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第094話:電子の告知と、五曲の設計図

夏休みに入った静かな山高の軽音部室で、俺と智ちゃんは長机に向かい、数日後に迫った市民会館ライブの進行表タイムテーブルを詰めていた。


「開催時間ですが、一回目は十七時半スタート。演奏時間は三十分とします。終演後、退出誘導を含めて十八時半には一回目の客を完全に吐き出させる。二回目は十九時開場で、二十時に演奏終了。片付けと撤収を含めて、二十一時には市民会館から完全撤退します。これ以上遅くなると、遠方から来た高校生たちに補導のリスクが出てくる。これは絶対厳守です」


俺が確認すると、智ちゃんは手元のノートにペンを走らせて頷いた。


「わかった。……でも、整理券の配布場所や時間の変更、どうやって全員に伝えるの?」


「WEBで告知します」


俺は傍らのノートPCを開き、画面を智ちゃんに見せた。


「夏休みに入ってすぐ、映画部の尾田さんに頼んで俺たち『beat less』の公式ホームページを立ち上げてもらったんです。もちろん、海外の連中向けに英語版のページも用意してある。整理券の配布ルールは、ここに一斉掲載します」


「すごい……。ライブのポスターを作る時間はなかったけど、これなら一瞬で世界中に発信できるね。……でも、そんなに世界中の人がいっぺんに見に来たら、尾田くんのホームページ、パンクしちゃったりしないの?」


俺は小さく口角を上げた。


「ええ。十中八九、アクセス過多で『503エラー』を吐いてサーバーがダウンします。同じサーバーに同居している他人のホームページも巻き添えにするでしょうね」


「えっ!? それじゃ告知が読めないし、苦情が来ちゃうよ!」


「構いません。ネットの連中は、見られないとなると余計に執着します。『アクセス殺到でサーバーを物理的に破壊した伝説のバンド』。これ以上のプロモーションはないでしょう」


俺はPCの画面を切り替えた。


「肝心の整理券のルールは、YouTubeの動画の『説明欄』に英語と日本語で追記して逃がしておきます。あそこのサーバーは、天下のGoogle Videoが総力を挙げても落とせないほど頑丈ですからね」


智ちゃんは目を丸くし、やがて呆れたように笑った。


「本当に、どこまでも計算づくなんだね」


大人の検閲を通さない、俺たちだけの独立した情報網。大衆の心理とネットのインフラを完全に操るそのロジックは、従来の物理的な広報とは次元が違う速度を持っていた。


「さて。進行の枠は決まりました。問題は、中身の曲目です。『ホワイト・アルバム(白いディスク)』の中から五曲選びますが」


俺が言うと、智ちゃんは少し得意げに一枚のメモを差し出した。


「私なりに、五曲のセットリストを考えてみたんだけど。どうかな」


そのメモを見た瞬間、俺は少しだけ目を丸くし、やがて小さく笑った。


「……驚きました。俺の頭の中にある設計図と、完全一致していますよ」


「本当?」


「ええ。一曲目は疾走感で圧倒する新曲の『Help!』。二曲目は重低音を這わせる『Come Together』。三曲目に日本語で暴れる『センコー(仮)』を叩き込み、四曲目の『Twist and Shout』で熱狂を限界まで引き上げる。……そして最後は、『The Long and Winding Road』で完全にクールダウンさせて、外への退場誘導に繋げる」


智ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。


「よかった。私と同じ選曲だ、じゃあ決まりね。でも、五曲と薫くんのMCで三十分に収まるかな? MCを入れるなら『センコー(仮)』の前だと思うけど、あの熱気を見たら、あいつ絶対興奮して喋りすぎちゃうと思うな」


「間違いないですね。だから、時間が押したら薫先輩が喋っていようが構わず、博士先輩にドラムスティックでカウントを叩かせて強制的に曲をスタートさせます」


「あはは、それウケるね」


智ちゃんが声を立てて笑う。だが、この過酷なタイムスケジュールを回すためには、冷徹に時間を支配する仕組みが必要だった。


「準備にかかりきりで練習する時間はもう取れませんが、ぶっつけ本番になりそうですね」


「ええ。でも、今まで散々あの埃っぽい蔵で音を合わせてきたんです。大丈夫ですよ」


「うん。信じてる」


智ちゃんは力強く頷き、ノートの次のページを開いた。


「あとは当日の残務確認だね。終演後の会場の掃除と、忘れ物の対応のフローを木村さんに確認しておかないと。それから、アーケードのメインステージの運営側には、『beat lessの公演は市民会館に変更になった』って、メインの進行表の看板に一筆書いてもらうように木村さんから頼んでおこう」


「ええ、お願いします。……蓋を開けてみれば、音を鳴らす以外にもやることが山積みで大変ですね」


俺が苦笑すると、智ちゃんも「本当だね」と笑い返した。


二人きりの部室。だが、机の上に広げられた数枚のメモは、数千人の群衆を動かし、退屈な地方都市のシステムを完全にジャックするための、隙のない設計図として仕上がっていた。

8月1日(本日) 8月2日 午前午後 2話ずつ投稿します。

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