第一章『学校占拠事件』九話
『トライブ』のメンバーの一人が、気だるげに会場内を見張っていた。
既にターゲットである如月結維は確保され、メンバーのリーダー格である『クニヤス』がとある場所に連れて行っている。
途中、彼女の教師である金髪の女性がクニヤスに食ってかかっていたが、その教師も一緒に連行された。
なので『トライブ』の末端である自分は、見張り以外特にやる事がない。
若く可愛い女の子がたくさんいるのに、手を出すことは許されていないので、それもストレスが溜まる。
『トライブ』は犯罪組織であるが、暴行集団ではなく、高い理念に基づいて成り立っていると、自分が入った時にクニヤスから説明を受けた。
だが――
(裏サイトで偶然見つけただけの仕事だったからなー……)
意外と高い給料と待遇。
徹底した秘密主義と実力主義。
傭兵くずれだった自分には好待遇すぎて、逆に怪しいくらいだった。
(それだけが魅力の仕事だから、別に奴らの信念なんぞ知ったこっちゃないんだがな……)
『トライブ』のメンバーはどいつもこいつも、創設者の理念に心酔しており、その様は宗教の信者のようだった。
無神論者である自分には、異常過ぎて気味が悪い。自分より、他の誰かを信じるなど男には理解不能だった。
(あー、早く仕事終わって可愛い子ちゃんとネンネしたい……ん?)
ふと、罵声が聞こえたので男はそちらを向く。
見ると、先ほどの生徒達がまた喧嘩を再開したようだ。
(……ったく面倒くせえ事やらかし始めやがって)
男が封鎖している出入口から比較的近い距離で、他のメンバーが『お前が行け』と目で合図してきた。
男は、ハァ、とため息を吐いて、揉めてる二人の生徒のもとへと歩く。
「ハァイ、僕たち。喧嘩はそこらへんで止めておこうか。さもないと、もっと痛い目にあっちゃうよ?」
男はライフルの銃口を二人に向ける。
だが二人の言い争いはヒートアップしていくばかりで、喧嘩が止む気配がない。
(チッ、こうなりゃどっちか殺して黙らせるか)
色々とウサが溜まっていたので、気持よく発砲してやろうと思っていると、男子生徒が女に顔を叩かれて、自分の方へもたれかかってきた。
少年の顔は赤く腫れており、その無様さが面白かった。
「しょうね~ん。今から女の尻にひかれてよるじゃ、この先大変だよぉ?」
下卑た嗤いをこぼし、男子生徒の脳天に銃を突きつける。
引き金を弾く、その瞬間――
強烈な一撃が、男の鳩尾に入る。
僅かなうめき声を漏らし、男は少年の面を拝んだ。
あまりにも的確で鋭い一撃を打ち込んだ野郎を記憶するために。
そしてその行為を後悔した。
少年の色彩を失った黒い瞳は、過去に自分を恐怖へと陥れたゲリラ兵の子供の〝ソレ〟と酷似していた。
そう。そうれは何の躊躇いもなく、自分の命をドブに捨てる覚悟をした人間の瞳。
他人の命は元より、自らの命すら悪魔に差し出せる者の眼。
(こんな平和ボケした国で、こいつらに出遭っちまうとは、ツイてねえぜ……)
底冷えのする恐怖に囚われ、男は少年から痛烈な一打を首筋にもらい、意識が遠のいていった――
「――と、まあこんな所かな?」
裁也は、唖然としている詩音の方を振り向いた。
彼女は言葉を失ったように、口をパクパクとさせている。
裁也は、ヨッと気絶した男を床に投げだした。
――すぐに行動に移らなければ。
直に他の『トライブ』の連中が、駆けつけてくるだろう。
「じゃあ結月さん。僕は行くよ」
詩音は裁也に声かけられ、ハッと気付く。
「え、ええ……。じゃあ、頼んだわよ」
じゃあ、と裁也も短く挨拶をして、男が護っていた出入口へと駆け去っていく。
その直後、他の『トライブ』のメンバーが、裁也が脱走した事に気づき、彼を追いかけた。
詩音は、裁也の身を心配しなかった。
だって、あんなに強い男の子を見たのは初めてだったから……。
彼ならば切り抜けられるだろう。
詩音は祈る。
結維の無事と、裁也が彼女を助け出せる事を。
高校受験以来のイジワルな神様に、切に祈った。




