第4話 努力?才能?
教室の窓際で、リーサは机に突っ伏しながら深いため息を漏らしていた。
「はあー……やりたいことなんて、これといったのも無いしさ〜」
「リーサにしては珍しいんじゃない?」
すかさず横から顔を覗かせたのは、親友のカナリエだった。
「そう?」
疑問に思いながら首を傾げるリーサに、カナリエは可笑しそうにクスッと笑う。
「気づいてないの? 好奇心の塊で『あれやりたい! これやりたい!』って思う人だと思われてるわよ?」
そしてどこからともなくリーサの座っている椅子の後ろから声が聞こえた。
「なんだ、天真爛漫女でもそんなこと悩むのか」
入り口に立っていたのは、聞き慣れた、そして少々生意気な声の主――サウスだった。
「はぁ?…ってサウス」
「っていうか、何時だと思ってるの?」
ニヤニヤと笑いながら軽口を叩くサウス。相変わらずの調子だったが、リーサは一瞬だけ無言で彼をじーっと見つめた。そして、極めて真面目な顔で一言を言い放つ。
「そ、その寝癖…な、どうしたのぉっ…ぷっ!!」
一瞬の静寂。
「ぷふぅ!?」
カナリエが耐えきれずに盛大に吹き出した。周囲の生徒たちからもクスクスと笑い声が漏れ聞こえる。
「あぁ、ちょうど10分前に起きたきりだったからな」
サウスは慌てる様子もなく、その見事な無造作に立ち上がった髪の毛を雑に手でガサガサと直すと、リーサは呆れたように腕を組み、半目で睨みつける。
「どうせフケがいっぱいついてるんだから離れてよ!」
「あぁ?ついてねぇよ!」
悪びれもせずに頭をかくサウス。この3人のやり取りはいつも通りである。
「でも、ちゃんとお昼までには間に合わせたぜ」
「それのどこが“ちゃんと”なのよ」
間髪をいれずに突っ込むカナリエ。そして未だに笑いを引きずりながら「ほんと……変わんないね、サウスは」とお腹を抱えていた。
キーンコーンカーンコーン――
その時、次の授業の開始を告げる鐘の音が校舎に響き渡った。
『よーし授業始めんぞー。全員、訓練場へ移動!』
廊下から響く教師の大声に、教室の空気が一気に切り替わる。ガタガタと椅子を引く音が重なり、生徒たちが立ち上がり始めた。
「行こっか」
さっきまでの緩い雰囲気を払拭し、ほんの少しだけ気持ちのスイッチを入れたリーサが声をかける。
「うん」
「よーし、寝起きの体慣らしにちょうどいいな」
肩を回しながら調子よく付いてくるサウスに、リーサは間髪入れずに「寝起きで来るな」と即座にツッコミを入れた。
少々の笑いを残したまま、三人は並んで教室を出る。
「んじゃあ、まずは基礎確認!! 全員、全力ダッシュ校内10周!!!」
「エエエーーーーっ!?」
絶望に満ちた悲鳴が一斉に上がった。先生はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「周回遅れになった生徒には、どんなお仕置が待っているか楽しみにしていろよ?」
一転して静まり返る訓練場。冗談ではない威圧感に、生徒たちの顔色が青ざめる。
「……マジでやばいって、あの顔」
完全に怯えきった周囲を余所に、リーサは軽く肩を動かした。
「ちゃっちゃと走っちゃおっか」
「ちゃっちゃとできたら苦労しないけど…」
苦笑いするカナリエに、リーサはチラリと視線を向ける。
「カナリエだって『武術とか体を動かすのは苦手』なんて言いながら、クラス全体で上位じゃない」
「それは……無駄を省いて効率でカバーしてるだけよ」
照れくさそうに笑うカナリエ。
「よーい――スタート!!!」
合図とともに、生徒たちが一斉に駆け出した。
リーサとカナリエは自然と横並びになり、呼吸を乱さない無理のないペースで走り始める。互いに会話を交わせるほどの余裕を持ちながらも、気づけば位置はダントツの先頭集団だ。本当は3位か4位あたりで目立たぬよう抑えるつもりだったのだが、周りのペースが思った以上に遅かったのだ。
すると、二人のすぐ横に、あくびをしながら並走する影があった。
寝ぼけたまま走るサウスだ。
「よくそんな半分眠ってるみたいな状態で、私らと一緒に走れるわね」
カナリエが呆れ果てた声を出すと、サウスはぼーっと前方を見据えたまま呟いた。
「んー……体が勝手に動いてるだけだろ」
そんなやり取りの最中、リーサは後ろの気配が異様に離れていることに気づく。
「サウスが私たちの順位くらいまで上がってきてからさ、後ろ、なんかさっきよりも間隔が空いてきてない? 私たち、少しペースを下げたのに」
「この男のせいでしょ!」
カナリエの即答に、サウスは「ぁ?」と間抜けな声を上げた。
「えっなんで…あっ!!?・・・・」
何かを察したかのようにリーサ話し出した。
「大丈夫サウス。私たちは友達だよ!」
「嫌われてねぇわ!!」
変な勘違いをしてサウスを励ます。リーサに、カナリエは可笑しそうに理由を明かす。
「この前ね、寝ぼけて後ろの人を吹っ飛ばしたのよ」
「えっ、なんで?ついに頭までおかしく…」
「お前には言われたくねぇ!!こんなペースで悠長に喋りやがっておかしいだろ!」
「それはあんたも同じでしょ!?」
無駄な争いをするリーサとサウスはカナリエにげんこつを貰い、サウスぶっ飛ばし事件のことを聞く。
「痛ってぇ…。知らねぇよ……覚えてねぇし」
だが、カナリエは一瞬だけ目を細め、サウスの背中に視線を向けた。
「まぁでも……」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、ぽつりと漏らす。
「なんとなくわかるけど…」
「ん? 何か言った?」
首を傾げるリーサに、カナリエは一瞬でいつもの柔らかな微笑みに戻ってみせた。
「ンーン、なんでもない」
それからも三人は変わらぬ安定したペースで走り続けた。息が乱れる様子は一切ない。やがて、トラックに先生の声が響き渡る。
「ラスト一周!!」
リーサは軽く息を整えた。
(このままでいい。スピードをキープしてゴールしよう)
ゴールラインを切り、先生が「はーい終了!!!」と声を張り上げると同時に、後続の生徒たちはバタバタと地面に倒れ込んだ。
「無理ぃ……」「足死んだ……」と絶叫と呻き声が渦巻く中、リーサ、カナリエ、サウスの三人は何事もなかったかのように平然と立ち尽くしていた。その余裕こそが、彼らの普通ではない実力を物語っている。
「はいはい、休憩はそこまで! 次は全員、木刀を使った模擬戦だ」
木刀が配られ、クロード先生の号令が響いた。クラス全員が敵となる、一戦必勝の乱闘形式の模擬戦。
「あんまし得意じゃないけどなぁ」と苦笑するカナリエに、真剣を欲しがるような視線を送るリーサ。気心を知れたカナリエに思考を見抜かれ驚くリーサだったが、隣ではサウスも似たような不満顔を浮かべていた。
訓練開始の合図とともに、激しい打ち合いが始まる。しかしリーサは乱戦の中を、戦意を感じさせぬ足取りで静かに歩いていた。新学期が始まったばかりで、見覚えのない顔も多い。
「オラァ! 女だからって手加減はしねぇぞ!」
突如襲いかかってきた男子生徒の攻撃を、リーサはあっさりと回避する。生徒が身体強化魔法を纏い猛然と木刀を振るうが、彼女はその場を動かない。木刀が掠める直前、リーサの目つきが一変した。
一閃。
一瞬の交錯ののち、男は声もなく崩れ落ちた。平然と微笑むリーサの圧倒的な手腕に、周囲の空気が凍りつく。
(ほんと、強くなったわね……この3年で)
幼少期から彼女を知るカナリエは、胸の中で呟く。リーサがどれほどの努力を重ね、どんな領域へ至ったのかを、彼女とサウスだけは深く理解していた。
「おい、リーサ」
緊迫した気配を破り、木刀を構えたのはサウスだった。
「俺とやれ!!」
「しょうがないなぁ~」
どこか嬉しそうに応じたリーサが構えを取ると、場に鋭い風が巻き起こる。彼女の全身から溢れ出る圧倒的な覇気が、見えないオーラとなって周囲を威圧した。
「俺が超えるべきなのはお前だ、リーサ! 今度は勝つ!!」
互いの闘志が激しくぶつかり合い、二人の真剣勝負が幕を開ける。




