第081話:聖夜のドキュメンタリーと、恣意的な編集
十二月。クリスマスの日中。
長州進学塾で受けた県模試と一斉テストで、俺はきっちり十番台の成績を叩き出していた。
もちろん学年トップだ。
大人の不安を黙らせるには十分すぎる数字だ。
おかげで親父も塾の講師も文句を言うことはなく、俺は冬期集中講座という無駄な時間をあっさりと回避することに成功していた。
その浮いた時間を利用して、俺たちは市街地の高台にある立派な洋館に足を運んでいた。
『クィーン・オブ・ハーツ』のキーボード担当の実家らしい。
進学校の女子には、こういう生粋のお嬢様が一定数混ざっている。
広いリビングには、俺たち五人と、京子たち五人、そして映画部の尾田を合わせた計十一人が揃っていた。
テーブルにはチキンやピザ、色鮮やかなグラスが並んでいる。
俺は自分の手元にあるウーロン茶のグラスを、用心深く嗅いだ。
二年前の冬、同じように女子の家で開かれたパーティーの際、悪戯でアルコールを摂取させられ、衆人環視の中で元同棲相手の名前を叫んで大号泣するという、生涯消えないトラウマを刻まれたからだ。
今日の俺は、未開封のペットボトルから自分で注いだもの以外、一切口にするつもりはなかった。
「それじゃあ、上映を始めます」
尾田が薄暗くしたリビングの前方にプロジェクターをセットし、得意げに声を弾ませた。
彼が東京の全国大会に同行して撮影した、ドキュメンタリー映像のお披露目だ。
スクリーンに映像が投射される。
驚いたことに、その構成はなかなかのものだった。
音楽的な技術の解説はほとんどない。
代わりに、カメラは京子たち五人の学校生活、他愛のない恋バナ、将来の不安や夢といった、等身大の素顔を丁寧に切り取っていた。
被写体への距離感や執拗なクローズアップから、尾田の京子に対する個人的な執着が痛いほど伝わってくる。
だが、それ以外のメンバーにも十分な時間を割き、進学校の優等生たちがなぜあのような歪んだノイズに惹かれたのか、その内面の変化を浮き彫りにする見事な群像劇に仕上がっていた。
映像は、十一月の東京・渋谷公会堂でのクライマックスへと突入する。
大人の進行と秩序で塗り固められたステージが、極限まで歪んだギターと京子のシャウトによって物理的に破壊されていく光景。
放送事故の混乱の中、客席の熱狂がうねるように波打つ様子が、手持ちカメラの生々しい揺れと共に克明に記録されていた。
音楽の熱狂を映像で切り取る。
尾田という男の才能は、確かに本物だった。
だが、問題はラストシーンだった。
大会直後のバックステージ。
空白のグランプリ・トロフィーを抱える京子に対し、薫が激しい口調で詰め寄っている。
『大人の体裁のための押し付けだ。あんなお下がり、今すぐ突き返してこい』
映像は、怒り狂う薫の表情と、怯えたように後ずさる京子の顔を交互にフラッシュバックさせる。
客観的に見れば、野蛮な不良が、健気な女子高生を暴力的にコントロールしようとしている、胸糞の悪い構図だ。
露骨な切り貼りと、煽るようなBGM。
あの青白い映画部の男が、目障りな薫を意図的に「悪者」に仕立て上げるため、執念を込めて編集した痕跡がくっきりと残っていた。
バックステージにいなかった俺たちには、その場の本当の空気を知る由もないが、映像の作為的な意図はあまりに明白だった。
エンドロールが流れ、リビングに明かりが点く。
重苦しい沈黙が下りた。
俺は息を吐き、隣に座る薫の横顔を見た。
自分の熱意を悪意ある編集で晒し者にされたのだ。
彼がスクリーンを蹴り破って怒り狂ってもおかしくない。
だが、薫は静かに立ち上がり、尾田の方を見た。
「……いいドキュメンタリーだった。感動したよ」
怒号でも、皮肉でもなかった。
ただ真っ直ぐに、映像の持つ力と彼女たちの歩みを称賛する、落ち着いた声だった。
尾田が「えっ」と虚を突かれた顔をする。
京子以外の四人の女子メンバーたちが、ハッとしてお互いに目配せをした。
その直後だった。
京子が突然立ち上がり、顔を伏せたまま逃げるようにリビングを飛び出していった。
突然のことに俺たちはあっけにとられ、顔を見合わせた。
だが、薫だけは迷うことなく、真っ直ぐに京子の後を追って部屋を出た。
俺は少しだけ窓のブラインドを開け、冬の陽射しが落ちる広い中庭を見下ろした。
冷たい風が吹く庭の片隅で、京子が両手で顔を覆い、肩を震わせて泣いている。
薫はその隣に立ち、不器用な手つきで彼女の背中を撫でていた。
窓越しで声は聞こえないが、京子が何度も頭を下げ、薫に謝っているのがわかる。
尾田の浅はかな悪意と、それすらも正面から受け入れた薫の器の大きさ。
そして、ロックの矜持よりも記念のトロフィーを選んで彼を失望させてしまったことへの、京子自身の痛切な罪悪感。
映像という虚構でどれほど彼を悪者に仕立て上げようと、二人の間に流れる不器用で生々しい熱量には、到底敵うはずもないのだ。
俺はブラインドから手を離し、誰にも気付かれないように小さく口角を上げた。
くだらない嫉妬や大人の思惑など、彼らの間ではいとも簡単に書き換えられる。
俺たちの撒いた毒は、音楽という枠を超え、確実に彼らの人間関係すらも変質させていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
続きが気になった方は、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると励みになります。




