第093話:体操服の部隊と、退場誘導のスキーム
8月1日(本日) 8月2日 午前午後 2話ずつ投稿します。
山口市民会館の第一会議室。
広いテーブルを囲んでいたのは、文化振興財団のベテラン職員たちと、十代の少女たちだけだった。
アキラをはじめとする『beat less』のメンバーは、一切この場に立ち会っていない。
山高三年の井川京子、そして一年の麻耶。
二人の声掛けにより、市内の女子ネットワークから選抜されたリーダーたちが集結していた。
財団の職員が、ホールの平面図を広げて真剣な顔で口を開いた。
「……最大の課題は、一回目の公演が終わった後、千五百人の観客をいかに素早く外へ吐き出し、二回目の客を入れるかです。少しでも滞留すれば、入り口で将棋倒しのパニックになります」
大人の懸念に対し、京子は落ち着いた様子で頷き、平面図の上に指を置いた。
「問題ありません。一回目の客席にいる皆さんが、自分から遠くへ動きたくなるような仕掛けはしてあります。……終演後、出口で整理券は回収しません」
「回収しない? 色分けしてあるから使い回しの心配はないにしても、客が整理券を持ったまま余韻に浸って会場周辺にたむろすれば、大パニックになりますよ!」
「だから、事前に入場時のチラシで『出口の先にある報酬』を伝えておくんです」
京子の隣で、麻耶が弾むような、それでいて自信に満ちた声で言葉を引き取った。
「会場から少し離れた亀山公園の広場に『ファンクラブ優先登録所』を設けます。今回入場できた整理券を応募用紙に貼って申請すれば、その番号が初期会員番号になって、次からのイベントに優先的に入れるようにするんです。その地図と手順を書いた案内を、入場時に全員に配ります」
「入場時に……? なるほど、あらかじめ目的地を刷り込んでおくわけか」
職員がハッとして息を呑んだ。
「そうです。そして終演と同時に『今すぐ整理券を持って亀山公園へ急いでください!』とアナウンスを流す。それは誘導ではなく、レースのスタートの合図です。興奮したファンの皆さんは、どこへ行くべきか分かっている。整理券を大事に握りしめて、自分から先を争って公園へと走ってくれます。これで会場の周りから人は一瞬でいなくなります」
「なるほど……」
大人の職員が感心したように息を吐いた。
群衆を力で押さえつけるのではなく、彼らの心理を突いて自発的に動かす。
それは学生らしい柔軟で鮮やかな解決策だった。
「問題は、その動線の案内と客の整理です。プロの警備会社を雇う予算も時間もない以上、君たちボランティアに頼るしかない。だが、興奮した観客を未成年がどうやって統率するかが……」
「それについては、私たちに考えがあります」
職員の言葉を遮るように、麻耶が身を乗り出した。
「柔道部や空手部のガタイの良い男子たちには、入り口とステージ前の『物理的な壁』になってもらいます。そして、複雑な動線案内と客のコントロールは、私たち女子が担当します」
麻耶は、テーブルに並ぶ各校のリーダーたちを見回し、いたずらっぽく笑った。
「当日の誘導スタッフは、全員それぞれの学校の『指定ジャージ』を着用して配置につきます」
「ジャージ、ですか?」
大人の職員が目を丸くする。
京子が柔らかい、しかし揺るぎない口調で説明を補足した。
「はい。胸や背中の学校ロゴを見れば、どこの学校の生徒か一目で分かります。他県から来た熱狂的なファンたちも、一生懸命ボランティアをしている地元の女子高生には、無理に押し通ったり乱暴な真似はできません。私たちは、一番安全な防波堤になれるんです」
「それに」
と麻耶が付け加える。
「各校のジャージごとにチームを分ければ、指示系統もスムーズになります。中央高校はロビー、野田学園は外の誘導、中村女子は亀山公園、といった具合です。ロゴを見れば誰がどの部隊かすぐに確認できますから。これ、文化祭の準備でいつもやってるやり方なんです」
各校の指定ジャージ。
そのロゴと独特のデザインは、そのまま『部隊の制服』として機能する。
彼女たちは、学校の体操服という記号を使い、数千人の群衆を管理する完璧な誘導部隊を、自分たちの手だけで組織化しようとしていた。
「……よく考えられている。当日の誘導は、君たちの指示系統に乗らせてもらおう」
大人の職員が、深く頷いた。
アキラたちが不在の密室で、少女たちはすでに自律的に動き、大人社会のシステムと対等に渡り合っていた。
退屈な地方都市を揺るがす歴史的なライブ。
その屋台骨を支える「完璧な動線」の構築は、彼女たちの真っ直ぐな情熱と知恵によって、強固に完成しつつあった。




