから、丁寧に潰してあげないと。
連れてこられたのは先ほどまで滞在していた町の端、民家と畑の境界に建つ豪邸だった。目立っていたから町に来訪した時点から把握している。町長の屋敷だって話だけどあまり評判は良くないらしく、狩人ギルドでは近づかないように勧められた。
そんな屋敷の門をシャハブに腰掛けたままくぐる。盗賊に合わせて歩いていたので揺さぶられ酔いはない。
待ち構えていたのは丸い羊人。
深い羊毛に加えて脂肪もたっぷりなので新種に見えた。決して愛嬌はないけど。
「くくく、ようこそ御出でなすった。無し人と聞いていたが、思った以上に頼りなく見えるな。それでうちのモンを何人も土に埋めたって話だから大したもんだ」
咥えているのが葉巻などではなく野菜スティックである点も、おかしさを誘う。
その後ろには見覚えのある者達が数人。どれも埋めた筈の連中だった。
それからもう一人、少し前に分かれた宿の主人が転がっている。あちこち腫らして血を流しているので暴行を受けたのは明らかだった。放っておけば危ないかもしれないけれど、今はまだ息がある。
これを見れば、この人が情報源だとすぐに分かった。
私とシャハブが話す様子をしっかり観察できた人は多くない。そして、自主的に情報を売ったようにも見えなかった。
このことを踏まえて思い返せば、出立前の彼の態度は本気で私を案じてのものだったと分かる。
土砂崩れを知らない私へ情報を流して出発を遅らせようともしていた。襲撃を知っていて、どこか包囲が崩れるタイミングで私を逃がそうとしてくれていたのか、町の権力者に歯向かえない中でできる限りの手段を模索してくれていた。
「なるほど、野菜泥棒に見せかけて住民の成果を搾取。監視を怠った責任だと従来と同格の税金を納めさせて、盗ませた野菜は住人に知らせていない売り先へ持っていく。栽培費が要る訳でも、人件費を割く訳でもありませんから丸儲け……と。この国の野菜は甘くて美味しいと他国でも評判のようですから、ついでに価値を釣り上げて富裕層に売っていたのではありませんか? あ、盗賊達を肥え太らせ、商人達からお金を奪い取るのも目的でしょうか?」
「ふん、知恵も働くようだな。そこまで分かっているなら、逆らわん方が賢明だと理解もできるだろう? 大人しく従うならお前も少しは……」
丸い町長は最後まで言葉を続けることができなかった。
私が宿屋の主人へ近づき、傷を全快させたことで丸い顔が驚愕に染まる。
そう言えば、南大陸で回復魔法を使っている場面に立ち会ったことがないね。獣人の特徴なのか、地水火風の四属性以外がほとんどいない。
「あの……、これは一体?」
流れた血までは回収できないので赤斑のままだけど、痛みが消えた山羊人の主人も吃驚していた。回復魔法自体が一般的でない上、命を救うレベルとなると御伽噺みたいな存在なのかもしれない。
あんまり驚いたのか思考も働いていない様子だったので、宿屋の主人以外はそのまま手足を凍らせてあげた。
埋めただけでは助けを呼んで掘り出してもらう知恵があるようだから、逃げられる可能性から潰しておく。溶かしたところで壊死した神経は戻らないし、下手に動けば砕けて折れる。羊毛の保温機能も、芯まで冷やせば働かない。
お世話になった主人へ危害を加えた相手に、手心を加える理由は思いつかなかった。
「き、貴様……! 何をしたか分かって……」
「さあ? この町の状況をあまり理解していないので、狩人ギルドの皆さんに確認してみますね」
「な……、な……! な……‼」
あそこは国家の枠組みを超えた組織なので、町の権力者くらいで太刀打ちできると思わない。これまでは証拠を隠す事で言い逃れできていたのだとしても、手足を凍らされてその場に縫い付けられた状態では隠蔽も叶わない。余罪もいっぱいありそうだから、罪を告白するための口は凍らせないであげた。
実際、ギルドに通報すると筋肉を羊毛で覆い隠した大柄な狩人達が大喜びで捜査に乗り込んでいた。彼等の不正が立証されて晴れて犯罪者となれば、狩人に討たれる立場となる。
そんな訳で少し足止めを食ったものの、宿屋の主人に何度もお礼を言われながら改めて出発した。私へ感謝する気持ちがあるのなら、馬鹿な町長の専横を許していないできちんと体制を正常化しておいてほしい。折角野菜が美味しい町なんだから。
熊人の国から戻る際にはまた寄るかもしれないし。
そうして着いた山崩れの現場は、想像していたより酷い有様だった。
道路だった部分が見えないくらいに土砂で地面が覆われている。おまけに近付くのすら危ないと、大勢が離れた場所で立ち往生していた。
「うーん……、露出した大き目の石を足場に通り抜けられなくもないけど、また崩れてくるようなら危ないかも」
ちょっと向こう見ずなシャハブも躊躇うレベル。
そうなると、彼の保護者である私は無理をさせられない。つまり、私の魔法の出番かな。
共同生活の町を行ったり来たりしたのもあって、今から迂回はしたくない。濡れた地面で野宿する羽目になってしまう。
だから、魔法で土砂を消し去ると決めた。
イメージするのは風と地属性の組み合わせ、本来なら反発しあうそれぞれを虚属性で制御する。広域への魔法行使に適したリュクスを土砂へ向け、崩れ落ちた山壁から道路の崖下までを魔法で包む。
発動するのは風化の魔法。
立ち往生していた大勢の関心が私へ向く中で、土砂はチリへ変わってサラサラと流れ落ちていった。下に民家はないそうなので、積もったチリは時間をかけて土に戻ると思う。
「な、なんだ? 何が起きている?」
「あれは、魔法……?」
「俺は知っているぞ! 赤の狩人は凄腕の魔法使いだって」
「魔法であんな真似が可能なのか?」
獣人からすると奇跡じみた何かでも、私にとっては理論立てた魔法の作用でしかない。今更驚くには値しなかった。しばらくの同行で慣れたのか、シャハブも過剰な反応は見せていない。
「それじゃあ、行こうか」
元の道路は一緒に風化しないよう、魔法の対象から外してある。多少の塵は残っていても、通行に支障はなさそうだった。
あくまで自分達が通るため。他の人への親切でもないから、周囲の評価も気にならない。
それより、今日中に次の町へ辿り着く方が優先だった。
「このまま平穏に進めるなら、あと十日くらいで熊人の国へ入れるかな?」
「え、平穏⁉ 盗賊に襲われて、町のゴタゴタに巻き込まれて、土砂崩れで道路が寸断されて、それでもお姉ちゃんは平穏だって言うの?」
「勿論。なにしろ、西行きが止められるような事態にはなってないからね」
「そっか……。お姉ちゃんの平穏と、オレの思うそれが一緒じゃないのは理解した」
えー。
魔物が異常発生して原因を捜索させられるとか、山や町がいきなりダンジョン化して大勢を救わなければならなくなるとかなかった訳だから、実に平穏な旅路だったと評して問題ないよね?
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