第060話:余白の設計と、無圧縮の衝撃
ノートPCの画面上で、俺がエンコードしたばかりの映像ファイルのプロパティを尾田が開いて確認した。
「……映像データは四曲分、約十五分で二百幸五十メガってところだ。かなり高画質にエンコードしてあるけど、CD-Rの容量は七百メガだから、まだ半分以上も空きがあるぞ」
尾田の報告を聞き、俺は熱を持った真っ白なディスクを見つめた。
「映像だけじゃ、ただのプロモーションビデオ集です。『アルバム』と名乗るには足りない」
俺は傍らに置いていたカバンから、一枚の黒いディスクを取り出した。去年、俺たちが中学校の備品倉庫で一発録りし、市内の中高生たちの間にばら撒いた『ブラック・アルバム』のマスター盤だ。
「この黒いディスクに入っている全曲を、mp3形式に圧縮して詰め込みます」
「過去の曲を全部入れるのか?」
勝が怪訝な顔をする。
「ええ。アンソロジー(総集編)です。俺たちの過去の音と、現在の映像。その両方を一枚のディスクで提示するのが、一番理にかなっています」
映像データと圧縮されたmp3音源。それでもまだ、七百メガのディスクには二百メガ近い余白が残る計算になる。
俺はメンバーたちを見回した。
「……そして、残りの容量。ここに、新曲を一つ入れます」
「新曲だ?」
薫が目を丸くした。
「ああ。だが、ただの音源じゃない。mp3のような圧縮音源じゃなく、WAV形式……つまり、俺たちの生演奏のデータを一切削らない、無圧縮の最高音質で入れます」
俺はカバンの中から小さなカセットテープを取り出し、メンバー一人ずつに手渡していった。
「……来週末、ここで録ります。あらかじめ、新曲の構成とコード進行、俺が作ったリズムパターンを吹き込んだデモテープです。これを徹底的に聴き込んでおいてください。スタジオで合わせる時間はありません。各自の部屋で音を身体に入れ、個々の解釈を練り上げてください」
「へえ、宿題ってわけか」
薫がテープを掲げてニヤリと笑う。
「当日は、俺が提示した構成を基に、個々が煮詰めてきた音を持ち寄って、この蔵で一気に合わせます。それが俺たちの『新曲』になります」
「おいおい、そんな一発勝負でまともな音が録れるのか?」
博士が不安げに尋ねるが、俺は淡々と首を振った。
「圧縮されて角が取れた音と、空気の震えをそのまま封じ込めた生データ。フォーマットの密度の差は、そのまま音の生々しさの差になります。それを、彼らのパソコンのスピーカーで直接鳴らすんです。それが、この白いディスクの最後の仕掛けになります」
俺はPCのドライブから、映像とmp3の過去曲だけが焼かれたディスクを取り出し、掲げて見せた。
「新曲を録るまでの間、この『WAV抜きのプロトタイプ(先行版)』を、月曜日から井川さんたちの口コミルートで山高内に回します。まずは五重塔の映像の違和感で気を引き、噂を広めさせる。……そして来週末、彼らが噂に完全に気を取られたタイミングで、無圧縮のWAVを入れた『完全版』を投下する。落差を最大化するための、二段構えの仕掛けです」
「……えげつねえ作戦だな」
薫が、不敵な笑みを浮かべてアコースティックギターのネックを握りしめた。
「面白え。期待していてくれよ、アキラ。最高に『うるせえ』曲を仕上げてやる」
「ええ。期待しています」
俺たちは、青白いモニターの光の中で静かに視線を交わした。
真っ白なディスクを真の『ホワイト・アルバム』として完成させるための、最後の一曲。
その仕掛けの準備を進めるための時間が、今静かに動き始めていた。




