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第067話:新たな熱狂と、革命の実験場

七月。期末考査を目前に控えたある日の放課後、俺は第一中学校の制服のまま、山口高等学校の校門をくぐった。


事の発端は、前日の薫からの電話だ。


『山高の軽音部の連中が、俺たちの出したあの白いディスクに完全にやられちまってよ。自分たちでもあんな音が出したいって頼み込んできたんだが、肝心の機材のセッティングがどうにもならねえ。アキラ、ちょっと来てくれねえか』


山高の軽音部といえば、この世界の「調和」を体現する優等生の集まりだ。

彼らが自ら「汚れた音」を求めてきたということは、俺が仕掛けたハッキングが、進学校の中枢まで浸透したことを意味していた。


「一中の二条アキラくんだね。橘たちから聞いているよ。中学生ながら、和声理論や音響構築に極めて明るいそうじゃないか」


軽音部の顧問である初老の教師は、俺が差し出した生徒手帳と「合同学習申請書」を見て、満足げに頷いた。学年トップという「成績」の盾と、大人を安心させる完璧な礼儀作法。これさえあれば、進学校の門など自動ドアに等しい。


「ええ。諸先輩方の演奏から、少しでも学ばせていただければと」


俺は優等生の顔で一礼し、許可を得て部室の扉を開けた。

防音設備の整った広い部室には、薫や勝、博士の他に、見慣れない上級生が十人ほど集まっていた。


「アキラくん! 来てくれたんだ」


その中から、可憐な笑顔で駆け寄ってきた女子生徒を見て、俺は少しだけ目を丸くした。


「井川さん。……あなたが軽音部だとは知りませんでした」


「言ってなかったっけ? 幽霊部員ギリギリだけどね。でも、あの映像に出させてもらってから、少し本気で音を出してみたくなったの」


井川の背後には、男子五人、女子五人がそれぞれグループになって、所在なげに立っていた。


「俺たち、このメンバーでバンドを組んで、あのディスクみたいな音を出そうとしてるんだけど……どうしても上手くいかなくて」


男子の一人が悔しそうに言うと、女子たちもコクリと頷いた。


「へっ、そりゃそうだろ。普段お行儀のいい音楽しかやってねえ優等生様たちに、俺たちのあの音がそう簡単に出せるわけねえっての」


背後で、薫がニヤニヤと笑いながら容赦のない茶々を入れる。

「違いねえ」と勝や博士も肩を揺らし、図星を突かれた進学校の先輩たちはバツが悪そうに俯いた。


「……なるほど。状況はわかりました」


俺はカバンを置き、男の先輩が抱えていたストラトキャスターを受け取ると、迷わずアンプの前にしゃがみ込んだ。


「先輩たちの弾き方が悪いんじゃない。この世界の機材の使い方が間違っているんです」


俺はアンプのイコライザーに手を伸ばした。中音域を削り、低音と高音を極端に持ち上げる。そこに真空管のサチュレーションを緻密に足していく。

ジャキッ、と軽く弦を弾くだけで、空気を切り裂くようなソリッドな音が部室に響いた。


「す、すげえ……! アンプのつまみをいじっただけで、あのディスクと同じ音が……!」


先輩たちが息を呑む。音圧と周波数のコントロールは、かつてのスタジオの現場で何万回と繰り返してきた俺の最も得意とする作業だ。

俺は立ち上がり、男子五人組と女子五人組の編成を交互に見渡した。


(……ただ俺たちの真似をさせるだけじゃ、つまらないな)


頭の中の知識の断片が、瞬時に彼らの編成に適合する「劇薬」を検索し、最適解を弾き出した。


「……先輩方。今のまま適当に音を鳴らしていても、俺たち(beat less)の劣化コピーで終わってしまいますよ。先輩たちが集まったその五人編成には、それぞれにしか出せない独自の強みがあるはずです」


俺はあくまで丁寧な後輩の仮面を被り、彼らのプライドをくすぐるように言葉を重ねる。


俺は男子生徒たちを見た。

「先輩たちの五人編成なら、緻密で美しいコーラスワークができるはずです。その完璧なハーモニーの背後で、息が切れるほどの狂騒的なエイトビートを暴走させるんです。誰も聴いたことがない、最高に痛快な音楽になりますよ」


そして、女子たちを見る。

「井川先輩たち五人には、お行儀の良い合唱の枠を完全に壊したらどうでしょう。綺麗な声なんていらない。重厚なギターのノイズに乗せて、女の情念を剥き出しにして歌い上げるんです」


「……」


未知の、しかし抗いがたい音楽のビジョンを突きつけられ、彼らの息を呑む音が聞こえた。

俺は冷徹な戦略家としての視線を彼らに向け、静かに言い放った。


「俺が、そのための『曲』を提供します。……この退屈な学校を、先輩たち自身の音で乗っ取ってみませんか」


俺の提示した圧倒的なビジョンに、戸惑っていた優等生たちの瞳が、抗えない熱狂と野心に染まっていく。

薫が背後で低く笑った。


俺の仕掛けた劇薬を体現し、新たな熱狂をばら撒くための二つのバンド。

夏の山高軽音部は、俺の投下した最適解によって、かつてない「熱狂の実験場」へと変貌しようとしていた。

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