もう一つの召還魔法陣
そろそろ出立するとムスアブさんに話しても、反対はされなかった。
シャハブのおかげで問題のほとんどが解決したのはいいけれど、私は彼を助けたのと猫人達を締め上げた覚えしかないので若干居心地が悪い。
「分かりました。それがよろしいかと思います、魔王様」
厄介払いとまでは言わないまでも、すっかり魔王扱いが定着したせいで頼る気持ちより恐れが勝つらしい。
昨日になって私が他国の貴族だと知ったのも大きい。情報が制限されているから国際問題になるってほどの想像力は働かなくとも、偉い人の手を煩わせてしまったと恐縮していた。この国の貴族は、選帝競儀で好成績を修める優良種族にしかいない。
こんな有様で立場だけ上げて、それに相応しい振る舞いができるものか疑問に思う。権利には義務が付帯するものだから。
とは言え、この先は私が考える事じゃない、
「エルフが暮らす都市、ユーシアメイルは東ですよね?」
「はい。我等の足でおよそ二月、途中で車を手に入れられれば二、三週間ほどで着くでしょう」
ここから車で向かうって選択肢はない。道がほとんど整備されておらず、馬車すら乗り入れできない。行商人は牛に荷車を引かせてくる。それだけの僻地だった。
もう少し栄えた町まで行けば馬車が、エルフ、ドワーフの都市周辺では乗用車が常用されているらしい。このあたりからも種族格差が窺える。木々を切り拓いただけのこの国では徒歩が当たり前で、車が欲しいと思ったこともないそうだけど。
「ただ、出立の前に魔王様の耳に入れておきたいことが」
「なんでしょう?」
「実は、召喚の魔法陣を発見したのは我が国だけではないのです」
「え⁉」
それは衝撃の事実だった。
私以外の強者が既に喚び出されている可能性がある。
「そもそも、私共が魔王様の召喚に踏み切ったのはその噂を聞いたからでした。それまではあの石台が何であるか、まるで分っていなかったもので」
「確かにおかしいとは思っていました。魔法陣について何の知識もないようなのに、子供を犠牲にしてまであれに救いを求めたのは何故なのか」
「いや、本当に考えなしでした……」
子供の件を持ち出されて、ムスアブ老人は気まずそうに言葉を濁す。
食べるのもやっとの人達が、遺跡の保全に気を回すなんて普通はしない。
にも関わらず、犠牲を前提に孤児達を選んだ基準からして変だった。どういった術式かも分からないのに消費魔力量を推定するのは不可能で、失敗を恐れるなら大人を魔法陣に立たせた方が魔力の不足する心配は少ない。なのに、ぴったり十五人の犠牲で私を喚び出している。
「もしかして、どこかから情報提供を?」
「はい、旅商人から持ち掛けられました。西の国で同じものを見た事がある。その者達は選帝の競儀に合わせて救援を喚ぶつもりだった。この国でも同じ事ができるのではないか、と」
「もしかして、魔法陣の起動方法についてもその人物が詳しく助言を?」
「ええ、その通りです。誰かを犠牲にしなければならないと聞いて悩みましたが、最終的には実行に……」
旅商人。
特定の店舗を構えず、商品を持って広域の顧客へ売り歩く人達。小村や辺鄙な町を渡り歩き、そこで仕入れた商品を都市でお金に変える。ここのように周囲から隔絶された場所では、生活必需品を手に入れるほとんど唯一の手段となる場合が多い。
ただし、売るのは物品だけとは限らない。
安定した商人と比べて儲けは微々たるもので、一攫千金の機会を掘り当てるチャンスも少ないものだから、善意や道楽だけで続けていくのは難しかった。ヒエミ大陸では、領主が雇用している場合が多い。社会保障の一環として、或いは諜報活動を目的として。
種族同士の独立性が高いこの大陸では、後者の旅商人が多いのではないかと思う。情報は競儀への備えとなるし、スパイだと分かっていても生活のためと思えば来訪を拒絶できない。
少なくとも、猫人達が召喚の実験台にされた事は間違いなかった。
魔物に出入りを制限された状況で、この集落に立ち入っているのがその証拠。旅商人には危険を冒すだけの理由があった。私が召喚された際、猫人達から隠れて魔法陣の発動を見守っていた可能性もある。
「その国はどこに?」
「詳しい事は何も……。ただ、かなり大きな熊人の国とだけ」
森のくまさん……ってほど可愛げはないんだろうね。
目を覚ますと強面をした熊の群れに囲まれているというのは心臓に悪いかもしれない。
地図がないので、正確な位置情報は得られなかった。ほとんどがこの国だけでその命を終え、偶に近隣の国へ買い出しや交渉に向かう程度では世界の広さを知る必要がない。
ここの猫人達にとって首都ユーシアメイルもヒエミ大陸も、等しく遠方でしかなかった。
「熊人の序列はどの程度にあるのですか?」
「そうですね……、かなり高いと聞いています。国も随分発展しているのだとか」
「そうなると、かなり本格的にエルフの打倒を考えての事かもしれませんね」
エルフがどうなろうと、私には関係ない。彼等の世界樹へのこだわりが強かろうと、権力を奪われたなら侵攻の手段を失うだろうから、王国のためになるまであった。
熊人の国でも勇者召喚による犠牲が出るのだとしても、私の目に触れる範囲でなければ関知しない。
けれどなんとなく、魔法陣で喚ばれるのは私の知人ではないかと言う予感があった。
勇者召喚と呼ぶくらいだから、条件に合うのは強者と思って間違いない。魔力量を基準とするなら各国の魔導士やカロネイア将軍が、純粋な戦闘力を追求するならオーレリアである場合も考えられるし、本人の特殊能力も選定の基準になるならノーラまで、可能性を広げればいくらでも考えられた。
協力を求められるのだから危険は少ないとしても、南大陸に残して帰るのは忍びない。熊人達に魔法陣に関する知識があるなら、従属や自由意思を封じる術式を足される懸念もあった。そんな事態になるなら放っておけない。
それに、魔法陣を調べられるなら転移魔法習得のヒントになるかもしれない。せめて逆送還でも実現できれば、エルフの主都を訪ねる必要もなくなる。猫人の遺跡は劣化が酷くて得られる情報が少なかったものの、国が栄えているならきちんと保全されている可能性もある。
熊人と友好関係を築けることが前提になるけれど、魔法陣の知識を共有して帰還の手助けをしてもらえるって期待もあった。
「お姉ちゃん、行き先は決まったの?」
「うん。反対方向になるけど、熊人の国に寄っていこうか。収穫がなければ、改めて東へ向かえばいい」
自分が口を出す場面でないと分かっていたからか、隣に控えているだけだったシャハブが前に出る。ムスアブさんも何も言わなかったあたり、伝えるべき事はもう全てなのだと思う。
「お姉ちゃん、乗って」
言うが早いか、シャハブの四肢が形を変えた。二足歩行に対応したそれでなく、しなやかな獅子の体躯となる。
これは魔法ではなく、この大陸の人間が生まれつき備えた“獣化”と呼ばれる技能だった。
彼等の服ははじめからこの形態にも備えて縫ってあるのか、動きの邪魔となっている様子はない。
服を着たライオン、ちょっと愛嬌もあるね。
この技能は獣人であるなら誰でも使えるものらしい。どこか着ぐるみっぽくて鈍重そうに見える猫人達が日々の糧を得られていたのも、この技能のおかげ。
猫人はシャハブと違って獣化の際に少し小型化してしまうのであまり大きな獲物は狙えないものの、家猫ではなく山猫程度のサイズになるから集団で普通の猪や鹿を仕留めることはできた。強化魔法に頼らなくても獣の身体能力が得られ、知恵を生かして集団行動をとれる事が獣人の強みだった。
ちなみに、この大陸の馬車は馬を育てるのではなく、馬人を雇って車両を引いてもらうらしい。
で、シャハブも自然な流れとして私の足になろうとしている。
とは言え、私は友人の背に乗るのに抵抗があった。
「いいの?」
「うん! オレが走った方が、お姉ちゃんが歩くより速いよ」
速さだけで考えるなら、私には飛ぶって選択肢があった。ラバースーツ魔法で脚力は増強できても、走り続ける体力はないから飛んだ方が速い。
でも、それだとシャハブが足枷となる。
彼は反重力魔法なんて使えないから私が運ぶしかないのだけれど、魔物が出没する森の上空を同行人連れで飛んで、三六〇度を警戒し続けるというのは現実的じゃない。モヤモヤさんの補給が制限された状態で、精神的に損耗する事態も避けたかった。
そうなると、シャハブの配慮に乗るしかないのかな。
「これでいい? 重かったりしない?」
「全然軽いよ、大丈夫。でも、もっとしっかり掴まった方がいいかも」
ライオンの背に乗る体験は当然初めてで、どう座るのが正解かも分からない。とりあえず、背中から伝わる熱は思った以上だった。毛量は不足していてふかふかと表現するには遠い。
「うーん、毛を掴んだら痛そうだし、他に掴むところは……」
「それでもいいけど、最初はゆっくり走るからいろいろと試してみて」
「そう?」
割と大雑把な反応を返すシャハブに首を傾げた時、一瞬で視界が流れた。初速の時点で想定の遥か上をいく。
これでゆっくり? ……って突っ込みも言葉にならない。
と言うか、今口を開くと確実に舌を嚙む!
「……行ってらっしゃいませ、魔王様」
送り出すムスアブさんの声を遥か後方から聞きながら、私とシャハブは風になった。
………………。
…………。
……。
「ごめん、もう限界……うぷ」
あれから二時間、私の三半規管は悲鳴を上げている。これ以上の無理を重ねると、多分死ぬ。シャハブから降りて休憩中の今でも地面が揺れているくらいだから相当だった。
上下に揺られながら高速道路を走ると思ってほしい。ライオンのトップスピードは時速八〇キロほどで、本来なら持久力に欠ける筈の一面はシャハブの強化魔法が補っている。そうなれば、当然速度も上がる。高速道路は高速道路でも、速度無制限だと勘違いしている悪質ドライバーのレベル。
猫人の小国からかなりの距離を稼げた代償に、私は立つ事も出来ない醜態を晒していた。
「お姉ちゃん、ごめんね……」
謝るシャハブは軽く駆けただけのつもりで、私がこんな有様になるとは想像できなかったに違いない。実際、彼の身体能力を甘く見た私が悪い。
森を突っ切るプランもあったのだけど、これに左右への揺れも加わっていたとか考えるだけで恐ろしい。シャハブは軽々樹々を躱しても、上で揺れる私は回避姿勢が間に合わずに巨木へぶつかったり、蔦に絡みとられたりと無様な未来しか見えない。
それでも、振り落とされる心配はいらなかった。軽快に跳ねるシャハブの背で毛を掴んだところで千切れて投げ出される未来しか見えなかったし、首やお腹に手を回してしがみついては今後の威厳を保てない。
そこで、魔法を使って彼の背と私のお尻を固着させる方法を選択した。傍目には、優雅に獅子の背へ腰掛けている令嬢に見えたと思う。
もっとも、こうしていろいろリバースしている時点で無駄な威勢だった気もするけども。
乙女の自尊心は粉微塵です。
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