第079話:白日の電波と、東京の放送事故
十一月中旬。日曜日の午後。俺は自室の机で、長州進学塾の分厚いテキストを開いていた。
机の隅に置いたラジカセからは、FMの特別番組が流れている。現在、東京・渋谷公会堂で開催されているTMF全国大会の生中継だ。
ペンを回しながら、俺は流れてくる全国の代表バンドたちの音を冷静に分析していた。
東京のメインストリームは、未だに「正解」の殻の中に閉じこもっていた。一昨年の福岡大会で見た有象無象と同じ、綺麗にパッケージされただけの退屈で薄っぺらいポップス。彼らの生ぬるい演奏を聴けば聴くほど、あの相良が持っていた狂気じみた正確な運指がいかに突出した技術だったかがよくわかる。
『――さあ、続いては山口県代表。クィーン・オブ・ハーツ!』
DJの軽快なアナウンスと共に、京子たち五人のステージが始まった。
ドンッ、と。
最初のドラムのカウントが鳴った瞬間、ラジオのスピーカーから出力される音量が、不自然なほど急激に跳ね上がった。
明らかに現場のPA卓のフェーダーが、限界を突破して押し上げられた音だ。東京の音響スタッフを押し退け、薫が強引に卓の主導権を奪い取った光景が目に浮かぶ。
重厚なディストーションと強烈なビートが、ラジカセの小さなスピーカーをビリビリと震わせる。
「……いい感じだ」
俺は数学の問題集から目を離さず、小さく口角を上げた。日曜の日中の生放送でこんな爆音と怒号を垂れ流せば、局の電話窓口には抗議と問い合わせが殺到するだろう。そんな明後日の思考が頭をよぎる。
京子の情念を剥き出しにしたシャウトが電波に乗り、洗練された東京のシステムを物理的に叩き割っていく。
やがて、荒れ狂うギターの残響とともに演奏が終わった。
だが、すぐに続くはずのDJの実況が、いつまで経っても聴こえてこない。
ラジオからは、渋谷公会堂の会場を包み込む、怒号とも歓声ともつかない異様な地鳴りのようなノイズだけが、生中継でそのまま垂れ流されていた。
『……マイク、切れて……これ、放送事故だぞ……』
混乱する現場スタッフの囁き声が、微かに電波に乗って漏れ聞こえる。
圧倒的な音圧と熱狂の前に、大人の進行という名の「秩序」が完全に吹き飛んでいる。生放送という逃げ場のないインフラの中で、現場のパニックがそのまま全国へ拡散されているのだ。
俺はラジカセの電源を切り、静かな自室で一人、ペンを握り直した。
地方から放った劇薬が、ついに中央の心臓部を食い破った。来年の春、俺自身が山高の制服を手に入れて反撃の狼煙を上げるための布石は、これ以上ない形で完了した。




