第080話:空白のトロフィーと、帰りの新幹線
十一月下旬。東京での全国大会から数日後の放課後。
土壁の蔵で機材のメンテナンスをしていると、引き戸が開いて映画部の尾田が顔を出した。
「東京の映像素材、とりあえず荒編集の前に報告だけしておこうと思ってね」
尾田はパイプ椅子に腰を下ろし、どこか冷めた、それでいて満足げな笑みを浮かべた。
「ニュースなんかでも流れている通り、クィーン・オブ・ハーツがグランプリを獲った。……でもね、裏ではちょっとした揉め事があったんだ」
尾田の言葉に、俺は半田ごてを置いて視線を向けた。
「本来、グランプリに選ばれていたのは彼女たちじゃない。どころか、次点ですらなかったんだよ。上位に選ばれていたのは、東京代表として出てきた、技術的に非の打ち所がないバンドたちだった」
かつての相良が率いていた『スカイ・ハイ』のように、この世界の「正解」をなぞる音楽の秀才たちだ。
相良自身は今回の大会には参加していない。
彼は一足先にこの街を離れ、今頃は東京の大学で、俺が渡した『Satisfaction』の毒を静かに研ぎ澄ませているはずだ。
「でも、選ばれた彼らは表彰式に姿を見せなかった。賞の受け取りを完全に拒否して、会場から消えちゃったんだよ。困った運営側は慌てて次点のバンドに、さらにその次のバンドにグランプリを打診した。……でも、京子さんたちが鳴らしたあの異常な音圧と熱量を見せつけられた彼らは、自分たちの音楽を否定されたショックからか、ことごとく受け取りを拒否したんだ」
俺は小さく鼻を鳴らした。
自分たちが信じてきた美学を物理的な音の衝撃で粉砕され、大人の用意した賞を受け取るプライドすらへし折られたのだ。
「結果として誰も受ける者がいなくなって、運営はメンツの都合上『該当者なし』にするわけにもいかず、急遽、原因を作った京子さんたちにグランプリのトロフィーを押し付けたってわけさ」
「……その流れを裏で見ていた薫くんが、ブチギレてね」
尾田が面白そうに肩を揺らす。
「『大人の体裁のための押し付けだ。あんなお下がり、今すぐ突き返してこい』って京子さんたちに迫ったんだ。でも、京子さんたちは『せっかく東京まで来たんだし、記念だから』って、五人全員一致であっさりトロフィーを受け取っちゃったんだよね」
俺は微かに目を細めた。
ロックの矜持よりも、「修学旅行の記念品」としての価値を優先する。
いかにも進学校の女子高生らしい、現実的でドライな判断だ。彼女たちにとって音楽は人生のすべてではなく、輝かしい青春の1ページに過ぎないのだ。
「薫先輩は、さぞかし不機嫌だったでしょうね」
「そりゃもう。帰りの新幹線の中なんか、薫くんと京子さんの間は口も利かないくらい気まずい空気だったよ」
尾田は持参したカメラバッグを叩き、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「もちろん、その辺のバックステージのやり取りも全部カメラを回しておいたから。後でゆっくり見せてあげるよ。……いやぁ、僕としてはあの二人が仲違いしてくれるのは大歓迎なんだけどね」
俺は呆れたように小さく息を吐いた。
この青白い映画部の男は、音楽の記録などどうでもよく、ただ『井川京子』という被写体への個人的な執着からこのプロジェクトに張り付いているのだ。
音楽の熱狂と、大人の都合。
そして、くだらない下心と、あっさりと割り切る者たち。
俺は再び半田ごてを握り直し、基盤の回路に熱を当てた。
お行儀の良い東京の連中がこの程度なら、すでに東京の大学へ進学している相良がその本能を完全に解放した時、中央の秩序にも確実に変化が訪れるだろう。
俺たちがこの退屈な世界に仕掛けた仕組みは、着実に大人の予定調和を揺さぶっていた。
相良の位置関係を修正しました。




