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第008話:俺たちの言葉

狂乱のセッションが終わった後の空き教室には、荒い息遣いと真空管アンプの「ジーッ」というノイズだけが響いていた。


四人とも、まるでフルマラソンを走り終えたかのように肩で息をしている。


「……すげー」


ドラムスティックを放り出し、梶井が天井を仰ぎながら呟いた。


「なんだよこれ。わけわかんねえけど……気持ちよすぎる」


ベースを持ったまま、斎藤が床にへたり込む。

口々に漏れる感想は、未知の快感に脳を焼かれた者のそれだった。


抑圧されてきた彼らの行き場のない鬱憤が、四拍子の裏打ちと歪んだギターのノイズによって完全に解放されている。


だが、マイクスタンドを握りしめていた橘が、ふと我に返ったように俺を見た。


「でも、なんでさっきから英語なんだ?」

「え?」

「いや、さっきの曲は勢いで叫べたけどよ。俺、英語なんて全然わかんねえぞ。最初の曲みたいにペラペラ歌えねぇ」


橘の不満げな言葉に、俺は思考を巡らせた。


俺の脳内には、無数のスコアが英語詞のまま完全なデータとして保存されている。

だが、ここは二〇〇三年の山口県で、彼らは普通の中学一年生だ。


俺が英語の響きのまま彼らに歌わせても、そこに彼ら自身の「等身大の感情」は乗らない。


「だったら、先輩たちの言葉で歌えばいいじゃないですか。日本語で」


俺がさらりと言うと、橘と斎藤は揃って顔をしかめた。


「はあ? 日本語で? こんな激しい音に日本語なんて乗るわけねえだろ」

「そうだよ。学校の合唱曲みたいにダサくなるに決まってる」


この世界の合唱曲しか知らない彼らにとっては、無理もない反応だった。

意味の整った行儀の良い上品な旋律。それが彼らの知る日本語の音楽のすべてなのだ。


俺は言葉で反論する代わりに、手元のギターを構え直した。

先ほどの荒削りなリフを再び弾き始める。


ダッ・ダッ・ダッ・ダッという強烈な裏打ちのビート。


「合唱みたいに綺麗に歌うなと教えたはずです。意味なんてなくていい。今ムカついていることを、なんでもいいからこのリズムに乗せて叫んでください」

「ムカついてること!? ええと……っ」


橘は戸惑いながらも、俺の鳴らすギターの暴力的な圧力に急かされ、マイクに噛み付いた。


「き、教師のツラが気に食わねぇ!」

「もっとリズムに乗せて」

「センセーのツラが、気に食わねぇーッ!!」


歪んだギターのノイズに、橘のヤケクソな日本語が乗る。


荒削りで、意味の繋がりなんてない。

だが、その言葉には、中学生である橘薫の「等身大の苛立ち」が確かに宿っていた。


英語のモノマネでは絶対に出せない、生々しい刃のような響きだ。


「……あ。なんか、すげえハマってる」


ドラムスローンに座っていた梶井が、目を丸くする。

斎藤も驚いたように橘を見ている。


橘自身も、自分の口から出た適当な言葉が強烈な「音楽」のピースになったことに気づき、興奮で顔を赤くしていた。


海外の曲をそのまま輸入して歌わせるだけなら、ただの質の悪いコピーバンドで終わる。

俺の仕事は、この世界の「綺麗すぎる日本語」の枠組みを解体し、彼らの生の言葉をノイズに乗せてばら撒くことだ。


俺はギターの弦をミュートして静寂を作り、三人の未完成な才能を見回した。


「今日から、俺がメロディとリズムを作ります。先輩たちは、そこに自分たちの言葉を叩き込んでください」


こうして、この退屈な世界における初めての「俺達のロック」が、山口の片田舎の埃っぽい部室で静かに始動した。

23日更新 10:00 事情で5話投稿します。


19:00は行いません。


明日から午前午後2話です。

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