第068話:代理戦争の提案と、裏方たちの誓約
七月。期末考査が終わり、夏休みの気配が近づき始めた頃。
俺は山高の軽音部室で、二つのバンドのリーダーに向き合っていた。
一人は、男子五人組をまとめる二年生の富田康夫。
もう一人は、女子五人組のボーカルを務める井川京子。
「TMFに、俺たちがエントリー……?」
俺が机に置いたパンフレットを見て、富田は困惑したように声を裏返した。
「無茶だよ、アキラくん。僕たちにオリジナルの曲なんて作れない。カバー曲じゃ勝負にならないよ」
「心配いりません。俺が曲を提供します」
俺は静かに言い放ち、井川が抱えていたストラトキャスターを無言で借り受けた。
アンプのセッティングを素早く調整し、ピックを構える。
「まずは男子五人組へ向けた曲、『Wouldn't It Be Nice(素敵じゃないか)』です」
狂騒的なエイトビートに乗せて、緻密で美しいメロディラインを自ら歌い上げる。
(かつて別の世界でブライアン・ウィルソンという天才が、緻密な和声理論を太陽の下で爆発させた名曲。この退屈な無菌室に、ビーチ・ボーイズの衝撃を直接叩き込む)
富田たちが息を呑む暇も与えず、俺はアンプのゲインを強く捻った。
「次。女子五人組の曲、『Alone』です」
ザラついた歪みが、部室の空気を物理的に切り裂く。
(かつてウィルソン姉妹が、女性の内に秘めた情念を重厚なサウンドへと昇華させたアンセム。当然、彼女たちはこの世界には存在しない。俺の脳内アーカイブにだけ眠る、失われた歴史のピースだ)
俺は井川の目を見据えて、孤独と苛立ちを剥き出しにした悲痛なシャウトを浴びせた。
かつての現場で積み上げた、ロックの衝動を直接弦と喉に叩き込む容赦のない演奏。
その凶暴な響きに、部室の空気が完全に張り詰めた。
俺は二曲のサビをメドレーのように弾き終えると、アンプのボリュームを絞ってギターを井川に返した。
「……というような二曲です。各パートの細かい楽譜は、後日渡します」
部室は、水を打ったような静寂に包まれていた。
富田も井川も、目を丸くして完全に気圧されている。
背後では、薫たちでさえ「また化け物じみたことを……」と呆れたように天を仰いでいた。
「……信じられない。君、頭の中どうなってるんだよ」
富田が震える声で呟くと、俺は背後に立つ薫たちを振り返った。
「今日から大会までの間、彼らがあなたたちにマンツーマンで指導に入ります。お前ら優等生の綺麗すぎる弾き方を、根こそぎ直すために」
俺が言葉ではなく『音』で突きつけた圧倒的なビジョンに、富田と井川は顔を見合わせ、やがて力強く頷いた。
俺の手足となって、新しいウイルスをばら撒くための二つの駒。
この退屈な学校を乗っ取るための「革命の実験場」が、今、本格的に動き始めた。




