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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍&コミックス1~2巻発売中!】   作者: K1you
消えた大魔導士編

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獅子獣人シャハブ

「見つけた!」


 鬱蒼と茂る樹々の遥か先、肉眼で何とか追える程度の豆粒みたいな対象に視線を定める。見間違いだとか錯覚だとか言った曖昧な認識を疑う余地もなく、確信をもって目標へ疾駆する。

 僅か一歩で全てを置き去りにした。

 単純に速いだけじゃない。樹々が障害となって立ち塞がる中、高速で移動しながら最短距離を選択する。考えてから動いたのでは次の踏み込みが遅れる。広域を俯瞰しながら最適解を導き出せるよう、思考も加速していく。


 目標に気付かれないまま襲い掛かるには距離があった。

 けれど、危険を察知した牙猪が逃げ出すより前に対象へ肉薄した。魔物が判断を下す一拍より、疾走する狩人の方が早い。

 勿論、次の挙動も誤らない。貫き手で牙猪の喉を穿ち、そのまま巨体を仰向けに投げ倒す。その衝撃で首が半分以上ちぎれ、痛烈な突進で何人もの獣人を肉塊に変えたと言う恐ろしい魔物は呆気なく絶命した。


「お姉ちゃーん、やったよー!」


 獅子人シャハブが嬉しそうに獲物を掲げる。車より大きな猪を、軽々と持ち上げていた。本人は猪の体毛に埋まってしまっている。


 討伐に行こうと提案したのは私の筈なのに、何もしないまま終わってしまった。

 魔法で魔物を撃つだけなら私にもできるけれど、あそこまで広域の索敵能力は持っていないし、樹々の障害を躱しながら高速で駆け抜けるなんてとても無理。正直、私の出る幕はなかった。


「これで何人分になるかな? 余裕があったならオレも脛肉以外を食べていい?」


 猫人全員のお腹を満たしても余裕がありそうなのに、余りものを食べるのが当然と思っているあたり、これまでの食事事情が察せられる。


「シャハブが獲ったんだから、好きなところを食べていいよ。首肉でもヒレでも」

「うーん、あんまり脂の多い部分より、オレは背側の肉が好きかな。あ、脛肉も食べていい? あれ、好きなんだ」

「遠慮でないなら好きにしたら?」

「うん! ……お姉ちゃんは?」

「私は、背肩の肉を少しでいいかな」


 食肉が中心の猫人達なら巨大猪一頭で満たせても、私は野菜も欲しいので木の実や野草を採取しながら帰る。


 遭難しても飢えないようにとサバイバル知識も叩き込まれたおかげで、食糧採取には困らない。これまたノースマークの方針で、本来ならお嬢様には必要のない知識だった筈なのにね。

 もっとも私の周りには、野営を日常的にこなしてきたカロネイアの令嬢だとか、野草も食べなければ満足にお腹を満たせなかった元貧乏令嬢だとか、魔眼のおかげで可食判定はばっちりの測定器令嬢だとか、自然に適応したお嬢様が不思議と多かったけど。


「ねえ、ムスアブさん達の事、怒ってないの?」


 あんまり楽しそうに肉を分け合う事を話すから、集落へ戻る前に聞いておかなければならなかった。

 子供を犠牲に召喚魔法陣を発動させることはムスアブさん――村で最年長のまとめ役みたいな存在で、彼が全て独断で決定したらしい。批判を一人で引き受けるだけの覚悟があったようだけど、他の猫人達も同調して見えたし、誰も反対意見を出さなかった時点で機能しない。


「恨んでないと言ったら、噓になると思う。痛かったし、死ぬかと思った……と言うか、皆死んじゃった……」

「うん」


 身体は成長しても、死んだ友人を思い出して泣きそうになるところは歳相応に見えた。


「きっと忘れるなんてできない。何年経っても、この人達はオレを犠牲にして自分達だけ助かろうとしたんだって不信は消えないと思う。でも……、飢えたら苦しいって事はオレも知ってる」

「これまでにも何度かあったの?」

「うん、東の森にこの魔物が住み着いたんだ。それで、周辺の動物は皆いなくなった時期があったから」


 猫人達の生活領域は政府から明確に決められていて、獲物がいなくなったからとその外で狩りをする事は許されない。だからと言って異常個体の討伐部隊が編成されることもなく、同様の困った事態に援助が期待できないからと隣接領域からの助けも得られなかったらしい。


 しかも、今では西の湿地と北の山岳地帯も魔物に占拠されてしまっている。逃げ場を塞がれる形で動物達も多少は戻ったものの、旅商人の販路は完全に断たれてしまった。


 ムスアブさん達の集落――あれで“国”って行政形態らしいけど――は連合国の中でも弱小勢力で、だから立場を向上させたかった。

 選帝の競儀は為政者となる種族を決めるだけでなく、その成績によってさまざまな権威を獲得する。逆に言えば劣った国にはいつまでも劣悪な処遇しか与えられない。エルフとドワーフにばかり権限を集中させるための構造は、明確な格差社会を築いていた。


 そこで猫人の小国が召喚者へ望んだのが、直近の目標として脅威個体の排除。そして将来的な願望として、民族序列の向上だった。エルフやドワーフの打倒まで夢見た訳じゃない。

 その一つ、森に棲息した大型猪の排除はたった今実現した。


「オレもだけど、お腹いっぱいになるほど何かを食べるなんて、国の誰も経験していない。それでも食べ物を分けるのって大変なんだ。誰だってもっと食べたいに決まってる。実際、ムスアブさんところのお孫さんは、いつも物欲しそうな顔でオレの肉を見てた」


 猫人も食肉を中心とした生活をするので、硬い脛肉だって食べられない訳じゃない。優先順位は発生したのだとしても、自分だけが食べられない日はなかったと言う。


「獲物が取れなくて、ちょっぴりの干し肉を野草で嵩増ししたスープだって、お腹を鳴らしながら分けてくれた。これだけしかないんだ、ごめんねって何度も謝ってくれた。だから、何も説明されないまま石台の上に親なしの子だけが並べられて、魔力を過剰に吸われて死ぬんだって思った時、ああ、もう皆限界なんだなって分かったよ。既に十日近く碌に食べられていなかったから」

「怒るより、諦めの気持ち?」

「どうだろ? オレ昔から大喰らいで、これだけじゃ足りないってよく泣いてたから、その罰が当たったのかな……って」


 身体的には急成長を遂げたシャハブだけれど、精神面には変化が見られなかった。だから、こうして飾らないまま思いの丈を告げてくれる。


「でも、奇跡が起きてお姉ちゃんがオレを助けてくれた。自分でも信じられないくらいたくさんの事ができるようになった!」


 そして身体以上に、魔法の素養を増大させた。

 先ほどの神速狩猟は獅子獣人特有の身体能力だけじゃない。強靭になった肉体を十分に行使した上で、魔法の補助がシャハブを超人へ変えた。

 無力な子獅子はもういない。

 高濃度の魔素、しかも私の魔法の干渉を受けたモヤモヤさんを大量に摂取した事で、それに対応したらしい。私に鑑定能力はないので詳しいことは分からないけれど、魔力受容器官が進化したのは間違いない。身体が柔軟に変化しやすい子供であった点が大きく影響した可能性もあった。


 先ほどの狩りを見る限り、魔導士クラスの魔力を保持しているのではないかと思っている。あの速さはカロネイア将軍やオーレリアに匹敵した。しかも、疾走に合わせて思考も加速していたあたり、急成長した魔力に振り回されている様子もない。

 いろいろと拙さの目立った“剛盾”あたりでは勝負にもならないだろうね。

 “塵灰”オイゲンさんとは同属性で、相性的に優位な立場にあった。魔力を纏えば炎への耐性を発揮するから、彼を打倒できる日も遠くない気がする。彼のように多彩な火魔法を操るには相当の修練が必要だろうけど。


「けど、この力をあの人達のために役立てたいとは思っていないんだ。恩はある。それでも、お姉ちゃんがくれたこの力をあの人達のために使うのは嫌なんだ。……薄情かな?」

「いいんじゃない? 罰なら私が与えた後だし」

「うん。だから、オレはお姉ちゃんに付いていこうと思う!」


 早々に猫人達の元を離れようって計画は、まだシャハブに話していない。

 それでも彼は、自分の意思で共に来る事を選択した。


「国を追い詰めていた元凶を狩っても、この周辺は安定して獣が獲れる環境にない。大食いのオレは、この国にいない方がいいと思うんだ。これまでの恩を返す必要はあるけど……、こうして狩った魔物の魔石を届ければ十分貢献になるよね?」


 今回の選帝競儀は集めた魔石の量と質を競うそうだから、超人となったシャハブの戦果は小国にとって十分過ぎるほどの点数となる。もう一つの望みであった立場の向上も叶うに違いなかった。

 問題の根幹は現状の支配体制にあると思うから、不遇から解放されたいならエルフとドワーフを何とかしないといけないと思うけど。


 とは言え、支配されるのが当然の環境で育った猫人達にこれ以上は望めない。

 連中はキミア巨樹を狙って王国へ攻め込んでいる訳だから、彼等と対峙するのは私の役目となる。ヒエミ大陸に戻るための船も、エルフの国でもなければ手に入りそうにないし。


「いいと思うよ。君がこのまま残っても、君に頼るだけの歪な関係にしかならないだろうし」

「……頼られるのはいい事じゃないの?」

「対価を支払えるならね」

「……?」

「例えばだけど、君が一生懸命獣を狩って集落に食糧を提供する。最初は皆も手伝ってくれるとしても、能力に差があるからおまけにしかならない。シャハブの何分の一かでも獲物を狩ってくるならともかく、食料に困らないからって段々怠けるようになっても許せる?」

「無理かも」

「でしょう? 猫人達の誰も敵わない成果を上げられる君は、自然と集団の中心になると思う。でも、勇者召喚の儀性にされたって不信感と君を切り捨てたって負い目がある訳だから、今後の共生関係は歪な形にしかならないよ」

「そっか、また最初に切り捨てられるかもってオレが不安なのと同じで、突然強くなったオレが怒っているんじゃないかって皆も怖いのか……」

「それでも残るつもりなら応援しようと思っていたけど、一緒に来てくれるなら歓迎するよ。頼りになりそうだし」

「うん、オレがお姉ちゃんを守ってあげる!」


 こうして慕ってくれるのは隷属しているからじゃないと思いたい。そのあたりをノーラに調べてもらうためにも、行動を共にするのは悪い話じゃなかった。


 それと、私の言い分を何とか自分なりに理解しようとしている様子を見る限り、かなり地頭もいいのではないかと思う。経験の不足は否めないけど、考察を諦めない姿勢は頼もしい。考えなしに召喚魔法を頼った猫人達の元には、ますます置いておけない。


「どちらにせよ、すぐに出立しようって話じゃないよ。準備も必要だから、今は夕食の焼肉について考えようか」

「うん! オレの魔法なら、おっきな塊肉も焼けるかな?」


 難しい話にもついてこようとする一方で、食欲に一直線の様子は歳相応で可愛らしい。外見の精悍さと内面の幼さのアンバランスは破壊力がある。

 ちなみに、食肉中心の猫人と獅子人であっても生食は好まないらしい。


 既に西の湿地帯を住処にしていた毒大蛇は退治したので、徐々に環境も戻ると思う。そこで採取できるという薬草さえ復活すれば、外貨を獲得する手段ができて生活も安定する。

 あとは山岳地帯の岩亀だけ。

 そこまでは付き合うつもりだった。猫人達のためと言うより、子供達の死を無駄にしないためだけど。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
南大陸も気になるけど 顔を赤らめながら「ゆ、勇者召喚されてしまいまして」と報告する場面がみたい
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