第一章『学校占拠事件』十話
「何だとッ!? この馬鹿者どもが!!」
クニヤスが会館のメンバーから連絡を受けて、電話口で吠えた。
「あれほど厳重に見張りをしておけと言っておいただろ!! そんな簡単な事すらも貴様らは出来んのか!?」
電話の向こうからは、部下の言い訳がアレコレと言い立てられて、クニヤスの怒りのボルテージが上がっていった。
「言い訳はもうたくさんだッ!! これ以上失態を犯してみろ!! この件が終わった後に、貴様らに制裁を喰らわせるぞッ!! 分かったら見張りをしっかりやれ!! 猫の子一匹もらすんじゃないぞ!!」
部下の緊張した気配が電話口から伝わってくる。
まだ続きそうな言い訳を、クニヤスは問答無用で切った。
「――ッ!! この無能どもがッ!!」
黒のバイザーを脱ぎ、床に叩きつける。
仮面の下からは、壮年の男性の表情が浮かび出てきた。
クニヤスは今一人で部屋にいる。
屋上近くの使われていない一室で、如月結維は別の部屋に隔離しておいた。
「くぅ……! あれだけ! あれだけ言っておいたのに、何故ミスをする!?」
怒鳴り散らす彼の表情は焦燥にかられ、脂汗を滲ませていく。
「これも全て! 全て、あの能無し共のせいだ!! 私が、こんな事をしているのも、全て……全て――――ッ!?」
唐突にガラッと扉が開け放たれた。
室内に黒い外套を羽織り、黒の仮面をつけた人間が入ってくる。
『何かあったのか?』
「あ――いえ、それが、実は……」
変声機をつけ、声音を変えた指導者に事情を話す。
クニヤスに指示をアレコレと出し、裏で自分を操っていたのだ。
何かしらいい案を出してくれるかもしれない、とクニヤスは思った。
「……ですから、あまり焦る事はないと思いますが、外に逃げられると面倒なのでいま部下たちが追っているようです」
現在進行形の状況と対応を説明するクニヤスだったが、肝心の指導者は黙りこくったままだ。
何か言ってくれ、と思うと不意にくぐもった笑い声が聞こえた。
「あの……、どうしましたか?」
『そうか……、やはり動いたか……』
クニヤスの言葉を無視して、指導者はブツブツと独り言を繰り返す。
クニヤスがリーダーの言葉を辛抱強く待っていると、『クニヤス』と声をかけられた。
「は、はい!」
『その脱走した少年は、こちらに向かってくるぞ。君も打って出ろ』
「――は? いえ、ですが、ただの一学生ですよ? 何も私が出なくても……」
『ただの学生ならばな』
含みを持たせてリーダーは言う。
「……違うというのですか?」
『普通の学生が、末端の傭兵崩れとはいえ、その包囲網を突破してきたんだ。警戒するに越した事はあるまい?』
「むぅ……。――おやっ?」
手に握っていた電話が振動する。
クニヤスは嫌な予感がし、恐る恐る電話に出た。
『もしもし?』
「……誰だ貴様は? 暗号はどうした?」
『ああ、暗号か。そんなものがあったのか』
「誰だ貴様は、と聞いている!?」
『そう怒鳴るなよ。誰だっていいだろ? だけど、敢えて名乗るというのなら――――』
ゴクッと、クニヤスは唾を飲み下した。
『――お前らを、殺す者だ』
ブツっと、一方的に電話は切られた。
ツーツー、と無機質な音が耳朶に残響する。
仲間内しか通じない電話を掛けてきたという事は、追手である自分の部下は既に撃退されたか、裏切ったという事になる。
後者はあり得ない。皆、脛に傷を持つ連中ばかりだ。彼らの負債を清算出来るメリットを、逃げ出した少年が提供出来るとも思えない。
という事は、前者という事になるのだが……。
(ただの学生が、我々を――私を殺しにくる……?)
クニヤスは言いようのない恐怖に身体が震え、電話機を壁に投げつけた。
『どうやら、恐れていた事態が起きたようだな』
「な、何を落ち着いているんだ!? コ、コロされるかも、しれないというのに!」
『既に君は何人も殺しているだろう? 他人は殺しておいて、自分は殺されたくないなんて理屈、通るわけないだろ』
「ッ! そ、それは、貴方が『ヤレ』と命じたからじゃありませんか!!」
『断ればよかっただろう。殺したくない、と』
「断れば、私の家族を、殺しただろォォッッ!!」
クニヤスは人質にされている妻と子供の映像を思い返す。
今もなお、他の『トライブ』の奴らに拘束されている自分の家族を、クニヤスは助けたかった。
『そうがなるな。ミッションを達成すれば、君は家族と無事に会える』
「そうだといいがな――うぐっ……!」
突然、クニヤスはリーダーに締め上げられた。
そして拳銃と映像端末を眼前に見せつけられる。
「ああ……ああっ……! ヤ、ヤメテくれ……!」
映像では妻と娘が暴行を受けていた。
殴られ、服を剥がされ、裸体を晒した皮膚には、アザが何個もついていた。
悲鳴と絶叫、嘲笑と罵声が、端末から流れて聴こえてくる。
『調子に乗るなよ。その気になれば、貴様ら家族等簡単に殺せるんだぞ』
「くぅ……、す、すみません……」
従順な態度にリーダーは納得したのか、クニヤスの前に、ナイフを放った。
『さてクニヤス。二つに一つだ。この場で家族共々仲良く私に殺されるか。
それとも、我々を殺しにくる少年を殺して、家族と生還するか。
君に選ばせてあげよう』
「………………」
クニヤスは黙ってナイフを拾う。
『よし。利口な判断だ。――では、行きたまえ』
黒仮面に命令され、クニヤスは室内から出て行く。
その眼は、既に正気ではなく、恐怖と狂気に染まり、血走った瞳をしていた……。
『さあ〝フィクサー〟よ。再戦といこうか。待っているぞ――』
黒仮面の下、変声機からくぐもった嗤い声がこだました。
……あれ?
あと2話で第一章が終わる予定だったのに、おかしな事になってきているぞ?




