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第059話:白いディスクと、秘密の流通網

映像の再生が終わり、蔵の中は異様な熱気に包まれていた。

画面の中でスタイリッシュに微笑む井川京子の可憐さと、そこから叩きつけられる凶悪なノイズ。その圧倒的な矛盾は、作った本人たちでさえ言葉を失うほどの引力を持っていた。


俺は熱を持ったディスクをPCのドライブから取り出してケースにしまいながら、傍らに立つ井川を見た。


「井川さん。この映像のメインはあなたです。これが山高の生徒たち以外の間でも出回れば、当然、あなたの顔も知れ渡ることになる。……変な勘違いをしたストーカーのような連中が湧いてくるリスクもありますよ。本当にいいんですか」


俺が冷徹なリスク管理の視点で問うと、井川は少しだけ目を伏せたが、すぐに隣に立つ薫の腕にそっと身を寄せた。


「大丈夫。……何かあったら、薫くんが守ってくれるよね?」

「お、おう……!」


薫は一瞬ドギマギして肩を強張らせたが、すぐに耳を真っ赤にしながら胸を反らせた。


「当たり前だろ! 俺たちの映像に出てくれた恩人だ。変な野郎が寄り付いたら、俺が全部ぶっ飛ばしてやるから安心しろ!」

「ヒューヒュー、男前だねえ、薫」

「よっ、山高のナイト気取り!」


勝と博士がニヤニヤと笑いながら冷やかすと、薫は「うるせえ、お前ら!」と照れ隠しのように怒鳴り散らした。智ちゃんは呆れたようにため息をつき、尾田は少しだけ羨ましそうにそのやり取りを眺めている。


(……勝手に青春していてください)


俺は内心で深く溜息を吐き、話を本題へ戻した。


「……で、アキラ。この爆弾を、どうやって山高の連中に踏ませるんだ」


薫がアコースティックギターを膝に置き、少し照れを誤魔化すように挑発的に笑う。


「俺たちが『聴いてくれ』って配って回るか?」

「薫先輩や勝先輩から渡されても、真面目な学生は警戒して受け取らないか、教師にチクるだけです」


俺はケースに収めたディスクを指先で弄んだ。


「ターゲットは、退屈な日常に浸かりきっている彼らの『自宅のパソコン』です。そこへ確実に、彼ら自身の意志でこのディスクを押し込ませるための、完璧な動機が必要になります」

「動機ねぇ……」


勝が腕を組み、思案顔になる。


「じゃあ、女の子の間だけで秘密にして回そうか?」


不意に声が上がり、振り向くと、井川が少し悪戯っぽく微笑んでいた。


「え? 野郎には配らねぇの?」


薫が拍子抜けしたように尋ねると、智ちゃんが小さく頷いて引き継いだ。


「女子のネットワークって、すごいスピードで広がるんだよ。それに……女子たちだけで何か『ヤバいもの』をこっそり回して盛り上がってたら、男子は絶対に気になって仕方なくなると思うな」


俺は少しだけ目を見張り、そして静かに笑った。


「……なるほど。最強のディストリビューター(流通網)であり、同時に究極の『飢餓感の装置』ですね」

「飢餓感?」


博士が首を傾げる。


「ええ。女子たちだけで熱狂を共有し、部外者である野郎どもをあえて疎外する。そうすれば、優等生の男子たちは自らその『得体の知れない秘密』を手に入れようと嗅ぎ回り始めます。こちらから押し付けるより、自発的に罠に飛び込ませる方が効果は絶大だ」


勝がニヤリと笑った。


「おまけに、女子同士で回してるうちは絶対に大人へチクられねえ。最高の『共犯者の盾』にもなるってわけか」

「なぁ。盤面にはなんて書くんだ? バンド名か?」


尾田が、積まれた無地のCD-Rの山を見ながら尋ねた。


「何も書きません」


俺は即答した。


「タイトルも、曲名も、バンド名も一切不要です。ただの真っ白な円盤として配る」

「真っ白……って、お前、中学の時に作った『ブラック・アルバム』の逆かよ」


博士がニヤリと笑う。俺は一つ頷いた。


「出所不明の、無地のディスク。パソコンに入れて開くまで、中に何が入っているか一切分からない。情報がないからこそ、彼らの飢餓感と好奇心は極限まで高まる」


俺は真っ白なディスクを、薄暗い蔵の裸電球にかざした。


「……ですが、このままだと何百枚とコピーしていくうちに、俺たち自身や配ってくれる女子たちが混乱します。だから盤面の端に一つだけ、薄いグレーのインクで小さなスタンプを打ちます。No.001から順番に、シリアルナンバーだけを刻んでいく」

「シリアルナンバー? 工業製品みたいだな」

「ええ。真っ白な盤面に、連番の数字だけが打たれている。それを見た連中は、『誰かが組織的にこの爆弾を大量生産している』という事実を突きつけられて、さらに薄気味悪さを感じることになります」


俺はマウスを握り、ディスクの中身――データの構成画面を開いた。


「さて、外装と配達ルートは決まりました。これから、この純白のディスクの中身を、限界まで重く、そしてえげつないものに設計し直します」

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