第069話:狂騒の特訓と、譲れない重低音
それからの日々、山高の軽音部室は異様な熱気に包まれることになった。「合同学習」という名目のもと、優等生たちを新たなバンドへと再構築する作業は、予想以上にスムーズに進んでいた。
「コーラスのピッチは完璧です。でも、リズムが置きに行っている。もっと前のめりに、息が切れる寸前のスピードで走ってください!」
勝が容赦のないダメ出しを飛ばし、俺がエレクトーンでエイトビートを乱暴に叩き出すと、男子五人組は汗だくになりながら必死に食らいついてきた。
「……キツいけど、なんか、頭の中が痺れるくらい気持ちいいな」
富田が荒い息を吐きながら笑うと、他の男たちも憑かれたように熱っぽい目で頷いた。
一方、部屋の反対側では、薫が井川京子と向かい合っていた。
「京子ちゃん、声が綺麗すぎる。腹の底から、ムカつくことを全部吐き出すつもりで声を出せ!」
薫の指導に、最初は戸惑っていた井川だったが、ディストーションの効いた重低音に背中を押され、やがて彼女の可憐な唇から、生々しいエゴを含んだシャウトが飛び出し始めた。
男子の狂騒と、女子の情念。退屈な進学校の中枢は、確実に新しい熱量で満たされつつあった。
◇
週末。土壁の蔵。
「……で? 平日は山高の部室で、高校生どもの指導にどっぷりかかりきりじゃねえか。おまけにプロデューサー気取りで俺たちの指導にまで細かく口出ししやがって」
薫がアコースティックギターを弾きながら、少し苛立ったように笑いかけてくる。勝や博士も同意するように肩をすくめた。
「彼らはあくまで、この世界を内側から崩すための戦術上の布石ですよ。俺が一番鳴らしたい音は、ここにしかありません」
俺が淡々と答えた時だった。
ボーン、と。
背後から、空気を切り裂くような太いベースの音が響いた。
振り返ると、智ちゃんが冷ややかな目で俺を見据えたまま、ベースの太い弦を弾き始めていた。
ただのルート音ではない。まるで俺の「平日、高校生たちにかかりきりになっていること」への無言の抗議のように、高いフレットを縦横無尽に駆け回る、攻撃的でメロディアスなライン。
一音一音が、「土日の私の居場所は、誰にも譲らない」という強烈な意思を持って、蔵の土壁を揺らしている。
(……わかりましたよ、智ちゃん。俺の負けです)
俺は降参するように両手を挙げ、エレクトーンの前に座り直した。
「先輩たち。よそ見している暇はありませんよ。智ちゃんに喰われます」
俺の言葉に、薫たちの顔つきが一瞬で引き締まった。
平日、どんな布石を打とうとも、俺の足元を支える「本物」はここにしかいない。
蔵の中に、再び圧倒的な不協和音が満ちていく。外の夏の熱気よりも遥かに熱い、彼らの本性のぶつかり合いが、そこにあった。
今日の夜は2話投稿です。




